101.落とし子の特質
マリーアンヌの側仕えたちは仕事が早かった。午後にはすべて揃っていたのだ。そう、簪さえも。
チャムごめんねぇ、と心の中で叫ぶ。
そしてなぜか、用意された部屋の中で沢山の人に見守られながらの髪飾り作りとなったのだ。
「めちゃくちゃやりにくいんですけど〜」
領主どころか王女までいるのはなぜか?
そして偉い人がいれば護衛もたくさんである。フェナはちょうど休憩時間らしくいなかった。
「いいから早く編め」
組み紐ギルド長のガンクルムが真横にいて圧が強い。
魔力を這わせたりは考えなくていいので、口を動かすとできないということはない。
「前から思ってたが、編みの技術は始めて二年経っていないとは思えないな」
「前からやってましたからね!」
「シーナは故郷でも組み紐師だったの?」
王女が二人の話に反応する。
「いえ、仕事は別にあって、これは趣味でしたね。趣味にするものが多岐に渡るいい世界だったんですよ」
推し活とか。
「組み紐の耳飾りや髪飾りもあったので」
たまたま上手くいってラッキーである。
「編みは、普通だなぁ」
「そうですよ。普通です。ただ、可愛い」
「まあ、イェルムもマリーアンヌ様の髪飾りは初めて見たと興奮してたからな。商売人として、かなり興味を示していたぞ」
そうだろうそうだろう。普通に可愛いし、売れると思う。問題は、誰が作るのか、だ。
「組み紐としてでなく、髪飾りとして売り出したいとなったとき、これ、だれが作ることになります?」
「ん?」
「編みの技術さえあればいいんですけど、組み紐師以外がこの編みの技術を持ってますか?」
「……」
組み紐師に魔力を使わなくていいからと依頼するのだろうか? 魔力を使わないし安くていいだろうと言うのだろうか? そして、そう言われた組み紐師はどう思うのか。売れない暇の多い組み紐師に依頼をしたとして、売れっ子の組み紐師との間に妙な確執は生まれないのだろうか?
やがては髪飾り作りの組み紐師は蔑みの対象になるのではないのか?
「まあ、私は大喜びでやりますけど」
「シーナはそうだろうなぁ」
ついでに耳飾りもと思うが、そちらは組み紐としてできてしまっているから難しい。
「だが、お前さんはもっと学ばなきゃならんだろ」
フェナの組み紐を編むために。
「そうなんですよねぇ……」
いくら魔力を通さないとはいえ、かなりの丸打紐を作ってから形を作る。あの日徹夜したのは、デザインを考えながらだったせいもある。それでも夜が明けてしまった。
ようやく一つ目を作り終えたのは、たぶん二時間ほど経ったくらいだった。
「休憩をください〜」
お茶とお菓子が運ばれてくる。やたらと薄く作られたクレープとフルーツだった。
「これが楽しみでシシリアドを離れるのが嫌になりますね」
あの日はデザートが出る前に騒ぎが起こった。クレープシュゼットを準備していた料理人たちが、もったいないと昨晩の夕食のデザートに出したら、王女がえらく気に入ったらしい。
これだけ薄く均一に広げられるのなら、ミルクレープも作れそうだ。勧めてみよう。そして食べてみたい。
クレープも食べ終わり、お茶も飲み干した。せめて今日もう一個作るかと丸台に移動しようとしたところを止められる。
「イーデンゴートの領主息子、ワイガナードが今回の事件の誘導役であると結論付けられました。あなたがガガゼの角を使用したなどと言っておりましたが、我々は全くそれを根拠のない戯言だと思っています」
昨日あんなことを言われたので一応きちんと表明してくれたのだろう。
「あとは騎士団とあの覆面の男達の関係ですが、そちらはまだまだ調べに時間がかかりそうです。騎士団の中によくわからない、覚えていないと言う者が多いのです。覆面の男たちと関係があるのかもわかっていませんし」
と言われて首を傾げた。
「でも、覆面の男たちは騎士団はまだかと言っていたし、流石に関係はあるのかなぁと……」
「シーナ、それはどの覆面の男が言っていたのですか?」
「ええっと、アルバートさんと私の方にきた、アルバートさんが倒してくれた人が。かなり大きな声で叫んでいたので、アルバートさんも聞いていたはずですが?」
ねえ、と視線を向けた先の彼は困惑している。今日もシーナについて回ってくれているので、近くに立っていた。
「アルバート?」
「……落とし子の特性でしょう。私にはわからない言語でした」
むむ?
周囲の空気がピリッと変化したのがわかる。
「アウェイルーラ様……」
騎士団長が厳しい顔をして王女に話しかける。
そんな彼に、左手を出してそれ以上の発言を止める。
「わかっています。わかってはいますが……」
難しい顔をして考え込む王女は、やがてはぁと大きな息を吐いた。
「ここにフェアリーナがいないのがいいのか悪いのか……シーナ、あなたに協力をお願いしなければならないようです」
……後でフェナが怒る案件?
一人、覆面の男が生き残っていたらしい。そしてその男はブツブツと何やらつぶやいているが、それがわからない言葉なのでなんと言っているか理解できない。
しかし、シーナの特性なら聞き分ける事ができるだろうとのことだ。
「あちらの声が聞こえるということは、こちらの声も聞こえる。話はしないように」
貴族のお屋敷、秘密の部屋はお約束である。
男を拘束している部屋は、中の様子が伺えるようになっていた。
「もしなにか伝えたいときは一度出よう」
「了解です」
一緒に行くのは領主の護衛だ。
拘束されている部屋の隣の部屋に入ると、更に壁が扉になっていて、そこからはお喋りはなしだ。
細く薄暗い通路を行くと、言っていたつぶやく声が聞こえてきた。
『任務失敗、自害不可』
ボソボソと繰り返す。
『任務失敗、自害不可』
同じことばかりだ。
しばらく聞いていたがそれ以上のつぶやきはしないのだろうと首を振り、部屋を出ようとしたところ、違う言葉が聞こえた。慌てて護衛の腕を掴む。
『闇の雫のお導きを、北の大地にお導きを、世界樹様のお導きを』
そこかはらまた同じつぶやき。壊れたように話続けていた。
秘密の通路を抜けると、また同じ部屋に戻る。
「はぁぁ、緊張した」
音を立ててはいけないと言われると、くしゃみをしたくなったり、咳払いをしたくなったり、足音を立てそうでドキドキした。
「こういった仕掛けってたくさんあるんですか?」
「たくさんはありませんね。シーナの部屋にはもちろんありませんよ」
笑顔で言われると余計に不安になった。
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新学期の書類を倒しました。
_(´ཀ`」 ∠)_




