お前を査定してやる
「それでは、ここでお別れです。さようなら、良き旅を」
武器商人は僕達を降ろすと、そう言い残すして馬車馬に鞭を入れた。
ゆっくりと遠ざかっていく馬車とは裏腹に、僕たちの眼前には、重厚な存在感を示す、真っ白な石造りの建物と、これまた重厚な黒塗りの扉があった。
石と石の隙間は、コンクリートで埋められているが、それは、僕達がよく見かけていた地球のセメントに比べても滑らかなもので、どういう理屈かは分からないものの、やはりこの世界の技術力が、想像以上に高い事を伺わせた。
「じゃあ、行こうか……こんにちはー」
つい身構える僕とは裏腹に、扉を押し開けるミカ。その後ろに隠れるように付いていく僕は、旗から見ればおっかなびっくりしているように見えた事だろう。
銀行を思わせる、整然とした室内、木製のカウンターの向こうに、これまた銀行員を連想させる、髪を結った女性が3人立っていた。
いずれも、ミカのものより上等な、ともすれば堅苦しくさえ見える仕立ての、制服らしき衣装を纏い、その内の一人、まだ少女と言ってもいい、一番若いだろう女性が、僕達に向かって笑顔を浮かべる。
「こんにちは。ギルド証はお持ちですか?」
「……ギルドショー?」
「いえ。まだです」
なるほど、カードで管理をしているのか。狼狽したようにこちらに視線を向けるミカをスルーして、僕は努めて冷静に、そして無表情に返答する。
「新規登録の方ですね。では、こちらの用紙にお名前と、年齢の記入をお願いします」
「ええと、これを預かっているのですが」
「ああ、アンリさんの……連絡は頂いてます。拝見しますね」
武器商人の推薦状を、ここぞとばかりにポケットから抜いて差し出す。受付の少女は、恭しく頭を下げながら、それを受け取る。その胸元には『サラ』と書かれた木札が留められていた。
――素早く視線を巡らせる。隣の、顔立ちのハッキリした、薄化粧の女性が『マリア』で、最後の一人、おっとりした顔立ちの、制服越しにでも判る豊満なスタイルの持ち主が『ナオミ』
……ここ、日本かよ? 僕の疑問に答えるように、サラが差し出した書類には『認定冒険者登録受付』『氏名』『年齢』と書かれていた。
「これ、帝国の公用語?」
「コウヨウゴ……ああ、公用語。ええ、そうなりますね」
改めて、訝し気な視線を打ち消し、無表情鉄面皮を装う僕とは裏腹に、サラは暫く考え込みながら、天板の上に指を踊らせていたが、やがて得心が入ったようにそう答えると、隣の二人を見た。
それを肯定するように、二人とも静かに頷く。
「パレイシアには統一言語があります。異世界転生してこられた方には、少し馴染みがないことが多いようですけどね……よいしょっと」
柔和な微笑を浮かべて、そう付け加えるナオミ。彼女は、いつの間にか抱えていた、まだら模様が特徴的な、黄色い彫像をカウンターの上に置く。
既にミカは、書き上げた書類をサラに渡しており、慌てて僕も、記入欄を埋める。
「ツモリ=ミカ様。ヒトミ=トーマ様。確かに承りました。これよりお二人の御身分は、冒険者ギルドの認定冒険者となります」
「それでは、冒険者査定を行いますので、こちらへどうぞ」
書類を受け取ったサラに続いて、ナオミが、先程彫像を置いたカウンターを示す。
「これ、何ですか?」
「冒険神の像です。これに触れると、冒険者の基礎能力値や通常技能、そして固有異能のおおまかな傾向が分かり、どの職階に適性があるのかが分かりやすくなります」
「創造神の他にも神様が?」
「八柱神。人の営みを司る神々ですわ。詳しくは、各々の神殿でお尋ねください」
「神殿はどこに? 世界地図はありますか?」
「地図は区域別、有料になります」
……やっぱり初期導入が雑だ。
最初の、女神による世界説明と言い、開始時点で、装備は渡しても、現地通貨を渡してない事と言い、効率の良い攻略はさせないぞ、という若干の悪意を感じる。
「へえー。こう? ――あ、光った!」
既に、ミカは彫像の頭の上へと掌を置いていた。
暫しの間、まだら模様がミラーボールの様に煌めいて、ややあって、その発光が落ち着く。
「ミカ様、もう大丈夫です。手を放していただけますか?」
そう告げた後、ナオミは彫像を持ち上げる。すると、下に敷かれていた紙に、次のような内容が印字されていた。
筋力:A 耐久:S
器用:A 知覚:A
知性:E 信仰:S
社会:D 異能:S
特記技能
格闘:S 軽減:S
魔力操作:S etc
荷重:A 運動:A 回避:A 暗器:A 扇動:A
行動継続:A etc
「これ、は……」
先ほどまでの柔和な笑みを強張らせ、ナオミが能力表をマリアへと送る。
「え? え? 何か問題でも?」
「魔王軍撃退の実績もありますので、この能力値だと……ミカさんは、A級冒険者に認定されますね」
「え。それって凄いんですか?」
「A級冒険者は、現在31人しか登録されていません。貴女が32人目です」
――いきなりかよッ!
怖い程真剣な表情でそう告げるマリアに向かい、僕は思わず内心で突っ込んだが、確かに、壮観なほどSとAが並んだ能力表は、現代地球で例えるなら、オリンピック選手や国家元首に匹敵するものだろう。
「でも知性はEなんだ……」
書き写した能力表をマリアから手渡され、それをしみじみと眺めたミカは、大きな溜息を吐いた。
「ちなみに、Eってどれだけ酷いの?」
「能力値Aが、人類の最高峰。適正で言えば超一流になれる見込み有となります」
「うぅ……ひどい。あんまりだわ……」
つまり、その逆ね。人類の最底辺。どんなに努力しても、職業適性としては見込みなし、ってところか。そしてSは規格外、と。
――果たして僕はどうだろうか。
彫像が光り止むのを見届けて、僕は手を放した。
筋力:D 耐久:D
器用:D 知覚:C
知性:B 信仰:E
社会:B 異能:S
特記技能
情報:B 知識:B 魔術:B 錬金:B
情報操作:B etc
……うん、知ってた。陰キャの引きこもり不登校だからね。肉体系技能には自信ないのさ。
それでも、A能力無しはちょっと凹むわ。
「トーマ様は、C級冒険者としての登録となります。この能力値なら、なんらかの実績を挙げれば直ぐにB級に昇格しますので、先ずは冒険者ギルドで仲間を集め、依頼を受けてみて下さい」
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、冷静に個別指導を施しながら、能力表の写しを手渡すマリア。
「トーマくぅん。32番目のA級冒険者も仲間を探してるみたいだよー」
それと裏腹に、僕の冒険者ランクを聞いて、垂れ目を細めてドヤ顔を浮かべるミカ。今度は、僕の方が大きく溜息を吐いた。
「よろしくお願いします、A級冒険者様」
カウンターの向こうで、澄まし顔を取り繕いながら僕達のやり取りを聞いていたサラが、我慢しきれずに噴き出す音。それを最後に暫くの間、沈黙が受付を支配した。