143.髪飾りの店
道中目立った。目立ちまくった。
王都に入ったら、旅装のフード付きのマントを脱いだフェナ。
銀髪銀目の背の高い美人が歩いていれば、セルベール王国中に名の知れてるフェナがいると、あっという間に噂が駆け巡った。
シシリアドでもよく見た光景だ。婦女子が、キャアキャア道端でこちらを見て騒いでいるのだ。王都の道幅はかなり広い。馬車や荷車が頻繁に行き交う。人が大きな道を突っ切るためにはその馬車の間をくぐり抜けるか、停めるかになる。
フェナはその、馬車も荷馬車も気にせず道を横断し、御者から挨拶をされ、優雅に進むのだ。その後ろをシーナはフードを被って小走りに追いかける。
マント、着てきてよかった。これと並んで歩くのは拷問だ。
髪飾りの店は、貴族のタウンハウスが並ぶ区画のすぐ手前にあった。
平民の区画の一等地になる。さすが第二王妃御用達だ。
もちろん貴族たちは屋敷に店の者を呼びつけることもできるが、それはかなり上級貴族になる。男爵子爵程度では、店によっては難しい。
つまり、店は貴族で賑わっている。
貴婦人たちにもフェナはよく知られており、あら、と声を上げる者がたくさんいた。
シーナはその後ろをちょこちょこと歩いて続く。店内はかなり広い。壁際にはドレスが展示され、さらにそれに似合う靴や小さなカバン、そして髪飾り。店員が何人も控えており、客の相手をしている。さらに少し奥に通路が続いていて、ドアがいくつもある。そちらでたぶん本格的に注文する場合の採寸などを行うのだろう。
「これはこれはフェナ様」
そこら辺のお仕着せ店員とは違う、少し年配の男性が寄ってきた。
「ようこそいらっしゃいました。そして、もしかしてですが、黒髪黒目のたいそうお若く見える御婦人。シーナ様でしょうか?」
「そうですが、様は……」
「お会いしたかったのでご来店いただいて助かりました! 妻のバーバラは王宮へ呼ばれておりまして席を外していますが、ささ、どうぞ、奥の部屋に」
正直どんな風に売られているかチラ見しに来ただけなので、戸惑う。
「さあ、こちらですどうぞ」
フェナは一瞬こちらを見たが、たぶん店主であろう男についていくことにしたらしい。
中に通されソファを進められる。やはり採寸もする、商談部屋だった。奥にカーテンで仕切られた個室があり、鏡とたくさんのドレスの見本が並んでいた。すぐに店員がお茶を運んでくる。
「このアラゼベーラ商店の店主を務めております、タカマと申します。妻のバーバラとともに店を切り盛りしています。シシリアドのイェルムとは懇意にしており、王都での商品購入や取り扱いをうちで、反対にシシリアドで商売を持ちかける時はイェルムを通すなどしておりました。それがこの春! 彼からとてつもない商談を受けまして……今では顧客が五倍に増えました。本当にありがとうございます!」
イェルムと同じタイプか、勢いがすごい。
「本日はお店の見学ですか? 新しい、こちらでデザインしたものをお見せしましょうか? そう言えば、バーバラが呼ばれた時簪だけのタイプのものをいくつか持ってくるよう言いつかったのですが、なにか御存知ですか?」
質問に質問を重ねてくる。これは、ペースに飲まれたら死ぬ!
「ええっと、まず、シシリアドでは貴族向けのお店というのがないので、どんなふうに展示されているかを見たかったんです。あと、お店に来れば実際着けている方をみることもできるなと」
「シシリアドの貴族はフェナ様と領主様一族だけですからね。その代わり平民向けの組み紐リボンや、シンプルな簪だけのものを店に並べてそれなりに好評だと聞いております。うちも、この店は貴族向けなので置いてはいませんが、もう少し外周側に別店舗があるのでそちらでリボンと簪を売っておりますね。そちらは恋人や妻へのプレゼントとしてそこそこ品物が出ています」
「お店に知らないデザインのものもあったし、素敵でした」
「イェルムが運んでくれた丸打紐。冬の手仕事にするというアイデアは素晴らしかったです。すでに冬の手仕事の予約を、組み紐師には入れてますね。あまり組み紐師として成功していない者たちが、後進の髪飾りを売りたい商店に囲われて作っているとは聞いていますが、どうしても後ろ指さされるような気分になるのでしょう。あまり上手くいっていないようです。それに、今やアラゼベーラ商店の髪飾りとして名が売れているので、そこまで警戒はしておりません。デザイナーたちも新しいものを生み出しやすいと躍起になっていますしね」
とても楽しそうに話すタカマにシーナは相槌を打つ係になっていた。
「あと、簪は、その、昨日第三王女殿下に呼ばれまして、そこで私がしていた簪を見て、可愛いけれど一本では寂しいと」
「そうですね。普段遣いだとしても、平民がするような簪は貴族の方には華やかさが足りないでしょう」
「ですから、別に一本だけじゃなくてもと」
タカマの瞳が限界まで開かれる。膝の上に乗せていた拳がプルプルと震えている。
「そうか、そうか!! 確かに、一つで寂しいなら二本、いや、三本! これは、三本差した時映えるデザインを考えなくてはなりませんね。メインの一本とそれをサポートする二本……また、デザイナーたちが睡眠不足で倒れる!!」
「倒れるまではダメです……」
とんだブラック企業だ。
「イェルムが、シーナ様とお話をするのが楽しくて仕方ないと言っていた意味がわかります。シーナ様にしてみればほんの少しのアイデアなのでしょうが、我々からすると目からウロコの一発ドカンのとんでもない大ネタなのです!」
翻訳機が今日も大忙しのようだ。目からウロコとか、どんな言い回しなのだろう。
「守り袋の件も聞いております。ただ、今年は丸打紐が少ないので手を出しておりませんが、来年はしっかり稼がせていただきます。こちらは商品登録もされていないようですし、なにか御礼の品をイェルムを通してお届けしますね」
「いえ、あれはまあそんなには。でも、守り石が割れたときに、破片がポケットの中とかで散らばらないと好評でしたよ」
そんな効用が、とタカマが熱心に頷いていた。
ひとしきり話したあと、何か気になるものがあれば自由に触ってみてくださいと、また店内を見て回った。
「フェナ様は欲しいものとかないんですか?」
「髪飾りもドレスも、イェルムが持ってくるしなぁ……」
フェナは普段遣いに、すでに組み紐のリボンはしている。銀に映えるようにといくつかシーナが試した。
「まあ、買うとしたら今度の狩猟祭の祝賀会用だな」
大祭から帰ったらまたすぐ狩猟祭、そして冬支度だ。今年は一年が目まぐるしい。
「領主様のお屋敷で祝賀会が開かれるのですね。フェナ様の御髪ならここらへんのものでしょうか」
店主がついて回りいくつか見ているうちに、バルが迎えに来た。
「買うとしても帰りだ、どうせ王都にはまた寄る」
「はい、心待ちにしております。本日はありがとうございました」
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金曜日二つ投稿してしまっていましたぁぁあ……
やらかし〜




