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51話 オウガイとコウガイ

 


 生誕式の盛り上がりが最高潮に達した頃、現帝であるオウガイがテラスから姿を現した。

 優に20人は入れそうな広いテラスに、オウガイを始め何人か立っているのが俺の位置からも見える。


 その中にはカミナの他に、赤と青の羽織袴を着た二人の男の姿もあった。

 おそらくあの場にいるという事は、火炎と水氷の剣神だろう。

 それらが、帝の護衛として側に控えている。


 そして、それらの他にもっとも帝に近い位置に立つのは。


「……あいつが、コウガイ……」


 帝の兄であり、同じテンオウ一族。

 俺の中では、もっとも『滅』の首謀者の可能性が高いと思っている人物。


 そいつは、広場から沸き上がる歓声へと応えるかの様に、柔和な顔で民衆へと手を振った。

 それによって歓声が大きくなり、帝とコウガイの名を呼ぶ声が増える事から、コウガイもまた民に慕われているのが分かった。



 そんな光景を他所に、俺の脳裏は黒く塗り潰されていくのを感じていた。

 感情が激しく音をたて、軋む。


 こいつが俺の仇だと思うと、目線を外す事が出来ない。

 ようやく見えたその顔。

 ずっと知りたかったその顔が、俺の前に現れたんだ。

 俺の瞳は、瞬きするのも忘れ、コウガイを睨み続ける。


 (その顔には、裏の顔があるんだろう? 俺から全てを奪った時も、そんな風に笑ってたのか? てめぇが俺から全てを――)


 今すぐに事の真相を確かめろと、足がひとりでに動き出した。


 待ってろ。今すぐ斬りかかってでも、てめぇがそうか確かめてや――――


「帝の御前である! 皆の者、叩頭せよ!!」


 その行動は、思わぬ形で中断させられる事になった。

 一番前、テラスの真下辺りに居た兵が大声で注意を促したからだ。


 見ると、手には見たことがない銀色の鉄の様なのを持っている。それを口に当てて言葉を発すると、通常よりも何倍も声の音量が大きくなった。


 その兵の声に従う様に、ざーっと、皆が両肘、両膝を地面に着け頭を下げた事で通路が無くなる。

 クソッ。

 これじゃあ。


「ツルギ君ツルギ君。ちゃんと叩頭して」


 りつも周りと同じく、頭を下げる。


 俺はそんなのやるつもりはない。

 そんな事よりも、俺にはコウガイが仇なのかどうかが気になって仕方がないんだ。


「貴様!! 何故やらない!」


 俺以外の皆が、地面にひれ伏したからか。

 視界が開けた広場に俺が立ったままなのを見つけた兵が、怒鳴り声を上げた。

 何人かとこっちへと走って向かって来る。


「ツルギ君! 叩頭して!」


 りつが必死な声で呼び掛けてきた。

 地面に貼り付いた様な格好で顔だけを上げ、左手で俺の袴の裾まわりを引っ張ってくる。


「なっ! あいつ、まだ突っ立ったままだぞ!」


「え……あの人何やってんの!?」


 周りでも俺が従わない事に気付いたのか、ざわざわとした声は大きくなり広場全体へと拡がっていく。


「静粛に! 静粛に! 帝の御前である静粛にせよ!」


 金ピカの甲冑を着込んだ兵が、目の前まで駆けてくる。

 この男達は三大の羽織袴を来ていない。

 こいつらが、近衛隊って奴等だろうか。


「そこのお前とお前も口を閉ざし黙って叩頭しろ。そして、小僧! お前何故叩頭しない!! 帝の前でその行い。意味が分かっているのか!!」


 激しい口調でせめぎ立ててきた。

 そんな怒らなくてもいいだろうに。


「ち、違うんです! この子最近田舎から出てきたばかりで、何も知らなくて……だから。すいません! すぐやらせますので許してください!」


 りつがガタガタと震えながらも、俺を庇ってくれる。


「小娘も黙れ! 誰が発言を許したか!」


「は、はひぃ!!」


 恫喝され変な声と共に、涙を流すりつ。

 やらない俺が文句を言われるのは、いい。

 だが、りつを怖がらせる事は別だ。

 こいつ。腹立つな。


「何とか言わないか! 今すぐ叩頭せねば、その首斬られる事になるぞ!」


「従わねぇから斬るってか? やりたくないからやらないだけで、何で斬られねぇといけねぇんだよ? 第一お前。何でそんな偉そうなんだ?」


「だから何だその態度は! 言っても分からない様だな!」


 近衛隊は、刀を抜こうと左腰に右手を添える。


「なんだ? やんのか?」


 ぶっ飛ばしてやろうかと、生滅刀に右手を移動させる。


「よい」


 その一声は、広場によく響いた。

 俺と兵は、声のしたテラスを見上げる。


「よい。そこまでにしなさい。余は構わぬ」


「……帝。しかし、それでは侮られてしまいます。小僧以外にはやらせておりますし、例外を許せば軽んじられましょう」


 近衛隊の兵士が帝を見上げ、諌める様に忠言した。


「よいと言っている。強制させ従わせる事は、余は好きではない。そんな形でしか示せぬ忠誠心など何の意味もないのだ」


 カゼマルや、カミナからは帝の人柄を聞いていた。

 絶対的な権力を持つのに、それを笠に着る事もしない。

 聞いていた通り、帝は理解があって人徳に優れた人物なのかもしれないな。


「それよりも、このままでは皆の服が汚れるであろう。もういいから立ちなさい。それと、そなたも定位置に戻るがよい」


 その声にまたざわついたが、やがて全員が立ち上がる。

 近衛隊はどうすればいいのか戸惑いの表情を浮かべていたが、


「……命拾いしたな。小僧め」


 恨み言と睨みを置き土産に残し、やがて元の位置に戻っていった。

 まだ広場はざわざわとしている。

 その騒音を止めるかの様に、帝が静かに話し出した。


「確かに今までの風習では、歴代の帝に対し叩頭を行ってきた。だが、余は正直これが好きではない。ましてや無理矢理にやらせるのはな。そこの少年の様に、嫌な事は嫌と言える事は素晴らしい事だと思う」


 そうして帝はじっと俺の顔を見た。

 二人の視線が交わる。


 この時、俺は得も言われぬ感覚を覚えた。

 何だ。この感覚は。


 俺達は、今日ここで初めて会った筈。

 それなのに、前にも一度会った事があるようなそんな感じがする。


「そうですな。これからは、帝の言われる通り良い風習は残し、悪い風習は正していくのがこの都、強いてはこの大陸の発展にも繋がりましょう」


 そう言ったのは、コウガイ。

 前に進み出てくると、俺へと視線を向けた。

 微笑みも警戒もない無表情で見てくる。

 俺もコウガイを見ていた為、必然と見合う形になった。


 今までも俺は、人の目を見ればどんな事を考える人物かを何となくでも感じ取れた。


 だが、コウガイからは何も感じられない。

 悪意も善意も。

 ただ真っ白。


 こんな事は初めてだ。


 俺が測りかねてモヤモヤしていると、帝は再び視線を前に向けて先を進めた。


「それでは、ここでこの生誕式のもう一つの趣旨である我が子を紹介したいと思う。この二人のどちらかは、余の後の帝となる為、皆にも顔を覚えてもらいたい」


 一度言葉を区切ると、帝は二人の名前を呼んだ。


「テンゲツ、サイカ。出てきなさい」


「「はい」」


 帝が呼び掛けに、返事をする声が聞こえた。

 そのあと、テラスの袖からサイカ達が現れる。

 二人揃って帝に一礼すると、その横に立った。

 帝を両側から挟んだ形で。


「右がサイカ・テンオウ。歳は十一で女だ」


「皆! よろしくねー!!」


 サイカは持ち前の笑顔で手をブンブンと振ると、明るい声で民衆に挨拶する。


「左がテンガイ・テンオウ。歳は同じく十一で男だ」


「皆さん。テンガイ・テンオウです。良き都、大陸の平和の為に、しっかりと勉強をしたいと思います。どうぞよろしく」


 テンガイは大勢の前なのに緊張した様子もなく、堂々としていた。

 まだ歳も十一なのに、大したもんだ。

 天真爛漫なサイカとは対照的に、大人びている。


 二人の挨拶が済み、広場全体から拍手が巻き起こった。


 暫く止まない拍手が治まるのを待ってから、帝から二人の紹介と今回の趣旨が説明された。


 この会場に集った者達に二人の認知が終わり、かつてないほどの熱気が高まった頃。



 ――――帝に異変が起きた。



「そろそろ……ゴホァッ! ゴホッ! ゴホッゴホッ! ゴホッゴホッゴホッゴホッ!!」


 身体をくの時に折り曲げ、盛大に咳き込んだ。

 俺は目が良いから見えてしまった。

 帝のその口からは、吐血をしているのを。


 いつまでも治まらない、普通の咳。

 明らかに何処か悪そうなのが暫く続く。

 それを見ていた民衆も心配げな声を上げ、広場は再びざわつきが支配する。


 やがて、フラりっと、帝がその場でよろめいた。

 それをすかさずコウガイが支える。


「帝。御無理はしないでください。顔見せはここまでにして、中に戻りましょう。お身体に触ります」


「うむ……。わかった……」


 コウガイに背中を擦られ少し落ち着きを見せると、改めて民衆の方を向いた。


「……それではこの後も祭を楽しんでもらえると、余も嬉しく思う。では、また会おう」


 帝は片手を上げるとゆっくりとテラスを後にする。


 やっぱり体調が悪いんだな。

 吐血までするとは、結構容態が悪いのかもしれない。

 途中までは、そんな素振りを見せなかった。

 きっと具合が悪いのを我慢して、それを見せない様にしていたんだろうが。

 最後まで隠せなかったか。


 帝の姿が完全に見えなくなっても、周りで心配する声は止まない。


「オウガイ様……大丈夫なのだろうか」


「疲労もあるんだろう。お忙しい御方だからね」


「公務も一旦お休みして、お身体を労ってほしいな。もし、帝に何かあれば……大変だよ」


 その声は、俺の隣でも。


「帝様大丈夫かな。体調悪いらしいってのは聞いてたけど、心配だよねツルギ君」


 りつも心配そうに言う。

 確かに普通ではない様子の帝も気になるが。

 俺には、目的があるのを忘れちゃいけない。


 顔も見たし、この場にもう用はないな。

 そろそろ入城するか。


「りつ。それじゃあな。俺は行くぞ」


「あ、ツルギ君! ちょっと待って!」


 りつが珍しく真面目な様子で呼び止めてきた。

 その声に何かを感じた俺は足を止め、振り返る。


「なんだ?」


「うん……。何か嫌な予感がするんだよね。朝から感じてたんだけど、さっきツルギ君を見てから、それが大きくなった様な気がするの。どうしてなのかは分からないけど……とにかく気をつけてね?」


 真剣な眼差しで見つめてくる。


「……ああ。分かったよ。じゃあな」



 こういう予感てのは、結構当たるもんだ。

 一応頭の隅に留めておくか。


 俺は帝城入口に向かって歩きだした。

 さぁ。

 コウガイお前が俺の仇なのか。

 もっと近くで確かめてやる。

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