第3話 殺意のフルコースと一杯の芋粥
仕込みがひと段落ついた頃、宮廷料理長殿が事件当時の献立を見せてくれた。
【食前酒】辛口白の発泡ワイン
【アミューズ】潮のスフレ、トレントの若芽、鯉の唐墨
【前菜】朝獲りレバーのカルパッチョ百葉仕立て(鹿・鶏・カワハギ)
【スープ】海のコンソメジュレ三色
【魚料理】赤身魚の冷製タルタル、ソースオランデーズ
【口直し】巣蜜のソルベ
【肉料理】牛フィレ肉のステーキロッシーニ風
【サラダ】小玉葱と山葵菜のサラダ、アボカドのムース
【チーズ】山羊乳の熟成チーズ
【菓子】ザッハトルテ
【水菓子】無花果、葡萄
【食後】深煎焙煎珈琲
……
……
うーん、有罪。
なぁにこの殺意マシマシのメニューは。
犬系猫系の獣人ならほぼ即死だし、ヒトでも時間差で死ぬわ。ヒト以外の種族が食べちゃいけないチョコレートとか葱とかアボカドとか所々に忍ばせてる時点でアウトだし、毒物以外にも病原菌や寄生虫対策とか何も考えてないよね多分。浄化魔法で対処可能かと言われても、認識できなきゃ恐らく無理。
晩餐会までに死者がでなかったのは偶然か、それとも市場で手に入る安全だが種類の乏しい食材で遣り繰りしていた為か。此方では見かけない食材については自作の可能性もあるが。
これ食って平気なのって魔族とか精霊とか竜族くらい。リザードマン系の上位種でもギリギリセーフかなあ。多種族社会なめんな、ですわ。
という内容を出来るだけ穏やかに伝えたところ、宮廷料理長は顔を真っ青にして医師と神官を招集した。執事さんもいる。
婚姻外交も盛んに行ってる王族らは純血のヒトなど少数派で、隔世遺伝で異種族の血が現れる事も珍しくないそうな。民間でも割とよくある話なので、王侯貴族ならその頻度は庶民の比ではあるまい。
だからこそ市中に出回る食材の種類は制限される。
前世に比べて乏しく貧しい料理事情は、数多の悲劇を重ねた上で誰もが安全に口にできる食材がそれしか残らなかったが故の産物とも言える。鑑定スキル持ちでなければ新しい食材を発見しても食毒の判定は難しいし、己の身体に獣人の要素がどの程度含まれているかによって毒性の強さも変化する。
どういう毒で何処が悪くなるかを把握していれば、魔法による治療は不可能じゃない。
ただし「全身の赤血球が破壊される毒です」と伝えてそれが即座にどういう現象か理解できる神官がこの世界にどれだけ存在するのか、自分は知らない。知りたくもない。自分が魔物使いの回復魔法でたぶん対処できるのは、生物の仕組みなどの知識が焼き付けられているから。
厨房の片隅で鷲馬娘が拘束して踏みつけてる不審者が「う、嘘よ。私、自分の舌で確かめて……身体にも悪影響が出なかったし」などと呆然とした顔で呟いているが、持病の突発性難聴は今日も元気です。
ぼくはなにもきこえなかった。
簡易鑑定で【転移者】【状態異常無効】とか表示されたけど、何も見えなかったよ。
▽▽▽
病み上がりなのに揚げ物を熱烈要求する一部馬鹿者をやんわりとたしなめつつ、所狭しと並べられた素材に目を向ける。前回よりも種類が増えているのは、こちらが想定外の素材を調理できると理解したからか。
魚竜の浮袋が空間拡張袋の原料とか知らんがな。
煮込んだら回春作用があると判明してお咎めなし状態だけど。
あ、今回この国を訪問した方々の理由の半分以上が、そっちだったと。一口十年若返るなら神殿に奉納する分を除いても十分以上に元が取れると。自分はその辺携わる予定ないので頑張ってくださいね、冒険者は国際問題に首を突っ込めるような立場じゃないので。
「それで、出来上がったのが薄い芋粥一杯だと」
「病み上がりで胃腸弱りまくった相手に脂のきっつい肉とか拷問っすよ」
酒場のカウンター席。
冒険者組合で居候をやっている推定旗本の三男坊様が、であるかと唸りながら粥の器を受け取った。酒場は竈に暖房全開なので汗をかくほど温かいが、城などは暖炉より僅かに離れると外と大差ない寒さだとか。
「聞いたところでは、国賓を招いた晩餐の席も随分と冷え込んでいたと」
「うむ。ステーキなど脂という脂が冷え固まって蠟のようになっておった。あれでは胃の弱った御仁が食せば大変なことになるのは必至。解毒の魔法でも取り除けぬ事態に宮廷医も神官達も混乱してな」
それはそれは大変だったんだぞと力説する貧乏旗本の三男坊様。
「魚竜の浮袋の煮込みも結局出てこなかったしな」
なんかモグリの魔法使いに横流しされて空間拡張袋に化けたそうですね。アレ。
やったのは料理人じゃなくて、そいつを貴族家に仲介した商業組合の凄腕さんだそうで。自称だけど。
「体調を崩したまま寿命が延びても苦しみが続くばかり。痛手ではあったが為政者側としては頭を冷やす良い機会ではあった」
そっか。
ちと御節介でしたかな。
芋粥の味はどうです?
「しみじみと旨い。粥と言えばパン粥や燕麦あるいは蕎麦と思い込んでいたが、米と犬芋にこれほどの滋味があったとは――政争とは虚しきものだな。此ほどの芋を育てる忠臣の一族、彼らを悪鬼と罵り歴史を歪み伝える事の何処に正義があるのだ」
三男坊様、三男坊様。
風来坊のコスプレしてても人前で吐いちゃいけない類の弱音じゃありませんかね。それと成人男性のテヘペロに需要はない。うっかりが許されるのは別キャラっす。
陽気なリズムでサンバを踊る必要もございません。
鷲馬娘に捕まった不審者の方は、冒険者仲間が監視中。
なお口を開くと「私の方が技術は上」「私の芸術を理解しない奴らばかり、前の世界も今の世界も」「あんな素人料理、真似るなんて楽勝。もっと美味しい料理に作り替えられるのは私だけ」「あいつは致命的にセンスが欠けている」「極上の食材を生ゴミに変える才能は天下一かもね、酒場の虐殺者は」「才能が幾らあっても女というだけで活躍の機会を奪われ、功績を取り上げられる。いつもいつも、私は悪くない」などと愉快な証言を繰り返している模様。
前世審問官の皆様含めて、額に青筋増殖中。
どうやらイケメン鬼畜な貴公子からの溺愛逆ハーレムが最低条件らしい。
陛下どうします?
「我が国にそのような人的余裕はない。あと陛下ではなく冒険者ギルド酒場の用心棒である」
大変失礼いたしました。
お身体の調子は整いましたかね。
「不思議なことに。身体の隅々にまで滋養の力が行き届くような。かの魚竜の浮袋を口にした時にも似た――まさか、これは」
芋粥を平らげた三男坊様が落ち着いた表情で腹を撫でていたが、はっとした顔で此方を見る。
鯉の鱗にございます。
鯉。
ちょっぴり激しい流れの滝を果敢に昇り切った、それは見事な鯉の鱗。
大層酒が好きだったので糯米の酒を甕一つ渡して余分な鱗を譲って貰った。討伐じゃないので冒険者組合への報告義務もなし。鷲馬娘には包子三つで黙ってもらいましたがね。
鯉の鱗って旨いんですよ。
甘露煮にするなら鱗と内臓外さずに煮るし、油で揚げた鱗煎餅は酒の肴にもなるし。
つまり、それだけ滋味豊かな鯉の鱗をダシにして芋粥を炊いた次第。後遺症に苦しむ饗宴参加者の皆様も、少しはマシになったんじゃありませんかね。
「忝い」
だから迂闊に頭を下げんでください、三男坊様。
自分、結構この国を気に入ってるんで。
獣人が食べると命の危険があるもの
・ネギ類(無毒化品種を除く)
・アボカド
・葡萄
・チョコレート関係
・コーヒー(種族による)
ヒトが食べてアウトだったもの
・鯉の唐墨(食中毒、寄生虫)
・潮のスフレ(食中毒)
・生レバー(食中毒、寄生虫、肝炎)
・巣蜜(毒草の蜜だった、ボツリヌス菌っぽいもの)
・牛フィレ肉のステーキロッシーニ風(体温で融けない脂肪分が胃や腸の中で固まって栓となった)