魔法使いの塔
むかしむかしのその昔、世の中がいまよりもずっと物騒でもっと乱暴だった頃のお話です。その頃もやっぱり魔法使いは塔に住んで暮らしていました。森の奥やら丘の上やらにこじんまりした塔を建てて、ひっそり暮らしておりました。魔法使いとはそういうものでした。
ところがあるときある時期に、もうなにが原因やらもわからないことなのですが、魔法使いたちの間で自分の塔をよその魔法使いの塔より立派で大きなものとし、華やかに飾り立てることが流行り出しました。どの魔法使いも自分の住んでいる塔こそがいちばんよいものだと、競って建ててお互いに自慢し始めたのです。それまではせいぜい一人ばかりの弟子をとるか家事妖精に些事を任せるかしていた程度だった魔法使いの塔に、大勢の使用人や料理番、庭師などが雇われて、塔はますます立派なものとなって行きました。「それはもう館ではないか」とお思いになるひともいるでしょうが、魔法使いは塔に住むものです。どれほど大きく広い敷地になっても、高い塔は変わらず在り続け、むしろどんどん高くなって、やがて周囲を睥睨(高いところから下々を見おろすこと)するようになって行きました。
塔が高くなり、より遠くを見渡せるようになりますと、よその魔法使いの建てた塔が目につくようになります。それはいっそう魔法使いたちの意識を煽り立てて、建塔競争は激しいものとなって行ったのです。誰もが世界一高い塔を目指して魔法使いの塔は乱立し、ひとりで数多くの塔を持つものもあらわれる始末。そしてある日、ひとりの魔法使いがとうとう気づきました。
「高い塔を建てるばかりではなく、目障りな塔を打ち倒してしまえばよいのだ」
さあ大変、戦争の始まりです。たちまち魔法使いの塔には掘割が切られ胸壁が立ち上がり、弓矢鉄砲大砲までもが備え付けられました。「それはもう城ではないか」とお思いになるひとも多いでしょうが、魔法使いは塔に住むものです。たとえ戦術上の不利を被っても、魔法使いの塔は変わらず高くあり続けたのです。そして魔法使いの塔の元には、徒士も騎士も飛士も様々な軍勢が数多く集められ、長く苦しい戦乱の時代の幕開けとなりました。
そしてこれは歴史の皮肉な一面と言うものですが、多くの血が流されたこの時代には、また多くの血が混じり合うことにもなりました。それまでは「エルフ」「ドワーフ」「ヒューマン」「オーク」「ゴブリン」などと呼ばれていた様々な種族が、ひとつの「人類」へとまとまっていったのです。皆さんの中に耳が長い人や髭の濃い人、肌が緑色だったり短命な人がいるのは、それぞれご先祖にあたる様々な人たちの特徴を、皆さんが多種多様なかたちで受け継いでいるからなのですね。
とはいえ、魔法使いのすべてが戦争好きというわけでもありません。中には戦いの地を離れてひっそりと暮らしたいと願う魔法使いもおりました。そんな戦争ぎらいの魔法使いの中で、もう顔も名前も何も伝えられてはいないのですが、ある一人の者が建塔史に残る一大転換を打ち建てたのです。
「塔をこのまま動かせば、安全に平和な土地に移住することが出来るぞ」
そしてもちろん、このアイデアは直ちに軍事利用されることとなりました。動く魔法使いの塔という発想から、塔に脚を生やしたり大小様々な車輪を用いたりといくつもの方法が試みられました。試行錯誤の結果、無限軌道(一般的には別の名前で呼ばれています)を装備することが不整地走破性の高さからもっとも利便性がよく、塔に装備される火砲も、出来るだけ大きな口径のものを回転式の砲塔に搭載し、自由自在に発砲できる形態が最も優れた設計であると皆が認めるようになりました。古くは石造り、レンガ造りであった塔そのものも、いつのまにやら鋼鉄の装甲を装備し、魔法で動くボイラーやエンジンで駆動されるようになって行ったのです。「それはもう戦車ではないか」と思うひともまだあるでしょうが、むしろこれは地上戦艦と呼ばれるべきでした。しかしながら魔法使いは塔に住むものです。形状とそして最早捨てることのできない文化的伝統として、魔法使いの塔は変わらず屹立(そびえたつこと)し続けました。しかし大砲の射程が伸び続けると、どれほど高い塔の頂上からでも着弾観測を行うことは至難の業となりました。水晶玉に目標地点を投影する魔法は魔法使いの体力・精神力などの個人的要素から不安定なもので、魔法のじゅうたんや空飛ぶホウキを使っての航空偵察は着々と発達を遂げる対空火器に対してあまりに無力でした。
「塔が空を飛べばよいではないか」
このような考えを持つ者が現われるのも自然な流れでありました。当初は空気より軽い気体を浮嚢に詰めての浮遊や飛行生物を使役した懸架式の飛行が施行され、やがて塔それ自体に翼を生やし動力機関を用いての羽ばたき飛行や回転翼による浮遊に移行。最終的に翼は固定式となり液体/固体式ロケットモーターやジェットエンジンなど、魔法によってもたらされた様々な技術的進歩が、魔法使いの塔を空に飛ばすこととなったのです。「それはもう飛行機ではないか」などという人ももういないでしょう。魔法使いがそこにいれば、それはすなわち魔法使いの塔なのです。たとえ横向きに飛んでいたとしても。
そしてここに、魔法使いの建塔競争における最大にして最後の大発明が起きました。すなわち「重力の精霊」の発見です。地火風水の四大精霊に隠れて、しかし人類文明の曙から確かにこの世界に存在していた重力の精霊が、ついに魔法使いたちの前に召喚され、これを自由自在に使役する魔法が研究・開発されたのです。ここに於いて魔法使いの塔は再び、往年の巨大で堅固な姿を取り戻し、強大な火力と機動性を兼ね備えて、その威容を天空に誇る時代が到来したのです。それはもはや誰の目にも明らかな「魔法使いの塔」でありました。
もちろん、重力の精霊はただ物を浮かべる為だけに使役されたわけではありません。塔を中空に浮かべるのとほぼ同時に、重力の精霊を直接軍事利用する試みも実行されました。各地で戦火は広がり、これまで考えられたことも無いような戦争被害が、広く世の中を覆い尽くしていきました。重力子爆弾によって大地にはいくつものクレーターがうがたれ、戦争で破壊された塔の残骸がその穴を埋めました。それは進歩した魔法が生み出した暗黒の時代でした。
そして遂にとうとう、魔法使いたちはやり過ぎてしまったのです。
いまではもう人類の歴史から完全にその名を抹消されたある魔法使いの一団が、とりかえしのつかないほどの破壊力を持つ爆弾を炸裂させました。投射方法がなんであったのか、そもそもどのような魔法理論と魔法構造で製造されていたのか一切伝わっていないその爆弾は、地球上に大洋をひとつ増やすほどの大被害をもたらしました。空には大量の塵が巻き上がり環境は激変、このままでは人類滅亡もやむなしと思われたそのときに、人類の目の前にもっと驚愕すべき出来事が起きたのです。そのことは皆さんもよくご存知ですね。そう、
神様がお目覚めになったのです。
お目覚めになった神様はとても不機嫌でした。ふつう、スヤスヤと安眠しているところをたたき起こされれば誰だって不機嫌になるものです。ましてや爆弾で起こされた神様のご気分たるや想像に尽くし難いことでありましょう。世の聖壁画に描かれた愛くるしい寝顔とはまったく異なる様相で、神様は我々人類に、とりわけ神様をお目覚めさせるほどの爆弾を作ってしまった魔法使いに、激怒していらっしゃったのです。
「おまえたちなんてことするのよ!わたしはちょうど大きなケーキを食べる夢をみていたところだったのよ!!」
神様はぷにぷにした頬っぺたを真っ赤にして怒りました。例の爆弾を作った魔法使いは、その場でひとりのこらずクルクルパーにされました。神様は慈悲深いのでみだりに命を奪い取ったりはしないのです。
「だいたいなによこの爆弾!これって危うく別の宇宙ができちゃうほどのビッグバンと同じ原理じゃないの!!人類が弄んで良いものではありません!!!」
神様は黄金色の巻き毛を触手のように震わせ、お召し物のフリルをぶるぶるうち振るわせてお怒りになりました。その爆弾に関する知識は人類の魔法体系から完全に消去され、二度と再び世に現れることはありませんでした。
いまでも、人や物の存在を抹消し無かったことにする行為を「BANされる」などと言いますが、それはこの時の故事に由来しているのです。
「いい?宇宙を創造するのはね、神様だけが出来ることなの。人類が勝手に宇宙を創造してはいけないの。デッドコピーで海賊版な宇宙なんてね、グレーゾーンを通り越してブラックホールまっしぐらな行為、著作権法違反なんだからね!」
著作権法違反!この恐ろしい宣告に魔法使いたちは震えあがりました。著作権を犯すというのは人類のあやまちの中でも最も禁忌とされ、有罪となったものには極刑が下されるのが全世界共通の決まりです。たのまれなくとも三族皆こぞって逍遥と自決する道を選ぶ、著作権法違反とはそれほどの大罪なのです。これを聞いた魔法使いの中には恐怖のあまりお坊さんになってしまった者も出たほどでした。まさか自分たちの扱う魔法が、著作権法違反につながるものだったなんて!
事ここに至り、魔法使いの長きにわたる戦争の歴史にようやく終止符が打たれることとなりました。魔法使いたちは神様に、今後は二度と魔法の力と塔の勢力を、戦争のためには使わないことを誓ったのです。それを聞いて神様は安心してふたたびお休みにつきました。ところが、神様が幸せそうな寝顔で眠りに入られるその前に、ひとりの魔法使いがぶしつけな質問をしたのです。
「しかし私たち魔法使いは、これからどうすればいいのでしょう?自由自在に空を飛ぶ塔を以って、何事を成せばよいのでしょうか?」
慈悲深き神様はその御枕に黄金色の巻き毛を預け、桃色の頬に穏やかな笑みを浮かべて魔法使いたちにこう言ったのです。
「月でも目指せばいいじゃない」
それこそが、現代文明による宇宙開発の始まりなのです。
――ファンタズィ・フォン・ブラウン著『少年少女のための恒星間魔法文明の歴史』冒頭よりの抄録
「異世界SFがあってもいい」そんなフォロワーさんのつぶやきからこのお話は生まれました。「ファンタジー世界は永遠の中世」などと、もはや誰も言いません、最近の異世界ファンタジーは近世や近代社会に近しい文明を描いたものが多いですね。だからファンタジー世界の未来社会で、コールドスリープした人類を運ぶ恒星間宇宙船を、ひとり管理するエルフの船長とかいいよね。などと思って、そして
どうしてこうなった(´・ω・`)
なったんだから仕方がないこれはそういうお話です( ˘ω˘ )