59話 14年前④
◇ツルギ視点。
「ゴホッ! ゴホッ……ゴホッ!」
休みなしに一気に話し続けたからか、帝は胸を抑えながら激しく咳き込んだ。
側にある水差しに右手を伸ばそうとするが、息苦しさからか、途中でその動きが止まる。
「……大丈夫か? 時間はあるし、落ちついてからでいいぞ」
そう言いながら、俺は水差しを手に取ると帝に手渡した。
「……すまぬ」
小さな声でそう言うと、帝はゆっくりと水差しに口をつける。
「……ゴホッ……落ちつくまで、少し時間をくれるか」
「ああ」
話の続きは凄く気になるが、無理をして死なれても困る。
ようやく俺の知りたい事を知る、奴の側まで来れたんだ。道中色々あって、面倒くさかった。
それに、見た感じ、帝もじじい……いや、いい歳だ。
俺のじいちゃんと、生きていれば同じぐらいだろう。
ここは、焦らない方がいい。
俺は俺で、帝が息を整える間、先程聞いた話を整理しよう。
父ちゃんが死剣眼を使えたことは、じいちゃんが亡くなる時に聞かされたが……ミズキとかいう気狂いを追い払うまでとは。
かなり強かったんだな……。
ミズキも死剣眼同士の戦いで帝に勝ったり、一族を皆殺しにしたりして、他の死剣眼持ちよりは強かったらしいのに。
俺は死剣眼持ちと戦った事がないから何とも言えないけど、帝から聞いた感じだと、この眼にも優劣みたいのがあるのかもしれない。
俺の死剣眼は、こないだ鏡を通して見ると、瞳に二本の線が斜めに混じるようになっていた。
帝のはさっき見せてもらったら、二本の線があるのは俺と同じだけど、線自体が短く、うっすらと薄い感じだった。
それが強さの指標みたいになってるのかも。
俺は目の前にいる帝と戦っても、勝てる。
帝が老いてるとか、身体が弱ってるとかを差し引いても、多分勝てる。
剣気とか、感覚で何となく分かるというか。
てっきり、死剣眼は皆が同じ様なものだと思ってたけど、どうやら違うらしい。
もしかしたら、死剣眼はまだまだ進化するものなのかもしれない。
……そんで、一番重要な話は、『滅』の首謀者だ。
話を聞いた感じ、ミヅキとかいうので間違いなさそうだな。
この後に、どうなんのか。
父ちゃんがミズキを殺すのか。
でも、そうなると……十年以上前に死んだ事になって、二年前に襲ってきたクソヤローはミズキと違う奴になると言うこと。
訳わかんねぇ……どうなってんだ?
……まぁ。
帝の話しを聞き終えたら、分かるだろう。
それともう一つ。
まさか親の事を、帝から聞かされるとは思ってもいなかった。
俺は親の事をあまり詳しく知らない。
じいちゃんからも、断片的にしか聞かされてこなかった。
別にそれで親がいなくて寂しいとか、そんなのは無かったから俺から聞いたりするとか無かったし。
じいちゃんがその分、親代わりとして時に厳しく、時に優しくしてくれたからそんな親が恋しいとか考えた事もなかった。
そんな親の情報を今更、家族以外から聞かされると言うのも、何か変な感じはする。
顔も覚えていない親。
でも、母親に抱きしめられた温もりみたいなのを何となくだが、体が覚えている気がするのは気のせいだろうか……。
「もう……大丈夫だ。時間を取らせた」
帝が呼吸を整え終わったのだろう。
声を掛けてきた。
向けられた顔を見るに、もう大丈夫そうだ。
「さて……どこまで話したか」
「俺の父ちゃんがあんたを助けたって所だ」
「ああそうだったな。ミヅキに殺されそうになった所を、お前の父親……ケンシロウが助けてくれたのだ。その後、赤子だったお前を抱いた母親と共に余の拠点へと移った。お前はこんな赤子で愛らしかったぞ」
帝が右手を空中に置いた。
ちょうど赤子ぐらいの高さ。
こんな小さかったのか俺。
「余もまさかあんな僻地の村で、お前達に会うことになるとは、思わなかった。まして命まで助けられるとは、な。運命のイタズラと呼ぶべきか。今ならそう思える出会いだった……」
帝の顔にまた陰が差し込む。
「……それで? その後どうなったんだよ」
俺はその先を知りたいんだ。
話しの続きを促す。
「その後――」
帝がまた過去を話していく。
◇14年前 帝オウガイ 視点◇
ミズキが不吉な言葉と共に姿を消してから、五日が過ぎた。
あの襲撃の後に残されたのは、道端を埋め尽くす程の骸と、運良く助かりこそしたが、虫も絶え絶えの重傷者だけといった思わず目を背けたくなる程の惨状だった。
剣神であるゴウカ、トウカ、カミナも例外には漏れず深い傷を負わされたのだが、その中でも、もっとも重傷なのがカミナだった。
自身の身を呈しながら、余を庇いミズキと戦っていたのだ。
その傷が酷くなるのは仕方のない事だった。
すぐに都に火急の伝達を送り、治療に長けた医者と風雷流の治癒能力の高い者を寄こさせたが、早急に手を打たなければ危なかったであろう。
改めてミズキの危険性と、力の差を思い知らされた。
あの時ケンシロウが助けに来てくれなければ、間違いなくあの夜に全員死んでいただろう。
そうしてようやく落ち着きを取り戻したのが、現状である。
現在我々は、この町の管理を任せている者の屋敷を滞在場所として提供してもらっていた。
そこでカミナらの治療と並行して、これからどう行動すればいいのかを話し合う場になる筈だったのだが……。
「だー! あー! あうー!」
「いてて!! ツルギ、頬を引っ張るな! 痛い! 痛い!」
ツルギという赤ん坊が、ケンシロウの頬を思い切り引っ張っている。
小さな手だが、力が込められているのが余の場所からでも分かった。
「あなた。ツルギが嫌がってますよ? さぁお母さんの所へおいで」
「そんなことないって。ツルギが父ちゃんを嫌うなんてことないよな?」
「あうー!!」
「いででででで!! だから! 頬を思いっきり引っ張るな!」
「ほらほら。ツルギやめてあげて。お父さんが泣いてるわよ?」
「うー!!」
「ほら。あなたが変な事ばかり教えるから、ツルギがこんな事をするのですよ?」
ツルギが父親ケンシロウの手から母親のトモエの手へと渡る。
「元気があって良いだろう。ほら見ろよ。この生意気な目付き。俺にそっくりだろう? 将来は、ハンサムで強く育つぞ」
そう言ってまた自分の手でツルギを抱き上げる。
そんなケンシロウの顔は、親バカのそれだった。
とてもミズキを追い詰めていた同一人物とは、思えない。
「だあーー!! ううーー!!」
ツルギがまた暴れ出した。
まだ赤ん坊なのに、その顔には「離せ。クソ親父」と書いてる様に見える。
そんな訳ないか。
余も歳だな。
「あなた。また、ツルギが嫌がっていますよ?」
「ツルギは父ちゃんが大好きだよな?」
「……ぷいっ」
ツルギが小さな顔を横に振った。
「がーん! もう、立ち直れない!!」
ケンシロウは床に手をつき項垂れる。
本当に涙を流し悲しそうだ。
しかし…….。
このやり取り、いつまで続くのか。
見ていて微笑ましいが、話しが進まぬ。
「……チッ」
「……フンッ」
余の後ろから、舌打ちとイライラを現す声が聴こえた。
この親子のやりとりを見ていたのは、余だけではない。
この場には、カミナ、ゴウカ、トウカも居る。
余の後ろに控えるように座していたのだが、カミナはニコニコと見つめ、ゴウカとトウカは苛立ちを含んだ目線を向けているのが背中越しに分かった。
このままでは、少々めんどい事になりそうだな。
仕方ない。
「こほん! ケンシロウよ。そろそろいいか? 話しを進めたいのだが」
ミズキがいつまた現れるか分からぬ現状。
いつまでものんびりとはしておれぬ。
やれる事をせねば。
「ああ悪い。どこまで話したっけか……ああそうだ。確か、あんたの後ろにいる、そこの赤髪と、青髪が俺に手を出すなと言ってきたんだったな」
さっきまで息子に向けられていた優しい目尻を鋭く尖らせると、余の後ろのゴウカとトウカに向けられる。
そう。
先程まで、ゴウカと、トウカの二人がケンシロウに食って掛かっていたのだ。
「俺、頭悪いからよ。さっき言ったこと、もう一度言ってもらっていいか?」
「あなた……」
挑発を含んだ物言いに、ケンシロウの妻のトモエが諌める様に言う。
「だから、こんな野郎が居なくても、俺様達だけでやれる!!」
「ゴウカに賛成ですね。この様な部外者を当てにするなど。我々のプライドが許しません。あの様な失態……!!やられっぱなしは納得出来ません。屈辱は晴らさねばならないのですよ」
ケンシロウの言い方に、噛みつく二人。
すぐ感情的になる。
ミツキにボロボロにされた時もそうだった。
まだまだ未熟だ。
余の教育が悪かったのだろう。
「……ふぅ。まだそんな事を。己の実力の程を分かっていないのですか。わたくし達だけの実力では、あの者に敵わないと何故理解出来ないのか」
カミナが二人を呆れた様な顔で見ると、一つ溜息を吐いた。
ゴウカ、トウカと違いカミナだけは周りが見え、状況も正しく理解している。
「そこのべっぴんさんの言う通り、俺がいなくて、あのイカれ野郎を殺せるのか? この前それで、殺されそうになってなかったか?」
ケンシロウもケンシロウだ。
二人の挑発など流してくれれば良いのだが。
若いからか、二人から絡まれるのを楽しんでいるかの様だ。
「てめぇ!!」
「聞き捨てなりませんね。その言葉、この場で無理やり訂正させてもいいのですよ」
二人がケンシロウに斬りかからんばかりに、身を前に乗り出した。
「やめぬか」
それを手で制す。
「やめぬか二人とも。カミナの言う通りだ。相手と己の力量の差を分からぬのは、半人前のする事。余の育て方が間違っていた。許せケンシロウ」
ケンシロウは、自らミズキ討伐をかってくれたのだ。
本音を言えば、ありがたい。
我等の力だけではミズキに敵わない。
いや。
これは正確ではない。
ケンシロウにしか、ミズキを倒す事は出来まい。
だからこそ、こうしてこの場に来てもらったのである。
赤子を連れてくるのは、予想外ではあったが。
「ゴウカ、トウカよ。今回の事に関して、口出しは許さぬ。余が決めた事だ。従ってもらう。言っている意味――まさか分からない訳ではあるまいな?」
躾の意味を込めて、剣気を解放し二人に充てた。
「「……ぐっ。御意」」
二人がかしずく様に頭を垂れる。
だが、顔が見えなくとも納得のいかない、苦々しい顔をしているのが分かる。
やれやれ困ったものだ。
「我が配下が話の腰を折った。改めてケンシロウの考えを聞かせてもらいたい」
場も静けさを取り戻し、再び話が進み出す。
「ああ。明日の夕方には、親父も来る。老いてきてるが、まだまだ強ぇ。俺だけでも勝てると思うが、親父にも力を貸してもらう。あのミズキとかいいう気狂いは、何ていうか……気持ち悪いからな。一応出来ることをしておいた方がいい」
ケンシロウもミズキの得体のしれなさに、警戒している様だ。
剣を交えた時に何か感じ取ったのか。
「サトル・イットウか……」
現イットウ一族の頭領でこのケンシロウの父親に当たる人物。
サトルの師匠であるセンエイ・イットウからどういった人物か聞いている。
人間性も良く信用するに足る人物のようだ。
もし力を貸してもらえるのなら、ありがたい。
「あんた、じじいの事、知ってんのか?」
ケンシロウが目の前のお茶を手に取りながら、聞いてきた。
彼からすれば、余の口からサトルの名が出た事が不思議なのだろう。
「ああ……ある人物から聞いている。信頼のおける人物であると」
「ふーん。良く分からねぇが、まぁそういうことだ。明日にじじいと合流して、明後日に奴を見つけ出して、成敗するでいいんじゃねぇか?」
「分かった。では明日の夕刻にサトルともう一度この場に来てもらえるか? その時に打ち合わせをしよう。それまでの間、我々で引き続きミズキの行方を探る」
「ああ」
話も一通りのまとまりを見せ、場も解散となった。
後は、上手く事が運んでくれれば良いのだが。
何か嫌な予感がするのは、気の所為であろうか。
言いようのない気持ち悪さが広がりつつあるのを感じていた。
そして、その嫌な予感は現実のものとなってしまった。
日が沈み、あたりが暗闇に包まれる頃。
念の為にとケンシロウ一家の屋敷に警護の為に配置していた配下の一人から、報告が入った。
「帝! 大変です! ケンシロウ殿が、血相をかいて走っていきました」
「……何があった?」
「これを! この矢文が屋敷の門に刺さっておりました。それをいち早く見つけたケンシロウ殿が中を確認したのですが」
そこには、こう書かれていた。
『家族をさらった。命が惜しくば、指定された場所に一人で来いと』と。




