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白い監獄に

「私の耳が悪くなったのかなあ。今なんつった?」


 頸斬り兎と言うのが現実に存在するのなら、こんな風に牙を剥き出すのじゃないか。

 まだどこか、幼さを残した愛くるしい顔立ちに、満面の殺気を浮かべて、神聖セレニア帝国皇帝を睨みつけるミカとは裏腹に、当の皇帝レンは、涼し気に何処吹く風。端麗な顔立ちに、余裕の微笑を浮かべていた。

 

「いや、総合なら理解わかるよ。打、投、極、隙が無いしの。でもプロレスってアレじゃん。打撃は完全にテレホン。投げは相手の協力が無いと無理。関節も、二ヵ所も三ヵ所も同時に決める必要なかろ? 一つ折るだけでも相手の戦闘力ちからは激減するんじゃしさぁ。それにボクシングを見てみぃ。全力で戦うの三分ぞ。サッカーでも休憩挿むのに、休みなしで30分とか60分とか、真剣に闘える訳なかろーが」


 いや、皇帝陛下。それ以上はいけない。

 僕が廷臣なら、命に代えても、そう進言してた所だ。だが、それができない。

 一つには僕は廷臣ではなくて、ミカの仲間だから。

 そして、もう一つ。こちらの方が重要なのだが、ミカが全身で放つ怒気に気圧され、その場に立っているだけで精一杯だったから。


――下手に口を挟んだら、僕が小鬼ゴブリンのような目に合わされてしまう。


 全身から血の気が引くのを感じながら、僕はただ、皇帝レンに、飼い主に虐待され子犬のような、懇願の視線を送るのが精いっぱいだった。


 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか…


「後な、これ極めつけ。なんでロープに振られたら跳ね帰ってくるんじゃ? コーナーポストから――」


 床を撃ち抜くような、鈍い音だけをその場に残し、頸斬り兎が跳ねた。狙いは皇帝レンの頸……に見えた。その場にいた誰もが、その突進に反応できちなかった。

 

――唯一人、を除いては。


「――WAL」


 たった一言。それだけで、ミカの動きが目に見えて鈍った。皇帝レンの周囲3m程の空気が、波打って歪んで見える。


「ほぉ~、この〈自由奪う荷重の監獄壁〉の中で動けるとは、やるではないか。今からでも遅くない。武闘家モンクに転職したらどうじゃ?」

「私は……プロレスラー……だあぁァァァッ!!」


 絶叫と共に、突き出されたミカの手が、皇帝レンの胸元を掴んだ。流石の皇帝レンも、驚きの表情を浮かべる。

 

「驚いたぞ、プロレスラー。八百長やインチキは、異世界でも有効らしいのぉ」

「取り消せ……プロレスラーはな、生命削って闘ってるんだッ!!」


 表情は驚きつつも、余裕の態度は崩さず、軽口を叩いて髪を掻きあげる皇帝レンと、その豪奢な衣服の襟元を掴んだ、いかにも一介の冒険者に過ぎないと言わんばかりの、粗末な衣服をまとったミカが、玉座の前で対峙する。

 その腕の筋肉が盛り上がり、皇帝レンの顔を自分の方に引き付けると、直ぐに、周囲を取り巻く近衛の兵が武器を構え、魔術師達は杖を手に、詠唱を始める。

 

「止めい。無粋であるぞ」


 清冽な声が謁見の間を貫く。その場を収めたのは、当の皇帝レン本人だった。

 

「しかし陛下……」

「イアコフよ、偶にはオレにも息抜きをさせい。大丈夫じゃ、プロレスラーはオレを殺さん。いや、殺せん」


 近衛兵を取りまとめる隊長らしい、軍服と胸当てで身を包み、帯剣した壮年の男性に向かって、事も無げにそう言うと、まるであっちに行けとでも言いたそうに、広間の方に向かって掌を振る皇帝レン

 近衛達は、武器を収めつつも、事態の推移を見守る構えになったようだ。

 

「そう言うわけじゃ。ミカと言ったな、プロレスラー。少し遊んでやる」

「遊んでやるのはこっちの方よ。プロレス馬鹿にしたこと、後悔させてやるんだから」


 ミカは歯噛みしながらそう言うと、胸元を掴んだ手を皇帝レンの肩へと伸ばす。そのまま組み付くのか、それとも推し飛ばすのか。

 

「おうおう、頑張れよ。それでは……ハンデは無しじゃ」


 その瞬間、ミカの身体が、前に向かってつんのめるように泳いだ。気づくと、皇帝レンの身体を纏う空間の歪みが解消されている。

 対して皇帝レンの身体は、瞬時にその場に沈み込むと、ミカの懐に潜り込むようにして、己が肩を通すように、その身体を抱え上げ、投げ飛ばした。

 石造りの床を、鋭く叩くような音。ミカは回転してそのまま起き上がるが、今度は皇帝レンが、先ほどのミカもかくや、と言うような足音と共に、起き上がる彼女に肉薄する。

 そのまま、同時に響く鈍い音と破裂音じみた乾いた音。

 ミカの胸元を射抜いたのだろう。カンフー映画の見得を切る如くに、直線的な蹴りを放ち終えた姿勢で佇む皇帝レン

 視線を流すと、ミカは壁際まで吹き飛んでいた。

 

「どうじゃ? この世界の武闘家モンクの技と言うのもなかなかのモノじゃろう。人間が、魔族や巨獣の類を相手にする為に、打撃と気の操作に重きを置いた武術系統システムじゃが、プロレスラーにはちょっと効き過ぎたかのー」


 片手を腰に、床に膝を着いたミカに向かって余裕の表情で手招きをする皇帝レンの姿は、悔しいが絵になっていた。

 しかし、皇帝レンはてっきり勇者だと思っていたんだけど、さっきは魔法を使っていたし、それに武闘家モンクの技まで……

 いや、可能性は幾つか考えられるし、僕の考える事は、あの皇帝レンなら三年間の間に実行に移していてもおかしくない。

 取り敢えず、皇帝レンは全職業の通常技能スキルが使用できると仮定する。

 その上で、この状況からどう脱出し、そして次はどうするか、だ。

 幸い、まだ皇帝レンは、僕達に対する敵意はない。彼女がその気になれば、なんとでも出来るという余裕に満ちている。そこが唯一の隙になる、か……

 

「いいよ、ミカさん! こうなったら思いっきりやっちゃって! 君の、いや、プロレスの力を、陛下に見せてやれッ!」

「言われ……なくても……」


息を荒げながら、ミカはそのまま、床に手を着く。


「――≪空想具現化イデア・リアライズ≫」


 吐く息とともに彼女がそう呟くと、床が競りあがった。

 いや、正確には違う。床の上に、リングが現れていた。

 僕達がよく知る、ボクシングの、総合格闘技の、そして――プロレスのリングだ。

 

 今度は、ロープに囲まれた監獄リングに、皇帝レンとミカの二人だけが閉じ込められていた。

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