144.王宮での料理教室
髪飾りの店から帰るとアルバートもすでに帰宅しており、さらに、王宮から呼び出しの連絡も入っていた。次の日の朝からと言うことで、また馬車を回してくれるという。
「今日もよく動いたし、早く寝ます!」
アラゼベーラ商店、遠かった。街の広さがシシリアドの比ではない。
「昼まで寝てたくせに」
「……ベッドが気持ちいいのでたぶん眠れます」
野営はホェイワーズに慣れきってしまった体には、かなりきつかった。ベッド風にしてくれてはいるが、土だ。固い。そして、町の宿屋のベッドも固い。
「ホェイワーズって本当にすごいってことがわかりました」
朝、フェナに起こされ朝食を摂る。二の鐘が鳴ってしばらくすると、馬車が停まった。先日と同じきれいな白い馬車だ。
「おはようございます。本日もよろしくお願いします」
クリストファがまた迎えに来た。
アルバートとシーナまではにこやかにしていたが、フェナも乗り込もうとしたところで表情が一瞬固まっていた。だがさすが、動揺をさとられないよう頑張っている。シーナはそれをニヤニヤしながら眺め、目があったところで微笑む程度に顔を作り変える。
少し睨まれた。
そして、三人が乗り込み扉が閉められると、部下に向かってハンドサインを出していた。先触れするつもりだろう。
まあ、フェナを止めようとしても無駄なのだから、ここで押し問答にすらならない押し問答をするよりは、伝令を向かわせるほうが建設的だ。
場所は一昨日と同じ第二王妃の宮殿。その厨房だ。朝の支度を終え、その場に居たのは三人の料理人と第二王妃、第三王女そして護衛だけだった。また赤い刺繍の第四騎士団だ。
王妃と王女の頭には簪が三つずつ差さっていた。それに気づいて、目が合うと微笑みを返される。
また一つ新しい流行の風を吹かせてしまったようだ。帰ったらイェルムに報告しなければ。
料理人は男性が二人、女性が一人だ。みんなクッキーを食べ、とても感動したのでぜひ作れるようになりたいと志願したそうだ。
「それでは、基本の基本をお教えします」
アルバートが料理人たちの服を借りて一通り手順を説明している。
だが、シーナには、アルバートの言葉はまったく届いていなかった。
「こ、コスプレだぁ……」
料理人のアルバートのイケメン具合といったらない。白い料理人のお仕着せが似合っている。
もしかしなくても、自分、制服が好きなんだなと、今まで意識していなかった性癖に気づいてしまった。
なかなか作り出さないアルバートたちに、少し苛立ちながらフェナが問う。
「いつできるんだ?」
「基本のプレーンなものですから、三の鐘までには出来ますよ」
答えつつもシーナは視線をアルバートから離さない。
普通に仕事もできて、クッキーまで作れるなんて、地球ならばモテ要素しかない。じゃがいもの皮むきも上手にやっていたし、プラスしかないではないか。
「フェナ様、もしよろしければ出来上がるまで別室へいかがですか?」
第二王妃と第三王女が声を掛けると、フェナは少し視線を彷徨わせて頷いた。
「シーナは――」
「私はここでアルバートさんの……料理を見てます!」
「ならばそれで」
三人が退出すると、護衛騎士のほとんどが消えた。
厨房はとても広く、この空間をこの人数で占拠しているのが不思議な感じだった。普段は何人くらいの料理人が働いているのだろう。
火は薪も魔石もどちらも使うらしい。オーブンはかなり大きい。シーナの家のものの三倍はある。領主の屋敷のオーブンよりも大きかった。
焼きムラがどの程度なのかわからないが、そこは料理人の腕の見せ所なのだろう。
すでに生地をまとめて棒状にしていた。
真剣な様子の料理人たちは、何やら一生懸命質問している。
シンプルな丸形クッキーにするらしく、包丁で切って油を塗った天板に並べていた。
手際も完璧だし、料理人たちへの丁寧な対応も素晴らしい。
「イケメン過ぎるんだよなぁ……」
シーナは少し離れた場所で壁に寄りかかって腕を組み、クッキー作りを見ていた。
護衛騎士の一人が直ぐ側にいる。
「……アルバートか?」
すっかり忘れていて口からお漏らしした己を殴りたい。
「……そうですね。あれだけイケメンで性格も良くて気も利くのに、なぜ嫁からこないんだろう」
「彼は、子爵の子と聞いているが」
「らしいですね。本人曰く貧乏子爵で家督はお兄様が継ぐとか」
「うんんん、それは、なかなかに厳しいなぁ」
「貴族のお嫁さんはやってこないということですか?」
「貴族の、子爵クラスの令嬢相手では難しいだろうな。確かに彼の仕事での立ち位置はなかなか良いものではある。シシリアドは今では一番の注目領地だ。その領主の秘書官だろう? 立場は悪くないんだ。ただ、子爵クラスの令嬢の生活を継続させる稼ぎは難しいだろう? 屋敷の維持には想像以上の金がかかる」
「アルバートさんのお給料は知りませんが、たしかに季節ごとにドレスとか、それ以外にも使用人のお給料とか……怖っ」
「うむ、怖いのだ。斯く言う私も貧乏子爵だ。同僚も同じような境遇が多い。周りで結婚できた者たちのパターンはほぼ決まっている」
ちらりとシーナを見る。
「興味はあるか?」
「興味ありありです!」
貴族の事情など、あまりに知らない。人の話は面白い。
ならば教えてしんぜようと、騎士の講義が始まった。
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シーナはかなりお口からお漏らしします。推し活中は特に。昔から。
次回は推しの結婚の可能性について探ります。




