確かにその人母君に似てますけど、多分整形してますよ。
非常に残念な話が二つある。
ひとつはこの国の皇太子殿下が重度のマザコンであり、恐らく王位を譲られた後、その政策の決定には「母君」の影響が甚大であろうという予測。
もうひとつは、そんな身内贔屓と評判が悪い王妃様と、私の顔がそっくりだと言うことだ。
瓜二つ、生き写し、隠し子(さすがに噂でもマズいのだが)とまで囁かれる有様に当然皇太子殿下が見逃してくれるはずもなく、めでたく婚約が成立していたのが三年も前のこと。
家柄こそあまり高くないが叩き上げの官僚として堅実に宰相を勤めている父の存在もあって、この婚約は多くの貴族たちを安堵させたものだ。
「カーちゃんに似てるから結婚する(意訳)!」
と言われた少女をよそに。
とはいえ政略結婚というのはそういうものなのだから仕方ないよね、と思いつつ。
さすがにこの皇太子に国の舵取りをさせるのはまずかろうと、息子LOVEであった「母君」の鞭の役割を努めてきたのであるが。
「お前との婚約を破棄する!こっちの令嬢はお前より母上に似てるし、お前と違って優しいんだ!」
さて、この婚約破棄は残念な話に分類すべきか、朗報と言うべきか。
少なくとも大多数の貴族の子息にとっては福音とはならなかった模様で、ひきつった笑顔、もろにドン引き。
まあ噂程度で済んでいたマザコン疑惑を、当の本人が学園内のパーティーで堂々おっぴろげればそれもわかると言うもの。
だがお前ら、こんな皇太子を私に押し付けようとしてたんだぞ。
一方の貴族令嬢はというと、皇太子の母親に似ていると言うことはつまり私の顔にも似ていると言うわけで、自分そっくりの他人が頭お花畑のツラで熱っぽい視線を向けているのも勘弁してほしい。
あ、目があった。こっち見て笑ってんの。
そんな勝ち誇った顔されても。
いいのか?確かに地位はトップ・オブ・ザ・カントリーだけど、そいつ二言目には母上とか言い出すやつだぞ?
大丈夫だろうかこの国の今後。
「例え王族が無能であろうと、官僚が優秀であれば国は機能する」
ふと、父の言葉を思い出す。
「むしろトップがバカだと、全責任を押し付けられるから周りとしてはかなり助かる」
親父よ、お前もクロかった。
あとそんな無能に押し付けるほど私は安く見られてるんですかね?
「どうだ言い返せまい!所詮お前は顔だけの女だったのだからな!」
勝ち誇る皇太子。
私を侮辱しようとして親愛の二名が巻き添えである。
そもそも顔だけの女、というのなら、せめて自分が新たに婚約を申し出た少女の顔が、母君をモデルに整形したものだと気づいてもらいたい。
長い髪で隠してはいるが、首筋や耳元にある、みみず腫のような赤い痕は、顔の皮膚を引っ張った時の手術跡と見た。
うん。
この令嬢、美人局では?
せめて自分の顔がモデルに使われていないことを祈りつつ、私は沈黙という無言の抗議で、出席者らの同情を取り付けたのであった。
後日談。
滅茶苦茶な言いがかりで婚約破棄をされた私には同情の目が多数寄せられた。こちらが申し訳なく思えるほどだった。
とはいえ殿下の婚約者に似ていると何かと面倒が多いので、父の紹介状を携えて隣国に越した。父仕込みの事務処理能力を高く買ってくれている方のお陰で、不自由なく暮らせている。
そして、母国では私たちのことを、『同じかおの有能だった方』『同じかおの頭お花畑だった方』という区別をされているのはさすがに泣いた。
その王子だが、最近新たな婚約者を募集しているらしい。
条件はもちろん『母親に似ていること』。
これが原因で、顔立ちを似通わせる整形手術の技量が高くなったのは当然の帰結だろう。
奴隷たちの顔を要人そっくりに整形して、替え玉として売り出すビジネスさえ始まっているらしい。
皮肉にもそれは、顔以外で個々人を区別する技術の開発に繋がった。
さらには、皇太子が婚約者の整形を知ってから、『もっと母に寄せろ』と老け顔の整形を要求して令嬢に見放された。
また、それを耳にした王妃がババア扱いされた事実に激怒して息子との間に冷戦を勃発させたという。
そして、それを機に、魂が抜けた状態の彼の元へ、官僚たちがこぞって皇帝らの権限縮小の法律や制度の書類をもって言ったことも言い添えておく。
なんだかんだ世界はバランスを取りながら動いていくものなのだなあ、と思った。