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57/59

57話 14年前②

すいません。

時間かかってしまいました。

 


 ◇帝オウガイ 視点◇




 ミヅキが行方をくらます時に着ていた黒色の羽織袴。

 それをベッタリと顔にかかる程の返り血で赤に染めて。

 再びミヅキが姿を現した。



 いったいどれだけの量の血を浴びれば、濃い黒があそこまで赤に染まるのか……。


 こんな暗闇の中でもハッキリと視認出来る上に、酷い匂いまでする。

 その事実が、幾人……幾十人を斬ったということを物語っていた。


 それに……あれは。

 よく目を凝らしてみると、右手にはどこの者かは分からぬが、生首の様な物を一つ持っている。



「ミヅキ!!」


 突然のミヅキの登場に、混乱していた頭がようやく状況を理解し、喉から声を絞り出す。

 その事で、場の緊張感が一気に高まった。


 先程まで、昼間の暑さを残し時折吹く風は生暖かかった。

 それがミヅキの出現により、一気に肌を突き刺す冷たさへと変わる。


「お前は、また命を殺めたのか!!」


 鞘から刀を抜きミヅキを睨む余に倣い、全員が次々と抜刀すると、一斉にミヅキの周りを取り囲んだ。


 十人以上で、ミヅキ一人を包囲する。

 剣神三人に、剣君が九人。

 たった一人に対し、過剰ともいえる戦力。

 それでも、全く安心する事は出来ぬ。


 ミヅキは自身を取り囲み、殺意を向けられるのを涼しげに見るだけで刀すら抜こうとしない。

 それはまるで、我等の事など脅威にも感じていないと言っている様だ。



「その様子だと、傷はもう大丈夫と見える。思っていたよりも回復が早かったな。――大方、そこに居る風雷の剣神にでも治させたのか?」


 質問には答えずに、ミヅキは余の隣にいるカミナに目線を移した。


「っ!」


 ビクリと、カミナの体が震えたのが分かる。


「……オウガイ様とは、違う……いえ、他のテンオウ一族の方々とも違う死剣眼……」


 カミナが立つ位置からでも、ミヅキの顔がはっきりと見えたのであろう。


 闇夜に浮かぶ、赤い瞳。

 死剣眼は、光のない場所でも光沢を放ち、怪しく輝く。



 ミヅキは、死剣眼でジロリと、周囲を一瞥した。


 その眼には、既に()()()()()()刻まれた死剣眼が発動している。


 そう。

 カミナが言うとおり、ミヅキの死剣眼は、テンオウ一族の誰とも違う異質のものだ。


 死剣眼は、線の数によって力の強弱が変わる。

 相手の死剣眼を見れば、その成熟の程が分かる仕組みになっている。


 余は、これまでテンオウ一族の中でも一番優れた眼を持っていると思っていた。

 大半の者は、一本線の死剣眼を持ち、それに対して余が持つのは、一本半の線が浮き出た物を持つからだ。

 線の長さで何が変わるんだ、と思うかも知れないが、この些細な違いによって、実力は大きく変わってしまう。


 そして。

 それに対して、ミヅキの死剣眼の線は、二本。

 つまりは、ミヅキと余の間にはそれだけの差があるということ。



「ほう……。力を持つ者は粗方殺したと思ったが、まだ、まともな配下も残っていたらしい。我のこの眼に見られても、竦み上がるだけで済むとは。力のない者は、失禁しても可笑しくはないのだがな。いいぞ。面白いではないか」


 ニヤリと口角を上げて、カミナへと目線を向ける。

 まただ。

 また、あの優しく温厚なミヅキがけっして浮かべる筈のない顔をしている。


 残虐性だけを表に出した寒気がする顔を。


 ミヅキ……。

 いったいどうしたというのだ。

 何が原因で、このような……。

 ミヅキを前にしても、いまだ迷いが振り払えないでいると、


「では、そんなお前たちに、贈り物をやろうか」


 この場に不釣り合いな言葉をミヅキが発した。


「贈り物……だと?」


 その意味を問い質そうとする余に、ミヅキは右手に持つ物を放り投げる。


「ほうらっ」


 ドサッと地面に落ち、音を立て転がるのはこの町の管理を任せていた男の生首。


 つい数刻前までミズキの対策を話し合った相手。

 その男の生首がゴロゴロと転がると、余の足にぶつかり止まった。


「……これは……」


「お前が、あまりにも遅いのでな。また一人犠牲が増えたのだ。 いや。護衛のも含めると、何十にもなるかな。生憎と首は一つしか、持ってこれなかったが」


「……くっ」


 ギリッと、唇を噛み締めると血の味がした。


「……オウガイ様。このイカれた者が、ミヅキで間違いないのですか?」


 カミナがミヅキから目線を外すことなく、確認してくる。

 真剣な眼差しで。

 刀をミヅキへと向けたその手は、カタカタと、震えていた。

 まだ一七になったばかり。

 若いのだ無理はない。


「そうだ。目の前の男が、ミヅキ。テンオウ一族を虐殺した大犯罪者だ」


「では、オウガイ様。こんな野郎は早くぶっ殺しましょうぜ。俺様も剣神になって色々とやらなくちゃいけない身なもんで忙しいんですよ。なぁ? お前も同じだろう? トウカ」


 ゴウカが刀の背で肩をトンと叩き、前に進み出てくる。


「そうだな。帝。ようやく標的が姿を現したのです。ここでさっさと始末するのが、得策でしょう。わたしも早く國に帰りたいですしね」


 トウカも前に進み出ると、ゴウカの横に立つ。

 ミヅキとはこれが初対面の二人が、得意とする構えをとる。


「二人とも、ミヅキを侮るな。奴は、我等がまとめてかかっても簡単に勝てる相手ではない」


「その通りです。ゴウカ、トウカ。帝が言われる通り、この者は異常。気を引き締めるべきです。貴方達だって、……目の前の男の力量は感じ取れるでしょう?」


 カミナだけは、ミヅキの実力をしっかりと把握出来ている様だ。


「うるせーなカミナ。んなこたぁー言われなくたって分かってんだよ。でもよ、こんな奴大したことねぇって。本当は集団でなんて嫌だが、俺様達がまとめて相手になるんだ負ける訳ねぇーよ」


「それが、分かっていないと言っているのです! 貴方は、死剣眼の恐ろしさ、特異性をまるで分かっていない!」


「カミナ落ち着け。ゴウカが言うとおり、この場には、帝に我等剣神がいるのだぞ? 如何に相手が死剣眼使いだろうとも、負けるわけがない」


 ゴウカとトウカが、ミヅキを前にしても舐めくさった顔をする。

 その表情には、自身の力に絶対の自信を持つが故に、敗北する事などないという思いが滲んでいた。


「これだけ言っても尚、まだ分からないのですか! 先代は、フウゲツ様は……それで敵わず命を散らしたのですよ!!」


 カミナが声を張り上げ、叫んだ。

 その叫びには、深い哀しみが含まれていることを余は知っている。



 それに比べ。

 この二人は、ミヅキの力を正確に計れないのか。

 目の前にいる男は、とてつもなく危険な人物だということを。


 ここで、二人の未熟さが出てしまった……。

 まだ年若い剣神達。

 剣の腕は歴代に迫ろうとも、見識、心構えはまだまだ。

 こんな状況で無ければ、じっくりと時間を使い教えれたのだが。


「剣の腕は良いものを持ちそうだが、心が未成熟とみた。特にそこの赤と青の剣神は間抜けだなぁ? 我を前にして、実力の差も推し量れぬとは。随分と剣神の質が下がったものだ。このうつけの前のは、中々に歯応えがあったというのに」


 ミヅキがわざとらしくため息を溢した。

 それを受けて、激昂するゴウカとトウカ。


「なっ! てめぇ……!! もう一回言ってみろよコラァッ!!」


「その憐れむ様な目線……。気にくわないですね」


 見え透いたミヅキの挑発に剣気を高める二人。


「ゴウカ、トウカ。落ち着け。挑発に乗るな。ミヅキは、こちらの連携を乱そうとしているのだ」


 宥める余の言葉に被せる様に、挑発を止めないミヅキ。


「ほらほらもっと怒れ! 力を高めろ! 力を解放しろ! さもないと――。一瞬で勝負がつくぞ!」


「てめぇーー!! 俺様を嘗めるなーー!!」


 怒号を上げるゴウカ。

 ゴウッと、剣気を最大限に解放し、一人駆ける。


「では、わたしもいこうか!」


 少し遅れて、トウカも駆け出す。

 ゴウカ同様に、己の剣気を解放して。



「これしきで心を乱すなんて! 帝このままでは!」


「分かっている。着いてこいカミナ!」


「はい!!」


「皆の者も、一斉に斬りかかれ!!」


「「「はっ!」」」



 遅れて参入する余とカミナと、隊を成す剣君達。


 怒りの感情に刀を振り回すゴウカとトウカは、己の最高の技でミヅキを殺そうと剣を振る。


 カミナは、余の動きに合わせついて来てくれる。


 だが、こんな呼吸がバラバラな状態では……。







「はぁ……はぁ……くそおっ! どうなってんだぁ! 強いなんてもんじゃねぇ……」


「……強すぎる…………これ程とは……。我々がまるで、赤子扱いとは……」



 全力での剣技は悉くミヅキにかわされ、弄ばれる。

 深い傷を体に刻まれ、地面に倒れるゴウカとトウカ。

 余とカミナも無傷とはいかないが、浅い刀傷を至るところに負わされた……。


 他の皆は……。

 周囲の配下達を見る。


 帝城から共に来ていた剣君は全員が小間切れにされていた。

 腰から下が切り離されている者、四肢がぶつ切りにされている者、首だけ切断され絶命している者までいた。


 だが。

 やはり……これは。


「ほらほらどうした。威勢が良いのは、口だけか? まさかこの程度で根を上げるわけではあるまいな? 我を殺すのだろう?」


 ミヅキは明らかに手加減をしている。

 本来。一撃の元、敵を斬り殺すのが死剣眼使いの戦い方。

 それなのに。

 まだこうして、我等の命があるのがその証拠。



「余の……責任だ。すまぬ。皆の者」


 ミヅキに有効な手段、対策も考えつかなかった。

 せいぜい出来たのが、今後の大陸の運営の準備と。

 ミヅキ討伐の為の、戦力の確保。

 それも……無駄に終わってしまった。


 こうなった。

 余の責任は大きい。


 自信の浅はか。未熟。

 それは、重々に承知している。


 だが……それでも……。

 やるしかないのだ!!


「……ゴウカ、トウカ立て。こんな所で負けるわけいはないのだ」


 右股の傷が痛むが、力を込めて踏ん張り倒れ伏す二人に声を掛ける。


「……くそがっ。言われなくても、この野郎はぶっ殺す!」


「……わたしは、こんな所で死ぬわけにはいかない。娘がこの間産まれたばかりなのですからね。……しかし……帰れそうにはないかもしれませんね……」


 二人からは覇気のない返事が返ってきた。

 ゆっくりと立ち上がり、剣を構えるが。

 さっきのまでの威勢も、剣気も鳴りを潜めている。



 心を折られたか……。



「つまらんな。本当にこの程度だとは。この二ヶ月間、何も手を打たなかったのか? 本気でそれで我を討てると思っていたのか? そうならば、オウガイ。お前の頭はめでたいな。帝として失格だ」


「そんな事は、言われなくとも分かっている。余が未熟であることもだ。だがな。例え策などなくとも……余は必ずお前を殺さねばならぬのだ。お前の存在は、この大陸の平和を乱す。民達に要らぬ犠牲を強いる」


「やれやれ……それでは、結果は変わらない事に気付かないとは……つまらんな。愚かの極めだ」


 呆れ果てたと言わんばかりに、両手を広げると溜め息を吐く。


「それで我に敵わぬ事は、この間に証明したばかり。それなのに、また同じ愚行をするとは。こんな男に少しでも()()()()のが、情けなくなる」


「……好き勝手な事ばかり言うなミヅキ!! 強き力を持つにも関わらず、それを命を刈り取る事にしか使わぬお前にそれをいう資格はない! お前は、余の手で止める!! 各自、ミヅキの死角から斬り込め!! ゴウカ。トウカ! 今度は、余の動きに合わせるのだ!」


「「「はっ!!」」」


「愚かなりオウガイ。だが――相手になってやろう。かかってこい!」



 ミヅキよ。

 お前は、必ず余の手で殺す《とめる》!!




 ◇◇◇




「ぐああああっーー!!」


「弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱いーー!!あまり、我をガッカリさせるな。オウガイ」



「……ぐっ……はぁ……はぁ……!」


「……はぁ……はぁ……。帝。申し訳ありません。私の剣気は尽きあなた様を回復する事は、もう出来ません……はぁ……はぁ……」


 カミナが自身も全身を切り刻まれ、辛かろうに一心に余の心配をしてくれる。


 ゴウカと、トウカは動かない。

 死んではいない。

 息が微かにだが聞こえる。

 気を失ったか……。



 ジャリジャリと、石を踏みしめる音。


 ミヅキがゆっくりと歩いてくる。



「くうっ帝……このままでは…………。私が帝をオウガイ様を護らなくてはいけないのに! 体が……動かない! オウガイ様! 何とかして逃げて……逃げてください!!」



 うつぶせて倒れるカミナが叫ぶ。



 今回は帝城でボロボロにされた時よりも、幾ばくか上手く立ち回れていた。

 カミナの協力もあり、途中からはゴウカ、トウカも余に合わせて動いた。


 ……しかし。

 ミヅキは、更に力を隠していた。

 帝城で戦った時よりも、圧倒的な力の差を痛感させられただけだった。



「……例え。力が及ばなくとも、それでも……負ける訳にはいかぬのだ。ここで、倒れれば民たちが犠牲に。益々、力が全ての世の中になってしまう」


「つまらん。つまらん。つまらん。傷を追い、追い詰められればその眼も成長し、我とも少しはいい戦いが出来るかもと思ったが。期待外れだ。そう。おまえには、期待したのだがな。()()()()()()()()()()()()待っていたが。だが……もういい。ゆっくりと待つことにしよう。お前を越える素質を持つ者が現れるのを。――その前にお前を葬るのが先だがな」


「……帝……!!」


「そこの女と愚かな二人は後だ。配下の前で、お前を殺してやろう。その方が、お前の死を演出出来るからな。それが、()()()()お前への、我からの手向けだ」


 紫色の刀身を月に重ねるように高く掲げる。

 闇夜に不気味に浮かぶ死剣眼と、一緒に怪しげな光を放った。


「ではな。オウガイ。もう二度と会うこともないだろう。死ね!!」


 ここまでか……。

 すまぬ。

 余は、帝として責任を全う出来なかった。



 余は、自分の命が尽きる事を受け入れた。


 その時だった。



「おらぁっーー!!


 ヒュン――

 風斬り音が聞こえる……。

 離れた位置から刀を振るった時に奏でる音が。


 ――これは。


「ちぃっ!!」


 迫り来る斬撃を、地面を滑る様にミヅキが避けた。

 今さっきまでミヅキが立ち位置には、深く地面に亀裂が入っている。



「大丈夫か? 悲鳴が聞こえたから駆けつけたが。危なかったな」


「……お前……は」


 戦場に現れた男。

 その眼には。

 死剣眼……?

 何故……?

 もうテンオウ一族には、血を引いた者は――


 そうか……。

 イットウ一族の者か……。


「……お前は……誰だ」


「俺か? 俺はケンシロウ・イットウっていうんだ」


 長い髪を後で縛り、まるで悪ガキを大人にした様な笑み。

 それが、ケンシロウとの出合いであった。

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