8話 絶望と決意
よろしくお願いします!
外からは激しく地面を打ち付ける雨音が聞こえる。
俺はこの音を聞くのが好きだった。
何でか安心した気持ちにさせてくれたから。
だけど、今日は聞いているだけで気持ちが沈んでいく。
この音を聞きながら、どれだけ泣いただろう。
どれだけ涙を流しただろう。
どれだけ泣いても、泣いても泣き足りない。
何もやる気が起きない。
布団に横たわったまま動かないじいちゃんの体を見て、泣いて。
じいちゃんと共に過ごした楽しかった日々を思い浮かべて、想い出に逃げる。
でも。
それも長く続かなくて、現実を思いだしまた泣く。
それの繰り返し。
じいちゃん。
俺は強くなんかないよ。
泣いてばかりで、何も手につかないんだ。
じいちゃんがいたら、こんな俺を見て怒るかもしれない。
だけど。
俺は寂しいよ。
例え怒られてもいい。
もう一度。
その声が聞きたい。
「ぐすっ…………じいちゃん……」
部屋の隅で、膝を抱えながら泣く。
じいちゃんが遺したという、巻物もまだ読んでない。
いや。
読めなかった。
だってそれを読むということは、じいちゃんの死を認める事になるから。
じいちゃんが最期に言ってた言葉。
危険だからこの場所を離れた方がいいと言ってたけど。
その言い付けも守れないでいた。
俺の命なんてどうなったっていい。
だって生きていたってじいちゃんはもういないんだ。
ずっとこんなに哀しくてこんなに寂しいのなら。
生きていたって仕方ないじゃないか。
だからいっそ俺もそっちに――
そう思い、刀を見ると。
剥き出しのまま置かれた、刀がギラリと光った。
その光は、じいちゃんが俺を叱る時に見せるあの鋭い眼光を思い出させる。
まるで、泣いてばかりいる俺を叱りつけている様に感じた。
「…………じいちゃんから貰った剣……なんだよ……俺を怒ってるのかよ……じいちゃんの言うことを聞かない俺を」
じいちゃんが俺を怒る時の姿が頭に浮かぶ。
「……おっかねぇや……」
やっぱり怒られるのは、やだな。
「……そうだな……遺しておいてくれたのを読んでみよう……。読まないとあの世でじいちゃんに怒られる。それから……死んでも遅くない……」
そういえば、どこにそれがあるのか聞けなかった。
でも、綺麗好きで整理整頓が得意だったじいちゃんなら――あそこにある筈だ。
寝室にじいちゃんがいつも大切な物を閉まっていた、木箱がある。
その中に、それは大切に保管してあった。
純白の布に包まれた数本の巻物と一枚の手紙を取り出す。
「これだ。じいちゃんが言ってた物は」
まず、先に手紙から読む事にした。
そこには、こう書かれていた。
『ツルギへ
これをお前が読むということは、おそらくわしは生きてこの世におらんのだろう。
そして、既にお前は死剣眼に目覚めていると思う。
直接お前にこの力の事や大切な事を話してやれるのならば良いが、そうでない場合を考え、この手紙を認めた。
いつこの場所が見つかり、強襲されるか分からんかったからだ。
いきなりだが。
わしら一族はこの死剣眼を持つが故に、命を狙われている。
組織の正確な規模や、本丸は分からぬが、組織の名は「滅」という。
わしも、今まで何度も奴等と刃を交えたが、とても一組織の者達ではないと感じた。
この滅の組織の裏には、強大な力を持つ何者かがいるのは間違いない。
おそらく、帝に近い身分か、それに等しい権力と力を持つ者だとわしは睨んでおる』
俺からじいちゃんを、全てを奪った組織の名前は滅!
そいつらが!!
「じいちゃんを……!!」
唇を強く噛み締めると切れたらしく、血が垂れて手紙に落ちる。
顔も知らない元凶に怒りの感情が沸き起こり、手紙を握り潰してしまいそうになった。
「……落ち着け。まだ続きがある読まないと」
今すぐにでも都に行ってそのクソヤローをぶっ殺したい。
その気持ちを無理やり押さえ付けて、再び手紙に視線を落とした。
『何故わしらが殺されねばならないのか。
それは、わしらには特別な血が流れている事で、異質の剣を扱えるからだ。
火炎剣神流、水氷剣神流、風雷剣神流の三大剣術が隆盛を極める中で、この三大剣術をも凌駕する最強の剣術が。
そして、この剣術の根幹をなすのが死剣眼であり、相対した者の体の表面に赤い線が浮きあがるのが見える。
この線の名は死線という。
この死線を正確になぞらえる事で、触れずとも相手を殺す事が出来る力。
三大剣術でも離れた所から触れずとも斬ることが出来るが、殺傷能力にかけては群を抜いている。
一度死線が見えさえすれば、相手を斬れるのだからな』
確かに俺も、じいちゃんも離れた位置からでも相手を斬れた。
続きを読んでいく。
『この死剣眼を持つわしらは、奴等にとって都合が悪いのだろう。
この力が広まるのを、良しとしない連中がいるのだろう。
死剣眼使いの存在も同様に邪魔でしかないのかもしれん。
それ故、奴等はこの力を警戒し命を奪いにくる。
お前の父ケンシロウと、母イズミ、わしの師匠もまた、殺された。
息子は普通に戦えば、負けることはない程に強かったのだが、奴等は強大で巨大な力を持ち、卑怯な手も使ってくる』
如何に死剣眼が凄くても、数の不利や不意を突かれればやられることもあるんだろう。
『ツルギにもっと情報を残してやりたかったが……すまない。
あと、これも推測だが都の何処かに師匠が遺した物があると踏んでいる。
師匠もまた、いつ命を狩られるか分からないと言っていた。
性格からして、何かしら遺してある可能性は高い。
それを見つければ、詳しく知る事が出来るかも知れぬがわしは探しに行く事が出来なかった。
ケンシロウや、ツルギを守らねばならなかったからだ。
ケンシロウは……守り抜く事が出来なかったが……お前だけは、何がなんでも守り抜かなくてはならない。
これをお前が読んでいるのならば、わしは守れたのだろうか』
「……じいちゃんはちゃんと俺を守ってくれたよ。ありがとう」
手紙には更に続きが書かれてあった。
『それと、いつも立て掛けてあった刀はこの世で一番軽くて頑丈な物質で出来ている。
普通に斬る分には、なまくらだが、死剣眼で斬ると名刀に変わる。
この刀の名は、生滅刀という。
わしら死剣眼使いは、三大剣術の様に炎を纏うことは出来ないが、どの流派よりもその刀の振りは最速。例え三大剣術の技を使われようが、その前に斬り殺してしまえばいい。死線さえ見えればわしらの敵ではない』
だからか。
鬼の様に素振りをさせられたのは。
死剣眼が使えてもこの振りがちゃんとしていないと、意味が成さないと、今なら分かる。
『それから、死剣眼は慣れぬ内は体力を使う。
これは、鍛練で慣れるしかない。
もう最後になるが。
お前に剣術の基礎を教えては来たが、その力で無理に戦う事もない。
嫌なら逃げてもいい。
自衛の為にと、自身を守る為に使ってもいい。
もし、これを読みお前の考えが、復讐する事ならば、それもまたお前の人生なのだろう。
わしは正直な所、復讐などせずに、逃げ延びる為に力を使って欲しいと思うが。
どちらにせよ、お前には幸せな人生を歩んでもらいたい。
生きてさえいれば、それは幸せな事だ。
わしからは、お前の幸せを祈るしか出来ないが、どうか生きてくれ。
ツルギの未来に幸があらんことを。
サトル・イットウ』
「……じいちゃん……」
手紙を胸に抱きしめる。
「ごめん……じいちゃん……。俺は、逃げる事なんて出来ないよ。それに俺は……じいちゃんがいない世界で生きたくない。生きろって言ってくれたのに最後まで逆らってごめん。だけど……死ぬ前に一つだけやりたい事が出来たよ」
自分の気持ちを確認する。
俺は今、どうしたいのか。
手紙を読む前は、じいちゃんの所に逝こうと考えた。
このまま一人で生きても、辛いだけで、哀しいから。
たから、死のうと思った。
でも。
「死ぬのは、いつでも出来る。だから俺は」
手紙と、刀を力いっぱい握り締めた。
さっきまで無気力だったのに、生きてやりたい事を見つけた。
やる気が活力が涌き出てくる。
眼に力が入り死剣眼が発動しているのが分かった。
「俺からじいちゃんを、父さん、母さんを俺から全てを奪った奴をこの力でぶっ殺してから死ぬ。そいつを絶対許さねぇ!! そいつをぶっ殺して仇を討つ!!」
俺のこれからの人生は全て復讐の為に捧げる!