1 転生することになりました!
「ふぅ、風が気持ちいなぁ」
俺は自転車を漕ぎながら、思わず独り言をつぶやく。
季節は夏。
今現在もさんさんと太陽が照りつけてきている。
今朝のニュースでも最高気温が三十五度を優に超えるなんてことを言ってたっけ。
そのせいで大粒の汗が頬を伝ってくるが、そんな汗も吹き抜ける風でひんやり乾かされているような気がして、そんなに気分は悪くなかった。
「それにしても暑いけどな……」
俺は田舎とも都会とも言えないような、なんとも言えない地方に住んでいる。
今現在も一応町中を走ってこそいるが、人はかなりまばらだ。
そんな中を何故今こうして自転車に跨がり走っているかと言えば、本屋さんに行くためだ。
自宅から十五分ほどの所にある書店なのだが、そこそこに規模は大きく、品揃えも悪くない。
実は昨日、俺の集めている漫画の最新刊が発売されており、それを買うために今日という休日を利用して午前中のうちから買いに来ているのだ。
因みに俺の趣味は漫画やラノベを読み漁ることで、特に最近はハマりすぎてヤバい。
学校から帰ってきた後の放課後、真っ先に読み始めるのは当然として、深夜寝る時間を削ってまで読んでしまう始末だ。
まぁその分学校の比較的サボれる授業で昼寝をカマして回復させているので、健康バランス的にはトントンになっているはずだ。
俺のこの実態を知れば、高校二年にもなってこんなことで大丈夫なのかと心配になる人もいるかもしれないが、勉強だけに関してはそこそこ出来る為、なんとかなっている……と信じてる。
まぁ実際俺が進学を考えてる大学も(家から近いという理由だけ)、そんなに偏差値が高い所ではないので、恐らく大丈夫だろうとは思っている。
そんな感じでのんきに自転車を走らせながら、目的地の本屋さんまであと少しの距離まで来た時だった。
ふと、視界の端にジョギングしているおばあちゃんが映った。
そのおばあちゃんはかなり本格的に鍛えているようで、全身かなり日焼けしていて筋肉も付いてそうだった。
いるよな、たまにこういうガチな感じのおじさまおばさま。ほんと凄いよな。
そして俺が追い抜こうとしているこのおばあちゃんも、かなりムキムキボディで、特に足なんかが結構黒光りしててカチカチガチムチって感じで、もの凄い。
俺は思わずそのゴリゴリのおみ足に完全に見入ってしまっていた。
「おい危ないぞっ!」
どこからか慌てたような男の声が聞こえてくる。
何かと思い隣を向くと、大型トラックが迫ってきていた。
「……え?」
それが俺の最後の言葉となった。
気づけば俺は道路に飛び出していて、そこに丁度大型トラックが走ってきていた。
大きなクラクションの音。
ズン、と全身に強い衝撃が走る。
うそ、だろ……こんな……はずじゃ……
自分がどんな状態になっているのかも理解できないまま、俺の意識は遠のいていった。
△
「……あれ、ここは……?」
気づけば俺は知らない場所にいた。
周囲一帯がピンク色の雲で囲まれており、俺が立っている足場もピンクの雲だ。
どういうわけなのか困惑していると、近くから透き通った声が聞こえてきた。
「――はじめまして、井澤風一さん。そしてようこそ天国へ」
それは白い羽衣を身にまとった二十代前後に見える女性だった。
白とピンクの混じったようなロングヘアーで、俺が今まで見たことのないくらい整った顔をしていた。
「あの、あなたは?」
「ああ、自己紹介が先でしたか。私はいわゆる女神という存在ですね。正確に言えば、輪廻転生システムを任されている転生神と名乗るのが妥当ですか」
「女神……さま? いや、よく分からないです。なぜ俺はこんな場所に……それに天国って……」
「覚えておられませんか? あなたは前世でお亡くなりになられたのですよ」
困惑する俺だったが、女神様に言われハッとなる。
……ああ、思い出したわ。そう言えば俺トラックに跳ねられたんだっけ……
そう、跳ねられた直後の記憶はないが、迫り来るトラックに思いっきり衝突されたという事実だけはハッキリ覚えている。あの早さでぶつかったのだ、当然死んでいてもおかしくはない。
……うん、まぁ衝突されたというか、俺の方から飛び出したという方が正しいのかもしれないけど……
いや、というかあれは百パーセント俺が悪いだろう。
トラックを運転していたであろう人に全くもって罪はない。
あれでもし法律かなんかで処罰されるなんてことになっていたとしたら、本当に申し訳ない。俺が実際に出ていって弁護したいぐらいだ。
あーあ、ほんと最悪だ。
まさかおばあさんのゴリゴリの足に見とれて死んでしまうとは……こんなの誰にも言えない黒歴史確定だ。泣きそう。
「はぁ、死んでしまったことは納得できました。これから俺はどうなっちゃうんでしょう……」
「まぁ普通は死んだとなればそのまま意識が蘇るなんてこともなく、文字通り永遠の眠りにつくことになりますよね。しかし運が良かったですね。私は転生神です。ということで特別にあなたに異世界へ転生する権利をお与えしましょう」
「……え?」
転生、だと……?
それも異世界……意味は分かる。いや分からないはずもない。俺もその手の作品はかなり触れてきたタチなので、なんとなく察することはできた。
「その、異世界っていうのは、ファンタジーの世界だったりしますか?」
「ええ、ご名答。その世界は、剣と魔法と悪と野望が支配する中世ヨーロッパ風のファンタジー世界ですよ」
やっぱりそうだった。
まさか、一度死んでしまった俺にこんなチャンスが舞い降りてくるなんて……本当に夢のようだ。
いや、もしかすると本当に夢だったり……? そんなはずはないと思いたい。
「なるほど。でも何で俺……僕なんかが転生できることになったんでしょう……?」
それが一番の疑問だった。
当然、俺なんかに何か隠された才能などあるわけもない。
それによくある展開として神様の手違いかなんかのお詫びというパターンもあるが、俺の場合は完全に自分がトラックの前に飛び出してしまったのが原因だ。その線は恐らくないだろう。
「いやーまぁ実はですね、私どもの住む天国でも流行りというのがありましてですね、最近は特に異世界転生がノッてきてるんですよね」
「……うん?」
「まぁ要するに転生ブームが天国で来ているんです。と言うことで色んな転生が神々の間で試されていてですね、その中で武器に焦点を当てた転生なんかも企画されておりまして。それにあなたが引っかかった、というわけなんです」
……なんとも理解しづらい裏事情だった。
「あれですか、要するに剣とか盾とかを持って転生するとかそういう系ですか?」
「そう、その通り! 色んな武器の勇者として転生させた場合にそれぞれどうなるのかっていうのを試している最中でして、武器ごとに適正のある人物を集めているところなんですよ」
「それに僕が引っかかったと?」
「ええ、風一さんのとある武器に対する適正がずば抜けて高かったので、こうしてお呼びしてるわけなんです。ぜひ、その武器を持って転生していただければなと」
「なんの武器なんですか?」
「布団たたきです」
………………おっと。
「え、すみません、ちょっと聞き取れなくて」
「布団たたきです」
「なんでだよっ!」
俺はたまらずツッコんだ。
流れのままにあれよあれよと進んでいたら、さらりととんでもないことを言われた。
「それって武器じゃないですよね? ひょっとして冗談とかですか?」
「いえ、本気ですよ。あなたの布団たたき適正はずば抜けています」
……な、何を言ってるんだこの人は。
控えめに言って理解が追いつかなかった。
「いや、ちょっと冷静になって下さい。つまり俺は布団たたきを持って異世界を駆け回らないといけないってことになりますよ?」
「もちろん、そうなりますよね」
「絶対いやです」
「じゃあ死にますか?」
「なんで!?」
「別に布団たたきさえ使ってくださるんでしたら誰だっていいんですよ。あなたの他に適正のある二番手、三番手の候補者も控えています。あなたが拒否するということでしたら、その方たちが繰り上がるというだけのことですから」
「えぇ……」
なんか脅されているようだが、正直釈然としなかった。
「いや、ていうかそもそも俺に布団たたきの適正なんてありますかね? 今まで一回も使ったことないと思うんですけど」
「だから気づかなかっただけじゃないですか? 実際手に持てば分かったはずですよ。俺にはこれしかないっていう感覚が」
「そんなわけ……あるのか……?」
よくよく考えれば握ったことないかも……と考えてしまう自分がいた。
「人によってセンスというものは確実に存在します。人間能力や個性は様々なわけですからね。あなたの場合はそういう才能を隠し持っていたというだけのことですよ。しかも二番手の方と比べてもダントツですね。正直私も驚きました」
「そんなになんですか?」
そこまで言われると、どこか自分に秘めたる布団たたきの才能があるような気がしてこなくもない。うん、絶対に気の所為だ。
「ということでどうされますか? 死にますか? 転生しますか?」
「うーむ」
いや、正直転生できるというのは素直に嬉しい。
ただ一番大事な何かが致命的に間違っている気がしているというだけで……。
……ま、いっか。
俺は深く考えることをやめた。
「分かりました。ぜひ僕を転生させてください」
「はい、風一さんならそう決断してくださると信じてました」
嬉しそうに女神が言う。
ただ俺の心は全くもって晴れてはいなかった。
「それでは、契約も済んだことですし、早速異世界へ転生していただきましょう!」
「え? いきなりですか? 何をすればいいとかは……」
「特段ないですよ。やりたいように生きていただければそれでいいです。私たちはどういう転生ライフになるのかというのを見たいだけですから。因みに寿命とかいう縛りは取っ払ってますので、気兼ねなく異世界をご堪能ください。それでは頑張ってくださいね!」
その言葉とともに、俺の体は光に包まれ始めた。
えぇ、ちょっと待って、まだ心の準備が……
そうしてなんやかんやで俺は異世界に転生することになってしまった。




