麗しのアヴァロニア
旅宿で一夜を明かし、次の日の昼前頃に、僕達は帝都に辿り着いた。
中世然とした石造りの城壁の彼方、小高い丘の上に、見るからに荘厳な雰囲気を漂わせた、白亜の宮殿が見える。
上部へと向かい滑らかに膨らんだ、陶磁器のような白い曲線は、タージマハルを連想させる。
宮殿の周囲には、逆に直線の機能美に彩られた、石造りの庁舎らしき建物が立ち並び、その周囲には貴族や軍指揮官の居住地と思しき高級住宅街が拡がっているようだった。
その街並みは、徐々にグラデーションをなして、城壁に隠れた住民たちの居住区へと変わっていくのだろう。
都市を作り上げた皇帝の価値観がうかがえる、機能都市。それが、帝都の第一印象だった。
に、しても。アヴァロニアねえ……ベタ過ぎじゃない?
「ん、そうかな? 可憐な響きだと、私は思うけどなあ」
しまった。つい言葉にしてしまったらしい。どちらにせよ、この都市を名付けた奴とは、それなりに気が合いそうな気はする。
武器商人の馬車が止まり、外から誰何の声が聞こえてくる。とは言え、どうやら通行手形を出すだけでスムーズに検問は終ったようだ。彼が日頃から積み重ねた信頼の賜物だろう。
「取り敢えず、冒険者ギルドまでお送りしましょう。番兵が、連絡してくれますので、推薦状を見せれば直ぐにお二人とも査定、登録できるはずです。もう五分ほど辛抱してくださいね」
武器商人は、そう言うと再び馬車を走らせ始める。
遠ざかる詰所の番兵たちを眺めていると、異様な光景が目に入った。
その一人が、黒光りする小さな石板を耳元に持っていき、何やら話し始めたのだ――まるで、現代地球のスマホを使うように。
直ぐに遠くなった彼らが、一体何を話しているのかまでは分からないが、先ほどの商人の話からするに、冒険者ギルドに僕達の事を連絡してくれているのだろうか。
「ミカさん、あれスマホじゃなかった?」
「え、なに? すまほう? ……うーん、分からないけど、よく見えなかった、ごめん」
ミカに声をかけて、番兵たちの方へと素早く視線を送る。釣られるように、ミカも上体を突き出して外を伺うが、既に彼女の視界から、番兵は消え去っていたのだろう。
その代わりに、城壁内部の住居が目に入る。道路の脇に並んで建てられた、直線的なフォルムのそれは、この中世風世界に似つかわしいレンガ造りではなく、僕の目には、コンクリート製の集合住宅に見えた。
この世界、いや、帝都アヴァロニアの技術力は、異世界転生モノとしては結構進んでいるようだ。
少なくとも、小型の通信機器を開発し、それを軍に普及させることができるぐらいには。
この分だと、おそらく数学や医学、工業、農業も、僕が知っている程度の現代知識で、簡単に無双できるとは言えなくなってきた気がする。
――ますます、皇帝に会うのが楽しみになってきたじゃないか。
「トーマくん、何がそんなに楽しいのかな?」
……自覚は無かったけど、どうやら、僕は割と内心が顔に出やすい性質らしい。無感情鉄面皮の訓練をした方がいいかもしれないな。
顔を撫でながら髪をかき上げつつ、口元を引き締め表情を固める。
「いや、転生者としての腕の振い甲斐が出てきたなあと思って。でも、そう言うミカさんも」
狭い馬車の中で足を拡げ、ストレッチを始めた彼女の表情は、愛くるしさの中に、戦いの中で見せた獰猛さを湛えていた。例えるなら、肉食パンダと言ったところか。
「うん、やっぱりね。動物や魔物もいいけど、自分の強さに、自信と誇りを持ってる人と、早く勝負がしたいなーって。戦いが好きって人に、今まであんまり会った事が無くてね。でも、ここ、帝都なら話は別でしょ、きっと」
戦闘民族かよ、と表情は変えないように気を付けつつ、心の中で突っ込んだが、プロレスラーも格闘家と考えれば、強い相手と戦いたいという気持ちは、分からないこともない。自分がどれだけ強いのかを確かめたいのだろう。僕にだって、そう言う気持ちはある。
「ミカさん。これも何かの縁だし、冒険者になってからも、よろしくね」
なんとなく、ミカの、強さに対するその真っ直ぐさが好ましく思えて、そんな言葉が口を突いて出た。
「え、どうしたの、急に?」
「いや、ミカさんが、この世界初のプロレスラーなら、僕はファン一号だなあと思って」
同じく不登校同士とは言え、彼女は、僕にはない真っ直ぐさを持っている。
きっとそれは、異世界に来てまで、それにこだわるほどの、彼女のプロレスに対する情熱のおかげだろう。
僕は、そこまで一つの事にのめり込むことはできなかったから、そんな彼女に惹かれたんだと思う――後から思えば、そんな理屈はつけられた。
勿論、その時は僕なりの打算もあったのだけれど。それでも、ミカは、驚いたように目をしばたかせた後、満面の笑顔を浮かべた。
「こちらこそよろしくね、トーマくん。内政担当、頼りにしてるからね」
「痛てててッ! 痛いよ、ミカさん!」
彼女が差し出した手を、暫し逡巡しながらも、しっかりと握り返す自分自身に驚いたのだが、柔らかなその掌の温もりとは裏腹に、握られた拳の骨が粉微塵になるかと思わされるほどの痛みに、その手を振りほどこうとして、振り解けない。
そんな僕の様子に、慌てて手を離すミカの、心底申し訳なさそうな表情を見て、僕は、この娘となら仲間として上手くやっていけそうだな、と思うのだった。