114.落とし穴
フェナの屋敷から店に通う毎日。今朝もまたシアに優しく起こされる。
「シーナ、お仕事行かないと」
「んんん…………」
最高の低反発ベッド。二度寝をしたいが、誘惑を断ち切り起き上がる。
ソニアとシアが準備してくれた朝食を頂いて、出勤だ。つばの広い帽子を被り、行ってきますと見送ってくれたシアに手を振った。
「師匠……朝起こしてくれる組み紐作ってください」
通勤途中で気づいてしまったのだ。
一人暮らしを始めたら誰がシーナを起こしてくれるのかと!!
しかも最高級ベッドで寝てたら、間違いなく二度寝する。二度寝しかない。
「このままじゃ、店に来れないです」
「そんな組み紐ないわよ!」
「ですよねえええ……どーしよう。目覚まし時計がない世界なんて! 魔導具で作れませんか!?」
「それは、聞いてみないとわからないわ。しかもそれほとんどシーナ限定でしょ? 販路が全くないもの作って、制作者にうまみのない開発じゃない」
毎朝誰かに起こしてもらうしかないのか? 親切でやってもらうのは心苦しいし、たぶん扉をノックしたくらいでは気付かない。金で雇うか? 相手に合鍵を渡すこととなり、防犯的にどうなのかという話だ。そうなると、もう、朝起こしてもらうためだけのお手伝いさんを雇うしかなくなる。それもどうなのか!
「確か今、ズシェが帰ってきてるって聞いたから、お願いしてみたら? 魔導具作りはシシリアド一よ」
「ズシェさん、ですか?」
「王都とここを行き来してるこで、既存の物もだけど、新しい魔導具の開発も得意だって聞いてる」
「ズシェさんですね!! どこに――」
「ズシェのところに行くならバルを頼りなさい。バルに、魔導具作りを頼みたいんだけど、口利きをしてもらえないかって。バルももうすぐ出発でしょ、急いだ方がいいから、今からフェナ様のお屋敷に行ってらっしゃい」
すみませんと言いながらさっき来た道を戻る。
屋敷にはまだバルがいた。フェナと優雅に朝食中だ。
「どうしたシーナ」
仕事に行くと言っていたのに、息せき切って舞い戻ってきたら何かあったのかと心配にもなるだろう。
「あの、バルさんにお願いが。ズシェさんに魔導具を依頼したいんですけど、紹介していただけませんか?」
魔導具? と疑問に思う二人に、ガラとのやり取りを説明する。
「確かに、シーナは昼まで寝てる」
フェナが大笑いをしているが、真実なので言い返せない。
「もー! 私は真剣なんですよ〜冬なんて冬眠しちゃう」
「最高のベッドと羽毛布団があれば確かにベッドから起き上がれなくなるね」
ヒィヒィと大爆笑である。
「バル行ってあげなさい。お前の準備はすべて発注済みだと言っていたろ? 今日はヤハトと罠の確認で家にいるから」
「わかりました。準備をするから少し待っていてくれ」
「はーい! ありがとうございます〜」
バルを伴いかなり大きめの宿を訪れる。
シシリアドと王都を行ったり来たりするズシェは、家を持ってはおらず、部屋が空いていればだいたいこの宿に泊まるらしい。
「ズシェは?」
「おや、バルじゃないか。さっきまで朝食に降りてきていたから、今は部屋だよ。きちんとノックして待ちなよ!」
「もちろん」
宿屋は入ったところに受付があり、その左手に食事が取れる部屋がある。右手に階段があるのを、バルはまったく迷いのない足取りで進んでいった。
奥から二番目の部屋をノックする。
「はい、どちらさま?」
「やあズシェ、俺だ。バルだ」
途端に中で盛大に何かをひっくり返した音がした。しかも最初の物音だけでなく連鎖的に何やら大変な自体が起こっているとわかる。
「だ、大丈夫ですか?」
「ズシェはおっちょこちょいなんだ。たしかシーナとそう変わらない年だったはずだよ」
しばらくしてドアが開いた。
色白の、ほっそりとした女性が顔を出す。色白だからこそ、顔が赤く染まっているのがよくわかる。全体的に色素が薄く、髪は青みがかった白。瞳も薄い青だ。ロシア系の儚げな美人だった。身長は割と高く、百七十はありそうだ。
「朝からすまないな」
「べ、べつにもう起きていたし構わないわ……今日は何の用なの」
言ってから一瞬だけ顔をしかめていた。
「実は、こちらがシーナなんだが」
「ああ。お噂はかねがね」
「シーナが望むような性能の魔導具を作れるか、聞きたくてな。時間はあるか?」
ズシェはチラリとシーナの方を見て、さらに部屋の中へ目を向ける。
「下の食堂で話を聞くわ。すぐ降りるから先に行っててくれる?」
「わかった。すまないね」
「バルが! バルが、謝ることじゃないわ。私は、魔導具作り好きだし……」
「うん。俺もズシェの腕を信頼しているから、話だけでも聞いてやってほしい」
ズシェの、ほんのり赤かった頬がさらに赤みを増す。
シーナとバルは階段を降りて宿屋の女将さんらしき人に話しかける。
「少しテーブルを借りるよ」
「仕事の話かい? 構わないよ」
少し奥まったテーブルへ向うと、バルがそれじゃあと言ってきた。
「あとは当人同士で交渉すればいいだろう?」
「え、帰っちゃうんですか?」
「ん? 俺も聞いている方がいいのか?」
シーナは先程のやりとりでお察ししていた。たぶん、降りてきてバルがいなかったら、ズシェは落ち込む。チラリと宿屋の女将さんを見ると、ギラリと目を見開いて首を振っている。
「魔導具を作る方にどこまでお願いしていいかとか商品発注の注意とかがわからないんですよね〜バルさんがこのあと用事が立て込んでいるとかなら仕方ないんですけど」
「そうか。ならいっしょに聞いておこうかな?」
「ありがとうございます! 助かります」
ちらりと女将さんを見ると、満面の笑みを浮かべていた。
そうか、ガラが言った、バルを連れて行けはこう言うことなのか。
「お待たせ」
おめかししてくるのかと思いきや、そこは街中冒険者スタイル。丸テーブルにさっと座る。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。ちょうど暇になったから」
「珍しいな。いつも忙しいのに」
何も注文していないのに、女将さんがお茶をもってきてくれた。これはお高い紅茶でなく、庶民も手を出しやすいお茶だ。それにしてもサービス満点。
「シーナのおかげよ」
「私!?」
「王宮の魔導具部門も、今は第三王女殿下の持ち込んだものにかかりきり。さすがに王宮勤めじゃない私は関われないから、しばらくはシシリアドでゆっくりできる」
「ズシェさんのお仕事を取ってしまったんじゃなければいいですけど」
「私は本来は一人で開発するのが好きだから。王宮は断れないから行ってるだけなの。で、どんな魔導具が欲しいの?」
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察する能力の高い日本人シーナ。
顔をしかめたのは、「なんでこんな言い方しか出来ないの私!!」
という心の現れ。




