102.髪飾りの販路
シーナが聞いたものを伝えると、王女は額に手をやり悩ましげに目を伏せた。後に控える騎士団長も渋い顔をしている。
まあ、伝えることは伝えたし、シーナは丸台で組み紐を編み始めるとする。
「お前さんのその図太さには感心するよ」
ガングルムが呆れているが、難しいことを考えるのは偉い人の仕事だ。シーナはこの国の情勢に詳しくないし、シシリアド以外を知らない。
「一緒に考えてもわからないですからね。それなら与えられた仕事を済ませる方がいいなと」
「まあ、ちげぇねぇ」
次は光の糸を少な目にして織り込む髪飾りだ。
しかし、落とし子の特性は、なかなかにエグいなと考える。秘密のおしゃべりは全部バレてしまう。方言や特殊な暗号のやりとりも、言葉として発したら通じてしまうのか?
今回のことが軍に知られたら? と思ったが、まあもう知っているし、何かしら活用しているだろう。
問題はこの世界のことを知らないし、読み書きがまず無理だということだ。
スパイのような役目は無理だ。
なにせ、相手に合わせて言語を変えてしまうという特性もあるのだから。違和感を覚えたら二ヶ国語で交互に話しかけでもしてやればいい。
シーナが耳飾りを編み、その横で領主や王女たちがヒソヒソと会話を交わす。
丸聞こえなのだが、他所でやってほしい。戦争の情勢など、本当に影響が出てくるようになるまであまり知りたくない。
やっぱり争いごとは避けたい。
日本というぬるま湯にずぶずぶだったシーナにとって、身近な戦争は恐怖でしかなかった。
と、同時にどこか現実味を伴わない、テレビの向こうの世界であった。
そんなことをつらつらと考えながら出来上がった髪飾りを見てうっとりする。やっぱり可愛い。早めに髪飾りを作る許可を得たい。索敵と同じようなあわじ結びを梅の花のように丸く丸く作って真ん中に宝石を置いても絶対かわいい。
というか、少し太めに編んだ丸打編みを3本くらい使ってリボン結びにするだけでも十分かわいい。
編みの技術だけなので、庶民にも手を出せる髪飾りになるだろう。
芸術的に発展させるのはもっとセンスのある人に任せたらいいのだ。
「今のうちからどこ経由で髪飾りを販売するか考えとけよ……」
「イェルムさんが手ぐすね引いて待ってそうで……」
「イェルムのとこでもいいんじゃねぇか? あいつも自分の店がある。もちろんシシリアド一の大店だ。王女様に髪飾りを届けたりもしないと行けないんだろ? 王都に流通経路のある店がいいからなぁ」
「うーむ、前向きに検討しましょう……」
結局販売の大本である商業ギルドのギルド長だから、あちらこちらに伝手があるというか、すべてつながっているのだ。
編み手を上手いこと調達してくれそうである。
どうせならこれもすぐ真似される技術だから、最初にドカンと売ってしまうのがよい。王都にいる全ての貴族が買えるくらいの量を作って。
王女様のは華美で石を使って一番派手にして、一歩下がったくらいの物を大量に作って王都に商売をしにいくのが、最初の物はしっかり売り切れるだろう。そこからの研究は各職人の腕の見せ所である。
布やレースなんかも合わせたら可愛さも爆上がりだ。
「ニヤニヤ気持ち悪いな」
「女の子に向かってぇ……気持ち悪いとは!! ちょっと髪飾りのこと考えてたら楽しくなっちゃいました」
調子に乗って三つ目の髪飾りも仕上げたら、肩がバキバキになった。
「あ゛あ゛あ゛……」
「ご苦労さまです。こちらとマリーアンヌへの髪飾りは責任を持って私が王都へ持ち帰ります」
「シーナお疲れ様! エドワール様が夕食より先によかったらお風呂へどうぞ、ですって」
「風呂!! 入る、入ります!! わーい」
お風呂サイコーである。
例のごとく手伝うというメイドさんたちを辞退し、お酢を少しだけ分けておいてもらう。
この、石けんで髪の毛を洗うのもだいぶ慣れてきはしたが、バッキバキのギッシギシになるのは本当にいただけない。誰か何か発明してくれないだろうか? オイル系をもう少し加えたらいいのかとも思ったが、どちらにしろアルカリ性なのだから酸で中和していかねばならない。そして噂の弱酸性。
ph測る機械なんてないし、やはりわからん。
先日は断ったマッサージだが、今日はお願いした。風呂場に簡易ベッドのような物を持ち込んでやる。温かいし寝てしまいそうだ。
髪の毛にも香油を塗ってくれた。
「シーナ様、いつもお酢は何に使われているのですか?」
ここのメイドさんたちは何度言っても様付けである。
「んー、石けんで髪の毛を洗うと、キシキシになるでしょう?」
「……キシキシ?」
「指が通りにくくて、櫛も濡れてるうちは通らないかと。そんな髪の毛がアルカリ性に寄ってるところに、酸性のもので髪をすすぐと、中和されるんですよ〜あまり濃いお酢は髪や頭皮によくないので、桶でお湯で薄めて、そこへ髪の毛が浸かるようにして。最後はちゃんとお湯で全部流してくださいね。全然違いますよ〜ふぁー、マッサージ最高です……」
このまま眠ってしまいたいくらい、天国だ。
バスローブに身を包むと、メイドさんが髪の毛を乾かしてくれた。タオルで丁寧に水分を取っていく。
今日はゆっくり眠れそうだ。
次の日の朝、王女に似合いそうな色の糸が山程部屋に届けられた。
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貴族のお風呂ってどんななんやろな……と勝手に想像して浮かんでくるのはホテルの大浴場。なんか違う。




