108.シーナ家を得る
「家と領地どちらがいいかな?」
領主邸応接室にて、笑顔のエドワールから言われた言葉に、シーナはあんぐりと口を開けた。
悪夢の頻度は下がってきたとはいえ、ガラの店で夜中に悲鳴を上げて起きるのは、ガラにも悪いと、広いフェナの屋敷から仕事に通って半月。
エドワールからの呼び出しがあり、なんの依頼も仕事もなく屋敷でゴロゴロしていたフェナが面白そうだとついてきた。
バルやヤハトも来るかと思ったが、呼ばれてもいないのに押しかけるわけにもいかないそうだ。それができるのはフェナくらいである。
「ちなみに領地の場合は運営する人材を第三王女のアウェイルーラ様も提供してくださるそうだ」
領地とか貴族確定。一代限りの男爵位とかになるんだろうが、土地持ちの男爵って異例らしいというのは以前アルバートと話してわかっている。最悪もう一つ上の爵位でもくれようというのか!?
とここまで考えて、それはないことに気づいた。
「普通に一択ですよね?」
エドワールはシーナにここから出ていかれては困る。シーナが出ていけばフェナがどうなるか。
「そうだね。だから私からは家に君が魅力を感じる付加価値をつけていかねばならない。ちなみにこの場合にも王女からの援助が得られるから大盤振る舞いだ」
ニコニコしているエドワール。まず、と指を一つ立てた。
「家は故ベラージ翁の家」
「へえ、いいじゃん。シーナ、うちも近くなるし周りはギルドだらけで衆目もあるから最高の治安だよ!」
シシリアドで一番高い物件だろこれ……。
「長年住んでいたから修繕もする。屋根の色も好きに決めたらいい。外壁は白がオススメだがね」
シシリアドの家はほとんどが外壁は白だ。隣の家と繋がって強度を増してるものも多い。たまに、協調性皆無のオレンジの外壁などもあるが、稀だ。
「屋敷の中の好きなものはそのままシーナのものにしたらいい。いらない家具はきちんとこちらで始末する」
「始末する前に素材はガラに全部見せなさい。まだ貴重なお宝が眠ってるよ、たぶん」
素材溜め込んでるって言ってた。
「防犯の魔導具はこちらで作る。本気のやつをね」
セ◯ムぅぅぅぅ!!
「整ったところでの家の清掃も手配しよう」
ホームクリーニング付き。
「さらに、一階に風呂場を作ろうと思ってる」
「欲しいぃぃぃぃぃぃぃい!!!」
完敗だ。
「家をもらうなんてと思ってたけど、風呂ぉ……」
「シーナ、これが貴族のやり方だよ」
エドワールがニコリといい笑顔だ。
でもあの家、かなりデカイ家だった。たぶん外観からすると二階建てなのだが、素材の部屋がすでにシーナが一人暮らしをしていたときのワンルームマンションより広い。それが二つもある。しかも扉はそれだけじゃなかったはず。
「まあ、一階の素材の部屋を一つ潰して浴室にするだろ? よく料理をするらしいし、もう一部屋、キッチンの手前の部屋を潰してキッチンと繋いで作業台やオーブンも入れようと思ってる。そうなると、入口から入った素材部屋ともう一室が残る。建築士に相談中だから、ある程度の提案はしてくれるがシーナの好きなようにしたらいい。家具類はまた自分で好きなものを買いなさい。金はあるんだからゆっくり吟味して選ぶと良い。イェルムを通すと楽だろう。あれは確かに商売人として並々ならぬ情熱を持っているから、シーナからしたら不安になることもあるんだろうが、変な買い叩きはしないし、法外な値段をつけることもない。商業ギルド長をやっているだけの人物だよ……シーナと商売をしたがっているから少し付き合ってやってくれ」
すでに建築士に相談しているとは、完全に風呂に釣られるとわかっていてだ。
「私も君にしっかりと褒賞を与えねばならない。それだけのことをしたということだよ」
「……ありがとうございます」
「二階にわたしの部屋を一つ作ろう」
「嫌ですよ!? 勝手に入ったらダメですからね!」
フェナがソファでふんぞり返りながら宣言するのを即座に却下した。
「ゆっくり家の中のものを決めて完成したら引っ越せばいいだろう」
「嬉しいけど、大変そうです」
揃えるものがたくさんありそうで、住んでみたらあれが足りないこれが足りないと、足りないものだらけになりそうだ。
「とりあえずは、風呂場作りとキッチンだけイェルムを交えて相談しなさい。家の素材をガラに見せると言うならアルバートに立ち合わせるから日にちを相談してくれ。一応侵入防止の魔道具を設置しているから一人では入らないように」
「明日見に行こう。来週あたりは私もそろそろ狩りに出る。明日だ。明日の三の鐘にシーナの家の前にこい」
フェナがアルバートに命じる。
「師匠の都合がわかりませんよ」
「ガラだって、ベラージのお宝をもう一度見るとなったら店を閉めてでもくるだろうさ」
これは意地でも譲らないというより、譲るという選択肢はフェナの中に存在しないやつだ。
「アルバートさん、すみませんが明日でいいですか?」
「わかった。では明日の三の鐘で。午後からイェルムと話をするかい? たぶん彼の方はシーナと話したくてたまらないと思うよ」
「うう……でも確かに一度はとりあえず話しておかないといけないし、お店休むならまとめて休んでおこうかなぁ」
「まあ午前中で素材チェックが終わるとも限らないが」
むしろ終わらない可能性の方が高いのかもしれない。
「イェルムさんにも来てもらうほうが手っ取り早いのかもしれないですね。今後のご挨拶もしたいし」
「ではそのように手配しておく」
そのままフェナについてきてもらい、店に帰る。
「師匠、ちょっとお話いいですか?」
客がいなかったので、そのまま奥の部屋で先程の出来事を話すと、あらあらと驚いてはいたが、いいことじゃないと頷いた。
「それだけのことをしたんでしょう? 正直金ばっかりでもねぇ。あそこは一等地だしギルドで周りが固められてるから私も安心よ」
「それで、明日三の鐘から、ベラージ翁の家に集まって残ってる素材をチェックするんですが、師匠も一緒に来てもらえませんか? 正直今の私じゃ使いこなせないものばかりだし、有効利用できる人に売ることも考えてます。師匠は欲しいものあったら持っていっていいので」
「あらあら〜いいのー? それはとっても嬉しい。正直目をつけてたものがまだたくさんあったのよー! あ、組み紐ギルド長も呼んでおいてあげなさいよ。売るにしても組み紐ギルド通したほうが適正価格になるし、彼自体形見分けしてもらってないでしょう。ちょっと分けて上げて今後のために恩を売っておきなさい。やー、楽しみだわぁ〜整理もしないとよね。これは暫く掛かるわね! 大体の品目見たあとに弟子たちも働かせましょう。明日は私だけ行くわ。シーナはこのあとガングルムに話通しておきなさい」
シーナはあの部屋を出ることが少し寂しいのに、ガラは乗り気である。
えー、と内心複雑だったが、それをガラに正確に悟られた。
「言ってるでしょ? 私はずっとあなたの面倒を見ていられないのよ。あの家はこれ以上ないくらいの良物件よ。もうこの際領主様のお屋敷に離れでも作ってもらうしかないかと思っていたくらいなんだから」
寂しいならフェナを住ませればと言い出したところで話を打ち切った。
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誤字脱字報告ありがとうございます。助かります。
今回の騒動の報奨は家になりました!!
決して、決してこの話の展開のためにベラージ翁をコロ助したわけではないのです。ほんとに。




