148.光の糸作り
「シーナ! 素材作るの付き合ってよ」
「シーナさんが作る素材に秘密があるやもしれません! 作ってもらうべきですね」
「では現場に測定器を持ち込んで……」
「むしろここでやってもらったほうが早い」
「それはおすすめしないわー。匂いがきつい」
「ふっ……匂いのきつい素材など慣れっこですよ。匂いのきつい薬剤を扱う部屋がありますからそこで」
「午後は準備ですね。明日朝からやりましょう」
「なら、午後から素材準備してくるわ」
押しが強いメンツだ。強すぎる。
「明日二の鐘に馬車送るからよろしく」
「……一の鐘に起こしてもらうようお願いします」
フェナに寝坊助と言われながら突かれるのだが、仕方ない。
「えー、でもそれなら午後から市場に行きたいなぁ……」
「そうだね。フェナ様のお話はまだ続くのかな? 先に帰るかい?」
フェナを置いて帰って怒られないか? いや、怒ることはないが、拗ねて明日の朝起こしてもらえなさそうだ。かといって、市場に行きたいからと声をかけてもらったら、それを理由に話の途中でも帰りそうだった。
「先に帰るリスクが高いですね」
今までの経験を元に待つのがベターと判断する。それに、もうすぐ昼だからお腹すくからで帰ると言い出すだろう。
「市場に行くなら案内しますよ」
「何を見たいんですか? シシリアドにない素材ですか?」
「オススメの精霊石店がありますよ」
「組み紐の素材の店もありますね」
圧が強いんだよこの人たち!
シーナが困っているのを察知したのだろう、側仕えの女性がまたもや一喝する。
「皆様は明日の準備があるのでしょう? とっとと動きなさいませ! さあ、シーナ様は宮殿へ戻りましょう」
えーっと不平不満を漏らす彼らを無視して、側仕えに先導され部屋を出る。
「申し訳ございません。悪気はないのでしょうが、迷惑極まりないですね」
辛辣である。
「ここの建物のやつらは、平民だろうと貴族だろうと王族だろうとお構いなしだからな。外には出せない人種だ。自分の興味のあること以外無頓着だし」
「能力はある方たちなのですがねぇ」
研究者の悪いとこが出ちゃってるやつだ。
もとの宮殿に帰ると、甘い匂いでいっぱいだった。フェナがちょうどつまみ食いをしている。
「フェナ様! お話もう終わりましたか?」
「うん。さすが王宮の料理人だね。ジャム乗せのクッキーもなかなか美味い」
ご機嫌のようだ。
「明日光の糸作りをすることになったので、今日このあと市場に行って来ようと思いますけど、フェナ様は、どうされますか?」
「行くよ。王都の市場はシシリアドと違って安全という訳でもないからね」
「ありがとうございます」
「では近くまでお送りしましょう。どういった市を見たいのでしょうか?」
「えーと、フルーツとか、紅茶とか香辛料とかシシリアドにはない珍しいものを見たいです!」
それならば東の市だと、近くの大通りまで送ってもらった。
市場は楽しかった。フルーツは、とうとうメロンに似た物を発見した。ピンク色だったが、夕張メロンと思えばさほど違いはない。
メロンは生のまま食べるのもいいが、半分に切って種を除いた所にアイスクリームを乗っけて食べるのが好きだ。年に一度の贅沢食べだ。
収穫したあとは傷みやすいそうで、シシリアドでは食べられない。
シーナ以外は食べたことがあるそうだ。そういった話を聞くと、シシリアドに閉じこもっている弊害を実感する。が、冒険者は到底無理だし、旅行が一般的に普及しているわけではないので、諦めるしかない。
「私が王都に用事を言いつかったときは、帰りに保存の陣に包んで持って帰るよ」
最後のひとくちをあまりに名残惜しそうに食べるので、アルバートが笑いながらそう言ってくれた。
香辛料もいくつか気になるものを買った。
いつか再現したいカレー計画である。
お茶の店では、さほど高くない、一般的なお茶を手に入れた。紅茶の最高峰はもうよくわからないけど良い香りだったとしか言えない。値段がヤバかった。
貴族の少ないシシリアドではこのようなお茶を取り扱う意味がないのだろう。反対に、王都では高価なお茶が山程売られていた。
「そんなお茶どうするの?」
フェナにとってはそんなお茶。
「道中のお茶にしようと。そろそろ水飲むの飽きました」
お水で満足できる体ではないのですよ。
二十年以上培った生活スタイルはなかなか抜けない。落とし子の苦労はここに尽きる。生活水準の違いが地味に、しかし、確実に響くジャブを打ってくるのだ。
翌日、再び研究棟にお邪魔した。
薬液を作るところからと言うので、準備された素材を混ぜ合わせるところからだ。何度やってもこの匂いはきつい。
フェナは知っていたのか最初から来なかった。アルバートもだいぶ止めた。それでもついてくると言うので、作っている間は別室で待っていてくれるよう懇願した。光の糸の素材は本当に臭いのだ。アルバートからこの匂いがするとか、シーナが耐えられない。
「相変わらずパンチの効いた匂いですことぉ……」
愚痴りながら魔銀のヘラで混ぜ合わせる。鼻の下の軟膏はここも同じだった。また、匂いを排出する装置がついているので、普段よりはマシだ。
「手順は変わりないね。分量も言ってた通りだし」
「そうですね、この頃はまだ流れ星も混ぜてない頃だし……」
「流れ星!? そんな高価なもの混ぜてるの!?」
「あー、特別な糸用にですけど。形見分けでもらったんです。流れ石だと思ったんですよ〜」
「あらぁ……ラッキーねぇ」
ここ最近二回分、フェナの糸には流れ星を混ぜている。未だに成功しないフェナの組み紐。
素材づくりは床一面に広げられた魔法陣のようなものの上でやった。魔女になった気分だった。
「数値的にもフィリレナさんのものと違わないですね」
以前にここで染めたという光の糸を持ってきて並べる。
右が今シーナが作ったもの、左がフィリレナが以前作ったもの。
うんうんと唸っている精霊使いたちを眺めていると、アルバートがやってきた。
「もう作り終えたと聞いてね」
一つの糸の染めならそんなに時間はかからない。体感三十分くらいだ。
「結果そう変わらないみたいです。やっぱり偶然が重なったかと」
「偶然であんなすごいものを作り上げてもらっちゃ困るのよぉ」
「すごいと言うよりはヤバイですけどねー」
フィリレナと言いあっていると、精霊使いたちはがっくりと肩を落としてお疲れ様ですと挨拶をしに来る。
「シーナさ、大祭の帰りに王都にまた寄りなさいよ。それで、私が指導するからあの髪飾りと寸分違わぬ物をもう一個作りなさい」
「えっ……ランダムで入れたやつを? 無理ですよ」
「私は再現したわよ? それでも特別なものにはならなかった。あなたが再現して特別なものにならなかったら、要因は別にあるってことでしょ?」
「ぇぇぇ……作ったんですか……」
執念だ。いや、研究するならそれくらいのことはやるのだろう。
「そうなればマリーアンヌ様にも要因があったということになりそうですね」
「まあ、考えておいて。これ以上引き止めるわけにはいかなそうだし」
「そうですね、神官様方との予定もありますし、出発日を遅らせるのは難しいですね」
そんな話をしているアルバートたちを尻目に、ちらりと、シーナとフィリレナの作った光の糸を見る。
フェナを連れてくるべきだった。
明らかに、シーナの光の糸が煌めいている。それがどういった種類のものかシーナには判別がつかない。
ただ、ここで口にしてはいけないことはよくわかっていた。
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わーい!
ありがとうございます!
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くさいの、どれくらい臭いか……臭いの指針て難しいですね。硫黄系とか?教科書にあるタマゴの腐った匂いってやつ。タマゴ腐らせたことないんだけど、あれでタマゴを腐らせるとこんな匂いがするのかと、日本人は学んでいるんだと思います。
タマゴの腐った匂いから理解した小学生(?)なんていないやろ……
ちなみに、全日本人には通じないですけど、臭いはピリジンだと思ってます。使ったことのある化学系の人にはわかってもらえるはず。
今検索したら、女性からピリジンの匂い!?




