149.最終日
最後の日、シーナはゆったりと、ホェイワーズベッドを堪能した。
「ぁぁぁぁ……寝食は大切なんだなぁて、つくづく思いました」
結論、やっぱり徒歩で野宿の旅きつい。
「マナさんに、また会おうねと言われても即答を控えねば」
半分の過程を越えていないのにこんな気分なのだ。
ちなみに、本当はもっと早く移動するらしい。だいぶゆっくりと進んでくれているそうだ。
食堂で昼食を皆と摂っている。ここのお食事はフェナの屋敷で食べるものとそう変わらない。つまり、美味しい。
「シーナは体力なさすぎる」
「冒険者と比べないで。あとは、やっぱり生活スタイルがぜんぜん違うからなぁ……」
シシリアドで生活するようになって、本当に体力はついたと思う。だがあくまでそれはシーナ基準だった。長年培ったものの差はでかい。
「タウンハウスの使用人が野菜類を夕方持ってきてくれるらしいです」
「わかった。荷馬車に勝手に触らないように」
出発の準備は着々と進んでいる。
シーナのだけ光っている糸のことは、昨日の夜二人きりになったときに話はしておいた。
作り上げたときにはなんともなかったので、たぶんそのあと計測した時に寄ってきたのだろうという話だ。手持ちの光の糸に、フェナが精霊を寄せると光りだしたので、今度ガラの糸に試してみようと言うことになった。
問題は帰りだ。
これが原因なら、フィリレナの指導の元同じものを作ったら、ヤバイ髪飾りが出来上がってしまう。そうなると、いよいよ王都に、王宮に囲われる。そんな生活はごめんだ。
「ここは私がワガママを言うしかないな」
「よろしく、お願い致します」
ソファの上で土下座した。
もう疲れたからとっとと帰ってシーナの料理を食べるのだと暴れてもらうしかない。
しかもそれが王族にすら通じそうだ。
「私とフィリレナさん、何が違うんですかね」
「……精霊が寄り付きやすいということは、精霊にとって好ましいのか、気になるのか、興味を引く物があるということだろう。そうなると一番可能性が高いのは魔力の質だ」
「色でなくて?」
「シーナの魔力が美味いんじゃないか? 故郷で美味いものをたらふく食っていた魔力だろ?」
「魔力って……味があるんですか?」
だいたい、地球で魔力なんてなかった。それとも、認知されていなかっただけで魔力と呼ばれるものは持っていた、とか?
「さあね、魔力を餌に精霊を扱うのだから、味があっても不思議じゃない、か?」
最後はフェナも疑問形だ。
「その魔力があったから、落ちて来たのかもしれないな」
落ちてきた理由をそんな風に提示されて、なんだかすごくもやもやしたものを抱え込んでしまった。
黙り込んだシーナを見ながら、フェナがさらに続ける。
「現場に目持ちがいなくてよかったな。しばらくすればシーナの糸に寄ってきた精霊も散るだろう。金目銀目には気をつけろ、シーナ」
「あ、はい」
とはいえ、銀目銀髪はフェナにしか会ったことがないし、金髪だけなら今までも何人も会っているが、皆が言う鮮やかな明らかに違う金髪そして金目には出会っていない。
「五葉にはいないが、聖地にはいるからなぁ……」
「ごよう?」
「葉の神官の筆頭の五人だ。葉の神官は、世界樹の元にいる神官たちのこと。五葉はそれらをまとめる筆頭神官五人。あそこはなかなかに複雑だからなるべくかかわらないほうがいい。シシリアドがどこの所属かは忘れた。まあ、信仰心だけで人は生きてはいけない。何をするにしても金がいるのさ。面倒な派閥もある」
それは、どこの世界も同じなのか?
清貧を謳うにしろ、どうしたって最低限の金は必要だ。シシリアドでは寄付とポーション作りそこら辺を賄っているようだったが、たしかにそれだけじゃやっていけるとは到底思わない。神殿の役割といえば、精霊使いの登録管理、そして銀行業務。
「なんだか一気に、金の匂いが……」
「神殿は政治には関わらないと宣言してはいるが、あくまで表向きだ。五葉は全員元貴族だしな。なんなら元王族が五葉に在籍することだってあるんだ」
政治と宗教、混ぜるな危険。
「ただ、シーナは索敵の耳飾りの件がある」
フェナが難しい顔をしていた。とても嫌そうな顔をしていた。
「シシリアドの神官たちは、わりあい政治に興味のないというか、避けている者たちが集まっている。それはもともとシシリアドが政治とは程よい距離を保って動いていたからだ。そういった土地を狙ってローディアスは来ているから、当然のとこだ。そして他の神官もローディアスの意向に従っていた。ところが、シーナの件で一気に注目領地となり、エドワールも距離を保つことが難しくなってきた。シシリアドだからお前は家を持って暮らすこともできるが、これが王都に住んでいたら、もうすでに神殿に囲われているだろう」
ちらりと窓の外を見る。
「王都ではさすがに神殿からの呼び出しがあると思っていたが、それがない。神官たちが何か意見しているのかもな。王女に自分の好きな場所で過ごす権利を主張したことも漏れ聞いているだろうし。あれは結果的に良かったな。いいか、彼らの努力を無にするな。これからも街の神殿には近寄らないほうがいい。世界樹に近づけば近づくほど、世界樹信仰は強くなる」
どうしたって、実際の世界樹が迫っている場所の方が信仰心は伸びる。
「でも、聖地では……」
「あそこではどうしたって神官とともに行動する羽目になるな。私もできるだけ連れ立って行こうとは思うが……正直神殿との仲は良くもなく悪くもない。いや、悪いかもしれん。とりあえず組み紐を作ったり使うのは避けるように。常に身につけておくタイプのものは問題はなさそうだが、洗浄は私がやるからよい。あとは視線。光っているものを目で追うな」
「頑張ります」
なかなかに難しいことをおっしゃられる。
「他の落とし子も同じような能力があるのかがわからない。ただ、シーナはヤハトと魔力の動かし方を学んだりしただろ? 組み紐師になるために、積極的に魔力に、精霊に関わるように生きているからなおさら見えやすいのかもしれない」
努力してきたことがまさかの仇となったパターンだ。
「シーナが、今の暮らしを大切にしたいと言うなら、私も協力しようとは思う。だから、自分から突っ込んでいくようなことはしてくれるな。言動や行動に気をつけなさい」
「はい……」
「いっそ、シシリアドでだれかと結婚してしまう方が早いか?」
「無茶言わないでくださいよぉ」
フェナにジロリと睨まれた。
最終日は宿から一歩も出ずに過ごした。またしばらく野宿と町の宿の硬いベッドの日々が始まる。
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魔力が美味しい説




