第5話 副賞:迷宮バナナ1年分
鷲馬娘の防具は結界魔法を付与した腕輪で落ち着いた。
重い防具というのは冒険者に嫌われやすい。
関節部まで板金で覆われた甲冑は材質次第では攻城弩弓の一撃すら弾き返すというが、重量軽減の付与にも限度はある。それならば豊富な魔力を糧に結界障壁を展開できる魔法道具の方が便利と考える冒険者は多い訳で、伝手を駆使しつつ報奨金でぶん殴る勢いで入手したそれは王都で小さな家を建てられる程度の値が付けられていた。
『ぴぃ』
と言うのが値札を見た鷲馬娘の第一声である。
『はわわわわ。我は鷲獅子や竜と違って光物への執着は然程ないのである。これほどの魔法道具を寄越されても、商売女のように絆されると思わぬことだ』
尻尾でべしべしと叩きながら、それでも満足げに鷲馬娘は腕輪を受け取ってくれた。
宝飾品としては地味目なのは製作者と自分の意向が一致したから。将来的に彼女が甲冑などを身に着ける決断を下した際にも邪魔とならないための工夫である。最近は魔獣形態よりも人の姿でいる時間が随分長くなっていて、人間の下着や衣装にも興味を持ち始めた鷲馬娘。冒険者組合でも人型魔獣というか新種の獣人として扱われ始めている。
『我よりも主殿の武装を充実させるべきだったのではなかろうか。手斧に投石の礫では同業者の受けは良くとも素人の依頼主は不安に思うであろう、今までは人狼殿など武辺者が共におったのでその辺は何とかなっておったが』
耳の痛い話である。
魔馬と契約し後方支援で仕事する事が多い自分は、戦闘を得手としていないと思われがちである。前世の記憶を思い出したこともあり、ダンジョン探索者のような傾いた衣装を痛々しく感じるようになったことも相まって地味な服装と装備を心掛けるようになっていた。
『巷における主殿の評価が流浪の凄腕料理人とか宮廷料理界を飛び出した味覚の求道者とか、そういう方向性で固まりつつあるのだ』
「どうしてそうなった」
『手元を見よ、周囲を見よ』
小さく嘆けばジト目で鷲馬娘が指摘する。
手元には一口大に形を整え胡麻をまぶして揚げた犬芋が溶かした飴液の中で転がっている。そのまま取り出して飴を冷やし固めても面白いが、投石術の応用で串先に引っかけた芋を高速回転させると、宙に放たれた飴が蜘蛛糸のように無数に伸びて繭糸のように揚げ芋を包み込む。形を崩さぬよう宙に浮く内に細い串を刺して、それを三つほど貫いたものを串台に並べる。
あがる歓声と拍手。
王都にて犬芋を流行させたいということで手伝うことにした屋台のひとつ。シンプルな大学芋も旨いが変わり種かつ見映え良いものはないかとリボー商会に請われて試作したのが、この飴の繭珠である。原理としては綿飴のそれであるし、単なる見映えなら中に仕込むのは苺などのベリーでも良いのだが、多くの種族で安全に食べられるものとして犬芋を選んだ。
飴細工の実演販売は、製菓職人の弟子や御隠居などが小遣い稼ぎに屋台を設けることもある。麦芽を用いた練り飴が主体のため、粗目を原料とする綿菓子はまだまだ珍しい。歯触りの良い飴綿に包まれた揚げ犬芋は飴細工師の仕事に負けぬほど注目を集めているようで、購入希望者の列とは別に見物客が屋台を十重二十重に囲んでいるほどだ。リボー商会の下っ端達が臨時雇いの冒険者に指示を飛ばしながら混雑対策に動いているが、自分としても暴動騒ぎを起こすのは本意ではない訳で。
屋台前の混雑は、犬芋と飴液が品切れとなる半刻後に無事解消となった。
原価に近い値で売ったので販売益はそのままリボー商会に渡し、実演販売を大道芸と勘違いした野次馬の皆さんより頂戴した投げ銭が自分達の報酬として受け取った。最も忙しい時期には二十個近い飴の繭玉が常時屋台の上を飛び交っていたのだから、なるほど誤解もやむなしと言える。
『……主殿、やはり冒険者以外の道に適性ありすぎではないか?』
『にゅ~ん』
従魔達からの評価が厳しい。
鷲馬娘も後半は風魔法を駆使して揚げ芋を次々と宙で回転させまくっていたのだから、満更でもないと思っていたのだけど。
▽▽▽
収納術は表向きは汎用魔術に分類され、他の汎用魔術に比べれば習得難易度は決して高くはない。
それでも現役冒険者に収納術の習得者が少ないのは、いわゆる空間拡張鞄が標準的な収納術より高性能だからだ。使用時にそこそこ魔力を消費する上に、習得して生み出せるのが手袋一組がやっとの収納空間では割に合わないという理屈である。
気持ちは良く分かる。
注ぎ込んだ魔力と空間認識力次第で、収納空間は拡張する。しかしまっとうに収納空間を育てようと思ったら魔法職での大成は諦めた方が良いし、具体的な広さを認識できなければ収納空間は拡張してくれない。素質ある人が何年も頑張って幌馬車とか倉庫サイズにまで収納空間を拡張できるのだ。
『主殿の収納空間は』
「最初は幌馬車サイズだったっすね」
ある意味規格外だったんだよね。
持て余していた魔力を根こそぎ注いだらいきなりそのサイズだった。魔馬と従魔契約したら魔力を吸われるようになってしまったけど、幌馬車サイズで始まった収納空間は暇を見ては増築と拡張を繰り返した訳で。
『現在は?』
「……ドーム球場くらい、っす」
どおむきゅうじょう。
鷲馬娘と合成獣が首を傾げ、近くにいた冒険者が噴き出す。あ、こいつ前世持ちか。ぎょっとした目を向けられても困る。
「合成獣と契約したらとんでもない量の魔力が逆流してきて、収納空間を拡張せざるを得なかったっすよ」
『にゅふん』
偉そうに胸を張る合成獣。
その仕草が可愛いのか前世持ちの冒険者が胸を押さえて悶えている。気持ちは分かる。ちなみにここはつい先日も仕事で訪ねた牧場で、冒険者が馬を借りたり買ったり売ったりする場所でもある。
「鷲馬娘が人化を維持していく方針なので、今の自分らの仕様で冒険者続けるなら馬と馬車はあった方が良いと考えたっすよ」
チームに所属していた頃は荷馬車を移動拠点として活用していた。
護衛対象を乗せることもある。主要街道を外れたら宿場町で泊まれぬことも十分ありえる。器用貧乏な支援職というのは一芸特化型の専門家に比べれば軽んじられることが多い、そういう自覚はある。
もっとも一芸特化の専門家が採取採掘戦闘の最前線で命を張ってくれることは滅多にない。国や商家や冒険者組合の庇護下で最上級の素材を提供されて最上級の技術を研鑽するのが彼らの生き方だ。
器用貧乏には器用貧乏の生きる場所があるというだけの話。
そのためには広大な収納空間と、多種多様な作業を現場で行うための移動拠点となり得る馬車と、こちらの仕事に理解のある荷馬が必要と考えた。鷲馬娘は馬車の牽引を拒否しているし、合成獣は体躯が小さすぎてそもそも引っ張れない。
「そういう訳で、迷宮バナナっす。契約金代わりにどうぞ」
鷲馬娘が友輩と呼び魔蟲に寄生されながらも我慢強く耐えていた農耕馬。
一度だけ口にしたという迷宮バナナを嬉しそうに食べてくれる。牧場の他の馬や驢馬も美味しそうに食べてくれたが、この農耕馬ほど全身で喜びを表現しているものはいない。
お裾分けされた牧場主や従業員たちも呆れ半分、驚き半分の様子。
「輓馬に贅沢を覚えさせた責任を取ってもらわにゃなあ」
まんざらでもない顔の牧場主が提示した額は相場より幾分安い。
魔蟲の一件で後遺症が出たのかと思い尋ねてみたが、そうではなかった。
「治療されたことで半分以上懐いておったし、犬芋でトドメを刺されたようなもんだよ」
「そっかー」
道理で、牧場を訪ねたら真っ先に来た訳だ。
鷲馬娘と合成獣とかべろべろと舐められまくりだし。
「治療の時に毛を剃って禿にしちゃったし、そういう意味でも責任とらないといけないっすね」
「だそうだグレイス号。今日からアレックス氏が君のオーナーだ」
牧場主の言葉を理解できるのか、グレイス号と呼ばれた葦毛の農耕馬が頭を下げる。本当に賢い。あとで毛剃したところを治そう。
禿は辛いからね。
そんなことを考えたからか、グレイス号に髪を噛まれた。ははは、こやつめ。
生え際は勘弁してください。