118.駆け出し組み紐師
フェナたちが出発して、シーナも店に戻った。悪夢は殆ど見なくなっていた。
日も昇らないうちにシシリアドを発ったので、 もちろんシーナはぐっすり夢の中だった。お守りを先に渡しておいて正解だ。
明後日からもう九月になる。つまり、月末には狩猟祭と祝賀会。流れの冒険者が多くなる。
合間に組み紐の訓練はしている。三色もなんとか色寄せしてある程度の組み紐が作れるようになってきた。
己の成長を感じられる瞬間がある。
「シーナの色見本を出そうと思う」
「え、大丈夫ですかね?」
「その代わり二色のみってことにするわ。もちろん色がかなり似ている人に限る」
それならばなんとかなるかもしれない。
「おめでとう、シーナ」
「一年半はすごいよ」
「努力していたもんな」
兄姉弟子が口々に寿いでくれるので照れてしまった。
「二、三日仕事にならないかもしれないけど、まあ覚悟しなさい」
という不吉な言葉をガラからいただく。まあ、金持ってる常識ない落とし子とお近づきになる方法だしなと理解はしていたが、しかし、ここまでとは思わなかった。
色見本は六つの精霊との親和性がどの程度か。さらには全部が混ざったときの色味はどんなものか。これは神殿にて発行される。精霊使いとしてやっていくと決め、登録したときに、神殿で測られるものだ。親和性はわかりやすい。例えば二色持ちと言われる精霊使いで火と風ならば、火と風の数値が突出しており、後の四つは地を這うようなものとなる。これは数値で表される。
色味が問題だ。いくら火と風の二色といっても、他の精霊がゼロであるわけではない。この世界に住まう者は等しく全ての精霊の影響を受けるのだ。その加減で色がひとりひとりまったく違ってくる。
神殿で渡される色見本は親和性の数値と、魔力をプレパラートのようなガラスの板に閉じ込めた物でできている。
シーナの色見本も神殿で作る。同じような板ガラスに魔力を閉じ込め、専用の機器で覗くと、どのくらい色味が似ているかわかるのだ。
「二色しか作れません」
表にシーナの色見本を置いたそのときから、周囲に迷惑をかけるほどの色味が合うかどうか試す、長蛇の列が出来た。
しかも色見本が壊滅的に合わないのに合ったといってシーナに組み紐を作らせようという輩がやってくるのだ。
一度受け入れ、編もうとしたら気持ち悪いほどに色が合わなくて、色見本を確認すれば真っ黒という、本当に話すきっかけだけを作ろうとする迷惑行為に、初日の午前中で色見本を本人に確認させることを断念した。
「お店に迷惑がかかるのでちょっとやり方を考えます。この先、私も仕事をしなければと思いますし」
「そうね……これは酷い」
色が合えば鮮やかな精霊の色になる。
反対に合わないのは黒くなる。補色の関係のようなものだ。相対する色で、赤と緑を混ぜると黒になるような。グレーやとにかく彩度の低いものは合わないということ。
シーナとしても色が合うなら仕事をしたい。
店の前に人だかりができるのも迷惑だ。
「ここは組み紐ギルド長さんにこの間の素材分をさっそく返してもらおうと思います」
組み紐作りの予約と色合わせを同時にするからダメなのだ。色合わせをしてからの予約取りだ。
「次の方〜はい真っ黒さよーならー」
組み紐ギルドの一角を借りて、専用の機器まで借りて、一日を色合わせ鑑定会にした。
長方形のテーブルのこちら側に、シーナとお目付け役のガングルム。あちら側にシーナに組み紐を作ってもらいたい希望者だ。
ギルドの隅と機器を貸してもらえるだけで良かったのだが、なぜかガングルムがやる気で横に座っていてくれた。
面接官のようになってる。
「おい、お前が二色なんて作ってどうするんだよ」
どうやら三色以上持ちらしい。そういった人は色見本を試すまでもなく弾かれる。
「シーナの腕が上がってから来な!」
「お父さんのガードが硬いわぁ……」
「誰がお父さんだ! こんな世話をかける娘はいない」
使える精霊の数が多いほど、精霊使いとしての能力は高くなっていく。魔力量もあるが、魔力量が低ければほとんど二色に絞るのだ。つまり、一般的にいって、色の少ないほうが普段からの儲けも少ない。
シーナはまだ駆け出しだし、しばらくは少し安めの値段で作るので、二色の駆け出しの精霊使いと色が合えばいいなと思っている。
「ん、これはわりと合ってるかも?」
「お、そうだな。いいんじゃねぇか?」
当選者は大喜びだ。
いや、真面目に組み紐作るだけなのだが。
明日の二番目に予約を入れて、本日はお引き取り願う。列に並んでる者から羨望の眼差しを受け去っていく。まさか闇討ちされたりは、しないだろう。
そして問題児。
「おめぇは五の雫だろうがぁ!」
【暴君】ダーバルクの登場である。
「俺じゃねぇよ。こいつだ」
ダーバルクに隠れていたのはモヒカンCこと――
「えーと……」
「ローダだよ。お願いします」
エールを冷やしてくれたときに組み紐を見た。たしか水と土だったはずだ。
差し出された色見本の端に、水と土、多少の光の数値。だが、光は他二つに比べて極端に少ないので、二色で頑張っているのだろう。
「お、これはまた、案外イケてますよね、ガングルムさん」
「おうおう、悪かねぇな。合格だ」
まさかのこちらが客を選ぶ立場だ。たかが二色の組み紐でだ。
「明日はお時間どうですか?」
「大丈夫だよ」
「じゃあ明日の午後一番でお願いします」
「こちらこそ」
ダーバルクと一緒の【暴君】の一員のくせになんとも腰が低い。
「シーナ」
帰りがけにダーバルクが振り返る。
「駆け出しおめでとう」
「ありがとうございます」
シーナの顧客を増やしに来てくれたのだろう。やってることはイケメン。
「……あいつはお前に懸想でもしてるのか?」
「娘さんが同じくらいの年らしいですよ」
「へぇ……十五くらいか?」
「……十二だそうです」
笑いを堪えきれないガングルムと共に、計八名。二日間の予約を取り付けたシーナであった。
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組み紐師としてのお仕事始動します!
シーナは子どもに見えるので、お父さん化現象が起きます。




