第1話 村人→旅人→傭兵→冒険者→国王陛下の裏料理番→冒険者
第三章です。
過大評価ほど怖いものはない。
実力以上の成果を出してしまった時、特にそう思う。
同時に過小評価も色々と危険だ。
「おい貴様。貴様の所有する魔獣を俺に寄越せ、有効活用してやる」
などと、食事中にいきなり銀貨の詰まった袋を投げつけられながら言われたら、いい気分にはなれない。
魔物使いが従魔を手放すことは、残念ながら珍しい事ではない。
騎馬を卸す業者などは最初からそれが目的だし、割り切ってもいる。訓練に時間をかけられない者のために代行する魔物使いもいる。食費が嵩みすぎて手放さざるを得ないこともある。性格や属性が致命的に合わず契約を維持できないこともある。
まして自分は一度は従魔より契約破棄を持ち掛けられた身であるし、彼女が認めた乗り手が現れた暁には祝福したいとは考えている。
いるのだが。
「うちの仔は上位種新生して一年弱。ようやく飛び方を覚えたが速度は未だ途上だし、人を乗せて飛べば激しく揺れるっす。先月王城騎士団の飛行騎獣訓練に参加して診てもらったら『四半刻までなら意地で耐えて見せる。だがそれ以上は無理だ』って言いながら笑顔でリバースされたんで、普通の人が乗ったら多分空の上で――いやそれでも、類稀なるセンスがあれば万が一の可能性ですが跨ってみますか?」
「失礼とても大事な用事を思い出した」
食事中に喧嘩を売る道理もないので簡単にだが事情を語る。
説明の途中で周囲の冒険者達はうんうんと相槌を打ち、幾度か試乗した者が封印していた記憶を思い出したのか口元に手を当てて店の外に逃げる。
では金で従魔を奪おうとした推定貴族の男はというと、こちらの説明を遮るように短く早口でまくし立てると、背を向けて駆けるように店を去ろうとした。仕方ないのでテーブルの上に残された袋に銀貨を詰め直し、こぼれないように口元をきっちり縛ったら手首を返すように放り投げる。
弧を描き、銀貨の袋は男の着ていた外套袖口に吸い込まれるようにして消えた。それに気づく様子もなく男は店の外で毒づきながら控えていたであろう従者に怒鳴散らしているようだが、それはもはや自分の関知すべき事ではない。
『これは従魔ハラスメントではあるまいか。謝罪と賠償を要求する』
一緒に食事をしていた少女が、猛禽のように鋭い目で少しばかり恨めしそうに此方を睨む。ダンジョンに潜るような傾いた連中ほどではないが、目に鮮やかな衣装とそれに決して負けない美貌と身体。上位種として人化の力を得た鷲馬娘その人である。
ちなみに今しがた述べたことは事実である。
魔馬より上位種新生した彼女は空を飛ぶのが恐ろしく下手、というか独特の感性で飛行するため一般的な鷲馬の常識が通用しない。
前脚で空を掴み、
後脚で空を蹴り、
両翼で空を裂く。
瞬発力に優れ小回りが利く反面、安定して飛ぶことが苦手で乗り手は揺さぶられすぎて上下の感覚すら不確かなものになってしまう。当然ながらそんな状態では鞍上で武器を振るうことなど不可能で、手綱どころか鞍に必死にしがみつくしか出来ない。
鷲馬に乗り慣れた騎士ですら、なのか。
通常の鷲馬に乗り慣れたからこそ、なのか。
「君に試乗した連中が軒並みリバースするから、冒険者組合併設の訓練所にスライムが大量発生してるって苦情きてるっすよ」
『我の責任なのだろうか』
現実を直視しようよ。
人化という手段を手に入れた彼女は背に人を乗せるよりも自身で武器を振るう方が強い。冒険者仲間が挙って体術や武器戦闘を教え込んだ。鳥系の飛行可能な獣人などは仲間が増えたと大はしゃぎだが、鷲馬娘を騎獣として契約したい連中にとっては悪夢のような状況となってしまった。
『にゅ』
鷲馬娘狙いの男が消えたのを確認してか、テーブルの下に潜っていた合成獣が顔を出す。ヘルメットをかぶった翼猫みたいな姿だが、飛竜に似た尻尾とヘルメットの表面で自己主張する水魔と魚竜の頭部が、この仔が尋常な出自でないと物語っている。
神々に没収された奇跡のスープ、その出汁殻を原料に誕生した珍獣もとい推定神獣。今のところ攻撃能力は皆無に等しく、焚き火や暖炉の側で程よく焦げた毛先や抜け落ちた羽根から旨そうな匂いが漂っては周囲の肉食獣を招き寄せるというなかなか愉快な生態を披露している座敷猫でもある。
『にゅにゅ』
『いやいや今の男は騎獣目当てだから、我が狙いであろう。汝を連れて戦場を歩くなど自滅行為ではないか』
『にゅ~』
そんなことないもんと前脚を振りながら抗議する合成獣を抱き上げて、鷲馬娘は膝に乗せる。食事の邪魔をされても暴れなくなった分、彼女達は精神的にも成長している。
いずれにせよ王都で目ぼしい乗り手を粗方試したのだから、鷲馬娘のためにも他所の土地を訪ねる頃合いなのかもしれない。
『他所の土地を目指すと。魔女と真竜が支配するという大洋の島か、それとも巨大な樹精が根を下ろしているという転移門都市か、奇人変人が集う学舎の砦か。我に相応しき乗り手が現れたとして、主殿に従う者であればよいが』
甘く味付けした蒸し饅頭を合成獣と分け合いながら頬張る鷲馬娘。うましうましと顎を動かす彼女の言葉をしばらく聞き流していたが、割と重要かもしれない事実に気付いてしまった。
此奴、騎手を見つけても親元を離れる気がねえぞ。
『上位種新生直後は謎の万能感に支配されて独立を宣言したが、反省した。というか親孝行するのに親元を離れて如何すると気付いた』
「本音は」
『王城で飼育されている鷲馬部隊と情報交換して、主殿の世話より脱するなら代わってくれと窮状を訴えられた。いちど主殿にケアされた鷲馬ほど真剣だった』
騎士団は騎獣の体重管理が厳しいからね。
遠征に備えて飢餓訓練とかも定期的に行ってると聞くし。あと鞍がすっごい臭うらしいね。
『あれは乙女が嗅いでいいものではない』
『にゅ』
『たとえ同族と言えど人化も出来ぬ魔獣に股なぞ開くものか』
『にゅにゅん』
『とにかく、だ』
膝の上で抗議する合成獣を適当にあしらいつつ、鷲馬娘は咳ばらいを一つ。
『昔のように一人と一頭で旅をするのも悪くはないが』
『にゅにゅにゅ!』
『戦力として数えられたくば、愛玩動物を卒業するように。仔馬時代の我とて僅かばかりであるが荷を背負って旅をしていたぞ』
『にゅ~ん』
顔を突き合わせて真顔で話す一人と一頭。従魔同士なのできちんと意思疎通できているが、事情を知らぬ者が見れば甘えん坊な子猫と戯れる美少女という構図だ。それを見ていた周囲の客が何故かこちらに銅貨を積んでいく、店員も止めようとしない。
「それで念のために訊いておくけど、今しがたやってきたオレサマ貴公子はどうしよう。面接とかする?」
『否。乗り手を求めはするが契約主を変更する気はない』
『にゅ』
うんうんと頷きあう鷲馬娘と合成獣。
合成獣などは抱き上げられたまま右の前脚を挙げて答えるものだから、見ていた周囲の者は口元を手で押さえた後に、こちらの卓に銅貨をどんどん積んでいく。いや待って、見世物じゃないから。隙あらば銀貨も積もうとしないで。