115.目覚まし魔導具
ということで、現在の悩みと朝起こしてくれる目覚まし時計が欲しいことを伝える。
「鐘の音が聞こえないのね……」
「聞こえていないわけではないんですけど、みんなみたいにぱっとは起きられないですね。まあそれに、鐘より前に普通に起きる人もたくさんいるので、特質てわけでもないと思いますよ」
毎朝起こしてくれる人には内緒にしておきたいこの情報。
「故郷ではどんな風に起きていたの?」
「時計がありました。一日の長さは同じなので、こことは少し違って一日の長さを均等に刻む装置が作れたんですよ。鐘の間隔は均等ではないですから難しいですけど」
「同じ長さに刻む?」
「うーん……一日は二十四時間でした。さらに一時間は六十分。一分は六十秒。一秒はちょうどこれくらい」
そう言って手を叩く。
「一日は八万六千四百秒」
「シーナの世界って面白いのね。一日の長さが均等……考えたこともなかったわ。鐘が鳴るから。でも考えてみれば同じかもしれないわね。冬と夏では夕暮れの時間が違うけど、その分夜の長さが長い気がした。寝ないで二日とか研究してるときのことを考えると……」
ズシェがぶつふつと呟きながら物思いに耽りだす。
「確かに、冬は六の鐘のころにはもう真っ暗だが、寝ようと思う時間はそう変わらないな。七の鐘では流石に眠れないし、そこからしばらく起きていることが多い」
「故郷には鐘がないですからね。待ち合わせの時間を決めたりとかも、世界共通の時計をもとにしていたんです。ここの人、だいたい三の鐘の少し前とか…アバウトな待ち合わせしたりするから、いつも待たせちゃうかもとか思います」
日本人だからなおのこと。五分前行動できないのがドキドキである。
「出来るかできないかはわからない。でも試してみる」
「ありがとうございます! 死活問題だったんですよ〜」
「魔導具は素材と技術料開発料だから、今いくらだとは言えない。シーナの望むものを作る前に、一日の長さとやらを測らないといけないから」
「構いません! 大金貨百枚とか言われたら無理ですけど……」
「さすがに、それはない。作れる目処がたったら、大体の金額も提示できると思う」
目覚まし時計ができるかもしれないならそれでオッケーだ。少しは希望が見えた。
「シーナは防犯対策は?」
「領主様の方で考えるとおっしゃっていましたけど」
「そっか……魔導具系でなにか作るものはあるの?」
「えっと、照明かな?」
お風呂もなんだかんだと言っていたが、それはまたイェルムさんの範囲だ。
「浴室と、キッチンと寝室には蝋燭じゃなくて照明の魔導具を入れようと思っています」
ズシェは口元に右手を当てて何か考えている風だ。
「あのね、シーナは、一人で暮らすのよね?」
「そうですね。目覚ましさえできれば一人で暮らしたいです」
「あの家大きいし、部屋数も多いでしょ? それで
家の魔導具関係を一手に引き受けるから、お願いがある。私、王都とシシリアドを行ったり来たりする生活をしているの」
ズシェは、王宮勤めではないが、そこの魔導具部門に出入りし、共同開発研究している魔導具がいくつもある。研究開発が大好きなのだ。
王都に滞在するときはあちらが寮を準備してくれているそうで、荷物類も全部そこに置いてある。
問題はシシリアドにいるときの物だという。
「素材や衣類がね。衣類はクローゼットひとつ分。素材はこのテーブルくらいの大きさの箱が一つなんだけど、親しくしていた方が、王都に行ってる間は自宅の倉庫に置いておいてくれていたの。ただ、代替わりしてその方も亡くなったから、さすがに今回は引き取って……次王都に行くときに困るなって思ってて。ねえ、シーナの家に置いておいてもらえないかしら」
家を買うほどではないし、貸倉庫に入れたとしても、出入りがないと盗まれたときに気づくのに何ヶ月もかかる。
「もう魔導具が作られているなら、倉庫代を払ってもいいし。それこそ置いてもらえるなら本気の防犯用魔導具を作るから」
「ひと部屋、替えの絨毯や違う季節の衣類なんかを置いておく倉庫にしようと思っていたから全然構わないんですけど、え、でもなんでうちなんですか? 私が勝手に漁るかもしれないとか、考えないんですか?」
「んー、バルが連れてきたから?」
めちゃくちゃ良い笑顔でそう言う。安易だー!
「まあ、シーナはこの街に保護されてる人で、シーナの家に泥棒に入ろうなんて阿呆はそういない。しかも周りはギルド。治安が良い。さらに言えば、シーナは確実に私より生きる」
「あー……たしかに良い貸倉庫だぁ」
「こちらにいる間はどこか家を借りるかこの宿に泊まるから、いない間だけでいいのよ」
全く持ってこちらに損のない提案だ。バルを見ると彼も頷いていた。
「ズシェの魔導具は本当に素晴らしいから、シーナにとっても悪くないんじゃないか? あの家は広いし」
「ではその方向でお願いします。魔導具は領主様に聞かないとわからないですけど」
「そこら辺は私が交渉するからいいわ。材料費はあちらに払ってもらうつもりだし」
そこは専門家にお任せしよう。
「今年の冬はこちらにいるのか?」
「そうなると思うわ。王都はかかりきりだから」
「冬は、家を借りずに宿の方がいいんじゃないか? 君は研究になると寝食を忘れるし、冬場暖も取らずに風邪を引いたりしたら大変だ。今だって、前より痩せたように見える。研究が楽しいのはわかるが、もっと体を大切にしないと」
オカンバル爆誕した。
ズシェはまた顔を赤くしている。
「気を付けてはいるのよ……」
「もう、冬はフェナ様のお屋敷に泊まらせてくださーいってお願いするとか」
「それはさすがに図々しいわ。冬支度分もあるのに」
まあそうだろうなぁ。宿屋はギブアンドテイク。
「というか、なんでシシリアドと行き来するんですか? いえ、私は今回助かりましたけど」
すると、ズシェは何度目かの頬を染めて顔を伏せる。
「お、お世話になっていた人がいたの……シシリアドの街も、好きだし……」
ああ……これは、バルがいるからか。
バルのために王都とシシリアドを往復して暮らしているのか。
バルはそこら辺は全くわかっていないのか。それともわからないふりをしているのか?
「まあ、住みよい街ですよね。気持ちはわかります」
と、まとめておいた。
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