105.帰宅
騎士団のあれやこれやも終わったようで、翌日早々に王女は帰還することになった。行きからかなり減った青の刺繍をした騎士団の面々と、赤い刺繍の第四騎士団。長々と滞在してもらっては場所もとるしなぁなどと、不敬極まりないことを考えながら眺めていた。
髪飾りを作る許可はなるべく早めに出せるよう努力しますと、王女は約束してくれた。
シーナとしても自分の髪飾りにも使いたいなと思うので早く許可が出ることを祈る。
今のうちから、図案を書き溜めておこうと決心した。
さらに王女からの褒美についてだが、考えた末に一つ許可をもらった。
「私が望む場所に住む許可をください」
「住む許可?」
「シシリアドの街を気に入ってるので当分はシシリアドに住んでいたいなと思っています」
シーナの返答に、アウェイルーラ王女は薄っすらと微笑んで頷いた。
「わかりました、許可します。ただそれだけではとも思うから、また王都についたら何か運ばせます」
「ありがとうございます」
対価をという話をしていて、一つ思いついたのがこれだった。王都に来いなどと言われたら面倒だなと思ったのだ。
なにせ王都には海がない。
海水魚がいない!
魚が食べられないのは嫌だなぁと思ったし、ここに知り合いがたくさんできてしまった。
プライバシーのない街ではあるが、今のシーナはシシリアドを離れる気はなかった。
推しメンもいるし。
屋敷の中も精霊使いによってかなり修復されていた。
ディーラベル領主夫妻も明後日には帰るそうだ。キャスリーン経由のクッキー寄越せを言われた。王女にも焼いたし、せっせと筋肉系料理人たちに頑張ってもらうことになった。
そして、シーナもやっとお店に帰ることとなった。
――はずだった。
「当然のようにこちらへ連行されていく」
「美味しいものを作る約束」
護衛のときのだ。よく覚えているなぁ。
「今日はゆっくりしたいです! あと、ここまで来たなら風呂を要求したい」
一週間くらいだらっとぐだっとしたい気分だ。
「好きにしたらいい。私は寝る」
バルが、心配そうに屋敷の入口まで迎えに来ていた。
「お疲れ様です、フェナ様」
「疲れた。風呂は?」
「すでに用意できておりますよ。食事より睡眠ですか?」
フェナは気だるげに頷く。
「あ! フェナ様とヤハトがよく鍛錬している部屋のクッションでゴロゴロしてもいいですか?」
「ベッドでゴロゴロしたらいいんじゃないの?」
「眠くはないんですよー、でもゴロゴロしたい」
「まあいいよ」
クッションたくさんは嬉しいし、何よりあそこは土足厳禁。部屋に入ってすぐのところで靴を脱がないといけない。
ずっと靴を履いている生活が、実はかなりストレスになっていることに、この部屋に初めて踏み入れたとき気づいてしまったのだ。
許可ももらえたので、王女から渡された糸をごっそり持って靴を脱いで、クッションにダイブする。
この部屋は本当に居心地がよい。
クッションは硬いものと柔らかいものがあり、好きに組み合わせることが出来る。
それ以前に、床に分厚いフカフカの絨毯プラス、薄手の柔らかいクッションが並べられて、その上に硬いのやら柔らかいのがあるのだ。
ダラダラするためにある部屋だ。
ひとしきりクッションを楽しんだあとは、糸を丸打紐に編んだ。いくつか編み終えると、昼食に呼ばれた。
「シーナもお疲れ様。ヤハトも警備の仕事お疲れ様」
ヤハトが呼ばれ、冒険者ギルドに事態は収まったので待機するよう連絡が届いた。情報が錯綜して、バルも冒険者ギルドに詰めているしかなかったそうだ。
「俺はほとんどなんもしてないけどねー。【暴君】たちが仕切ってたから従うだけだったし」
「ギーレじゃないのか」
「ダーバルクが張り切って指示してたなぁ。口は悪いけどあのおっさん実力は確かだから、ギーレも大人しく従ってた〜」
「ゴールドランクの五の雫だしな」
「あそこはこのあともしばらくお屋敷の警備の仕事するって言ってたな」
「ヤハトはもういいと言われたのか?」
「またなんかあったら手を貸してくれとは言われたけど。フェナ様が出掛けないならいいよって言っておいた」
「いったいどれだけの被害が――」
「そこら辺はフェナ様に後で聞いて。俺わかんねぇ」
もりもりパンを口に放り込みながら言う。
「そうか、そうだな」
「シーナ午後からもフェナ様の部屋でゴロゴロすんの? 俺、隣で魔力回ししててもいい?」
「ん? 私は全然問題なし。ヤハトこそ気にならないの?」
「シーナがいるくらいで上手く回せないようなオレサマではない」
「じゃあずっと話しかけてあげるよ」
それはやめろと言われた。
「組み紐?」
「いや、髪飾り用の紐作り」
ずらりと並べられたそれにヤハトが驚く。
「髪飾りまだ作ったらだめなんじゃないの?」
「準備しているだけだよ」
「ふうん」
丸台は、足の長さを調整できる。なんなら取り外しできる。クッションに座ってやるので小学校の椅子の高さくらいにする。
宣言通りヤハトは隣で目を閉じて魔力回しをしていた。
シーナはもらった糸で作った丸打紐を並べて、王女に合う色合いを探る。金髪で瞳の色がすみれ色だったので、すみれ色に合わせるのがいいのかもしれない。実際に作るとなったらマリーアンヌに相談しようと思う。色彩感覚は完全にあちらの方が上だ。
明るい黄色もあったので編んではみたが、完全に色が被っているから無理だなと外す。白と赤はなんだかめでたい。白と金と赤を並べると突然アルバートの礼装を思い出した。
あのかっこよすぎる姿。日本であんなの見たらそりゃあもう即ファンクラブに入り、ネット検索しまくって、壁にポスター貼るレベル。金と白と赤の組み紐作ったなと思う。
白と赤もいいけど、青系の爽やかな、シシリアドの白と青もいい。金と紫も捨てがたい。あの可愛い系の顔はピンクも担当できるな……などと考えていたら、ヤハトに気持ち悪いと言われた。
内心のニヤニヤが顔に出てしまっていたようだ。
「ちょっと妄想が捗ってしまった……」
「え、何考えてたらあんな顔になるんだよ……」
どんな顔をしていたのだろう、少し恥ずかしい。
「誰にどんな色が似合うか考えてたの! 髪飾りを作る許可が出て、大きなリボンを三色の組み紐で作るとしたら何を合わせたら似合うかなぁとかね」
ふぅん、と何やら疑われている。
「まあでもそんな余裕があるなら大丈夫そうだな」
「ん? ああ、心配してくれてるんだね。まあ大丈夫でしょ。ねえヤハト。装飾として組み紐を持つなら、何色が好き?」
ヤハトの色を考えてみる。
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自分の要求は忘れないフェナ様。




