119.顧客名簿
今日から一人前を目指して、実践組み紐作りである。知り合いにお願いはしていたが、あれは失敗してもお金をもらわなければ済むボランティアだ。
今日からは相手の仕事に、命に関わる組み紐作りになる。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。……そんなに緊張されるとこちらも困る」
最初のお客は長年シシリアドに住む割と年のいった精霊使いだ。もう狩りには行かないで、街の中での作業や魔導具の調整などを生業としているらしい。
「色が合うならと思ってね。私の専属はなかなかに人気で、予約がうまく行かないときもある。何人か色の合う組み紐師がいるならそれはそれで助かるんだよ……噂のシーナとも話をしてみたかったしね」
最後の、本音ですね。でもまあ、変に客の少ない相手から乗り換えてこられるよりはいい。
魔力溜まりから魔力を引き出し、添わせながら編んでいく。
色見本が合うだけあって、色寄せはすぐ済んだ。そして、練習してきた甲斐あって、均等にシーナの魔力で相手の魔力を覆う事もできている。
「銀貨八枚です」
集中しすぎて会話を忘れたが、組み紐の出来はよい。
「いやはや……初めてとは思えない馴染み方だ。正規料金を払うよ」
「あ、いえ、まだ駆け出しだし……」
「それこそ、若い金のないやつには銀貨八枚でやってあげてくれ。私はそれなりに溜め込んでるよ」
なんというイケオジ!! くたびれてる感あるけれど。
「またよろしく」
「よろしくお願いします」
色見本で選びに選んでいるだけあって、色寄せがやりやすいし、やはり二色は作りやすい。
固定客ゲットだぜー!
二人目はかなり早めにシシリアドへやってきた流れの冒険者。精霊使いになってまだ二年目。ずーっと話しているが、作業が進むに連れてシーナが無口になってしまい、トーンダウン。本当は三色持ちだが、まだそこまでの稼ぎが難しく、二色でしばらく過ごしているそうだ。
「お話をする余裕がなくてすみません……今回は銀貨八枚。次からは金貨一枚になります」
「い、いや……俺の方こそべらべらとすまない。色寄せもかなり近いし丁寧な仕事をありがとう。また次もお願いするよ」
あまりにスムーズに済んで、午前中三人行けたかもしれないと思うが、いや、これくらいで十分だと思い直した。初めから飛ばしまくるのも問題だ。
少し早いが昼食の準備にかかる。
作りながら、二人目の人は二色に慣れてきたら三色を練習させて貰う相手にしてもいいかもなと心のチェックリストに留めておく。
しっかりと人相風体と名前と色見本を覚えておかねば。自分の顧客台帳を増やして行くのだ。
ここは、ついつい好きで買ってしまって何に使おうか悩みつつ、カバンにそっとしまい込んでいたあのノートを顧客台帳として使うしかないかもしれない!
兄姉弟子の半数は、昼食の時間になってもまだお客の相手をしていた。
昨日は一日組み紐ギルドにいたし、一昨日は大騒ぎだったので気付かなかったが、少しずつ客が増えていっているようだ。
「順調そうだな」
ギムルがマヨネーズをたっぷり使った鶏ももサンドを頬張りながら言う。
「色見本で厳選しているだけあって、色寄せの手間がほとんどないのが助かってます」
「このペースで顧客増やしていったら、すぐに独立できるだけの人数を確保できるんじゃないか?」
「それが……独立が絶対にできないんですよ、私」
「え?」
「台帳をつけられない、読めない。字は書けるけど文章になると読めないし書けない……」
定型文は書けるし一応丸暗記で読めるが、それじゃあ駄目だろう。今回も店の外に張り紙をしてもらった。そういったイレギュラーな文章が扱えない。
「あー……俺等も最低限ではあるが、シーナは音も違って聞こえるって言ってたしなぁ」
「台帳のために人を雇っていたら、売上が飛んでしまうよね」
「やっぱりここは、旦那を見つけるしかないな」
「文字書きできる旦那を捕まえるしかない!」
「えええ……」
「誰か、身元のはっきりした人いないの? 領主様のお屋敷とかでいい人いなかった?」
「ぐ、具体的だなぁ」
「きちんと仕事持っていて、ある程度まとまったところを休日にでも清書してくれる旦那がいいじゃない! シーナの家広いし、彼氏になりそうな人でもいなかった?」
姉弟子たちがグイグイくる。みんなこの手の話は大好物だ。
ひぃ~と内心焦っていたら、店からお呼びがかかった。
「シーナ次のお客さん来たよ―」
「はーい!」
助かった〜と出てみれば、そう次は【暴君】のローダ、と、ダーバルク。
「なぜ!」
「仕事ぶりを見に来てやったぜ」
「お父さんの監視下……」
「誰がお父さんだ!」
本来お客と話をして作っている間退屈させないようにするのだが、なぜかダーバルクと話し続ける。
「就職先に来る迷惑お父さんだ」
「きちんと仕事が出来るか見に来てやったんだよぉ」
もうお父さんは否定しないらしい。
「過保護が過ぎるお父さんだ……」
「ほら、さっさとやれって。周りに迷惑だろうが」
「自分が一番迷惑なことに気づいてないお父さんだ!」
「よろしくお願いしやす」
ローダが向かいの席に座り魔力溜まりに魔力を注ぐ。
「前の二人はどうだった?」
「かなり満足のいく仕事ができましたよ。色がよく合う人だけお願いしてますからまあ当然かも知れないですけど」
「そのうち三色はいないのか?」
「いらっしゃいましたよ」
「そいつが次の練習台だな。言い聞かせておくぞ」
「お客様に圧迫面接するのやめてください……流れの方なのでわからないですけどね」
「フェナ様がいる間は来るだろ」
色寄せはすぐ済み、編みを始めていく。
フェナと違って言うことを聞く良い魔力だ。
「シーナの魔力はどうなんだ?」
「どうとは?」
「足りてるのか?」
「ああ……全然問題なしですね。魔力量はそれなりらしいです、私。朝から二本。これで三本目ですけど、午前中減らした魔力はお昼御飯食べている間に戻ったし」
「へぇ、回復が早いのか。それはいいな」
「ですねー。色が近いから余計な魔力を使わずに済んでるのもあるかもしれないですけど」
「回転数増やせるなら、独立も夢じゃないだろ」
「今は物珍しさと話題性でお客になりたいって人がたくさん来ているだけですよ」
「だが、その間に顧客として確定させりゃこっちのもんだ」
二色を一日に二人、月に十日それだけあればなんとか暮らしていける。その中に三色や四色が混ざればさらに暮らしが楽になる。
「出来上がりです。どうですか?」
最後にローダの腕に組み紐を巻くと、彼は軽く腕をふるってみた。
「かなり、なじみがいい」
「じゃあ金貨だな」
ローダではなくダーバルクがそう言ってシーナの手に金貨を押し付ける。ローダを見ると彼も頷いていた。
金は稼いでいるし、ありがたくいただこう。
「シーナ、祝いだ。後で迎えに来る」
「お父さん……」
「じゃあシーナ、また後で」
ローダもそう言って、出ていった。
「やってることは彼氏よね」
隣の姉弟子が言う。イケメン彼氏だ。お父さんだけど。
「娘さんどこの街なの?」
「あー、そこまでは聞いてませんね。今夜聞いてきます」
顧客名簿にローダの名前を付け足した。
ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。
子どもと酒が飲めるようになるのはお父さんドリームの一つだと思うので、もし、成人してお父さんに誘われたらぜひ付き合ってあげてください。
 




