104.審判の業火
答えたくないことは答えなければ大丈夫だと、ハーカレイルが言ってくれて、シーナは口に手を当てフェナを睨みつける。
めちゃくちゃニヤニヤしていた。
「気を取り直して! 早く済ませましょう!」
降りたい。とっとと降りなければフェナがまた余計なことを聞いてくる。
「それでは。シーナ、あなたは今回の襲撃事件に関与していますか?」
「いいえ」
「ガガゼの角の匂いをどこで知りましたか?」
「お店で利用させていただいている調香師さんのお店で」
「あなたがガガゼの角を持ち込みましたか?」
「いいえ」
「最後に……あなたは王国に敵意を持っていますか?」
「いいえ」
本当に使えるのかと疑問に思ってしまうくらいに、反応のないこの魔導具。
足元を見るが、やはり無反応である。
「これでシーナの証言は真実だと証明されました。さあ、次はモンデルンド。立ちなさい」
イーデンゴート領主は嫌そうな顔をしながら、それでも審判の業火の上に立つ。
「あなたはイーデンゴート領主、モンデルンドですね?」
「はい」
「今回王女殿下を狙った襲撃があることを事前に知っていましたか」
「いいえ! 滅相もない!」
魔導具は反応しない。
「あなたは、今回の王女殿下襲撃に関与していますか?」
「いいえ!」
「あなたは王国や王家に敵意を抱いていますか?」
「そのようなことは絶対にありません。セルベール王国、そして国王陛下に忠誠を誓っております」
ほう、と周囲の面々が彼の言葉と反応しない審判の業火に目をやった。
「よろしい。イーデンゴート領主モンデルンドに叛意はないとここに証明されました」
一気に老け込んだように見えるモンデルンドは、騎士に促されその場から引く。チラリと息子を見やるその目が不安に染まっていた。
「それでは、イーデンゴート領主の息子、ワイガナードよ、審判の業火の上に立ちなさい」
彼は恐怖に目を引きつらせながら、騎士に無理矢理立たせられ引きずられて連れて行かれた。
騎士たちが両脇をがっちりと抑えている。
ハーカレイルは今までと違った厳しい表情で手元の紙を見ながら言った。
「イーデンゴート領主の息子ワイガナードよ、事の顛末を自ら語る意志はあるか?」
沈黙が答えだった。
「では、私の質問に『はい』か、『いいえ』で答えよ。沈黙は『はい』の返事と同義とする」
必ず答えなければ焼かれるようになるということか。シーナはグッと手を握りしめた。
「今回王女殿下を狙った襲撃があると知っていましたか?」
「いいえ」
王女を含め皆が意外な顔をした。シーナも、彼のあの爆発騒ぎから始まっているので関与しているのだと思っていた。
「では、ガガゼの角を持ち込んではいませんね?」
「…………いいえ!」
黙ったままでいるのかと思ったが、そこで初めて魔導具が反応した。彼の足元にチラチラと青い炎が揺らめき出したのだ。それに気づいたワイガナードは慌てて返事をする。
「あなたの目的は王女殿下の立場を害することですか?」
「いいえ」
「では、シシリアド領主の立場を害することですか?」
これには沈黙のみだった。沈黙は『はい』である。
狙いはシシリアドだった。だがそれだと、騎士団の相打ちが矛盾する。
ここで王女が口を挟んだ。
「このままではあなたが今回の襲撃事件の首謀者にされます。その審判の業火の上で話すことがあるならば今だけです」
王女の言葉に、彼は唇を噛み、悔しそうに顔を歪めながら言葉を絞り出した。
「私の目的は、ガガゼの角を使って、王女殿下がいらっしゃっているこの結婚式で騒ぎを起こし、シシリアドの勢いを削ぐことでした。このような襲撃については全く知らなかった。誰かが、私の計画を乗っ取ったのだ!」
足元に変化はない。
彼が話していることは彼が事実と認識していることなのだ。
「わかりました。今後の取り調べにはしっかりと協力し、真実を述べなさい。少しでも怪しげな部分があれば再び審判の業火に試されるでしょう」
イーデンゴート領主と息子は、騎士たちに連れられて、部屋を退出した。
これでやっとお役御免だろうとアルバートを見やるが、彼はまだ険しい表情をしたまままっすぐ王女の方を見ている。そして、ぞろぞろと青い刺繍の黒衣の騎士たちが部屋の中へと現れた。
まさかこの人数を調べるのか? 十人はいる。
早く帰りたい。
フェナではないが、頭の中をそれだけが駆け巡る。
「私はあなた達第三騎士団を信じておりました。ですので、質問を一つだけしたいと思います」
第三騎士団の面々は強い眼差しで王女を真っ直ぐと見ている。
「私はあなた達になんと問えばいいと思いますか?」
ハーカレイルが、促した。
「さあ、前に進み審判の業火に立ちなさい。そして問います。真実を明らかにするために、殿下が問うべき質問を答えよ! 答えられぬ者は審判の業火に身を焼かれることとなる」
この質問は、きつい。
これは、言い逃れのしようがない。
なんらかに関わっている者は、確実に燃えるではないか。
先ほどワイガナードの足元でチロチロと揺れた青い炎が思い出される。
これは、見たくない。
そっと眼の前の服の裾を握る。
驚いて振り返るアルバートは、シーナの様子を見て一歩前に出た。
「申し訳ございません、殿下。彼女を、シーナを部屋に戻してもよろしいでしょうか」
周囲の人々もハッとしたようにアルバートの言葉に頷いている。
「配慮が足りませんでした。アルバート、シーナをお願いします」
シーナの肩を抱き、二人で部屋を出ると、真っ直ぐ部屋へ向かう。途中行き合ったメイドにお茶を頼む。
部屋のベッドに腰掛けると、大反省をする。
「すみません、アルバートさんはちゃんと結末知りたかったでしょうに」
「いや、こちらこそあそこまで気づかずにいてすまない。もっと早くに退出を願うべきだった。顔色が悪い、少し楽にするといい」
お言葉に甘えてそのままぐたっと倒れ込んだ。
アルバートも椅子に腰掛けた。
「シーナはあまり人の生き死にが側にあるような生活をしていなかったとは聞いていたんだが、失念していた。すまない」
誰だそんな事を言ったのは。ガラ?
メイドが持ってきてくれたお茶を、アルバートが淹れてくれた。ありがたくいただく。お行儀が悪いけどベッドに座ったままだ。
香りが良くて紅茶の温かみが胃の辺りからじんわりと広がる。
「しばらく部屋でゆっくりしていよう。よかったら寝ていいよ」
推しメンが部屋にいるのに眠ることが出来るか、否できない。
などと考えていたが、シーナはいつの間にかベッドへ横になっていた。
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誤字報告も助かりま〜す!!
エグい魔導具でしたとさ。




