50話 待ち焦がれた日
生誕式当日――
「特に変な所はないな」
布団から起き上がり、軽く運動をして身体の状態を確認した。
思うがまま動くし、痛む所も無いし、握った掌にもきちんと力が入る。
「体調は万全。精神的にも問題ない……と思う」
気持ちも自分でも驚く程に落ち着いている。
高まる復讐心と絶対に失敗は出来ない緊張感とが、うまく均衡を保っているかの様だ。
三日前にカミナ達との話し合いの場で暴走した様な異変も感じられない。
心身共に万全な状態と言ってもいいだろう。
不安があるとすれば、いざって時に俺がヘマをしなければって所か。
「……いよいよなんだな」
窓へと近づき、燦々と照りつく太陽を見上げた。
赤々と燃え上がり、まだ早朝なのに既に暑い。
天気も雲一つない晴天で、絶好の復讐日和と言ってもいい。
俺は雨が好きだ。
だが、晴れている方が気分的にも前向きになれる。
それに今日は、運命の日。
天気の良し悪しが結果に作用するとは思えないが、不足の事態に繋がり兼ねない要素は少ない方がいいだろう。
そう頭の中で不備はないか確認していくと、
「……そうだった。何か足りないと思ったら、あれをやってなかったな。危ない危ない」
この二年間毎日行っている日課をまだしていないのに気付いた。
それは、自身の覚悟を確認する事。
目を閉じて深呼吸を繰り返し、それから俺のたった一人の家族だったじいちゃんの顔を思い浮かべ、気持ちにブレがないかを毎日確かめている。
今でもけっして、忘れる事ないじいちゃんの笑った顔。
怒った顔。俺を慈しんでくれた顔。
その全ては、二年経った今でも決して色褪せる事なく俺の心に刻まれている。
そして、それは一人ぼっちになった俺に残された、たった一つの宝物でもある。
今まで幾度も寂しくて悲しくて涙を流したが、その度に俺に活力をくれた。
でも、もうそれも必要なくなる。
今日、これまでのツケを全部精算してやる。
今までの分きっちりと何倍にして、返してやる。
奪い、ここまで俺を追い込んだ奴には――
「必ず天誅を下してやる!」
改めて、自身に誓いを立てた。
「だから、じいちゃん俺を見守っててくれ。あと、顔も知らないけど父さんと母さんも一緒に居たら頼む」
ぐうう~
日課を終えると、腹が飯を寄越せとやかましく鳴いた。
「その為にも、腹が減ってはだな。最後の飯になるかもしれないし、味わって食べておくか」
復讐を果たしさえすれば、そのまま俺は自害する。
だからこれが、文字通り最後の朝飯になるかもしれない。
この日の朝食は、いつもよりも良く味わい良く噛んで食べた。
飯の後は、腹ごなしに軽く素振りをして身体を慣らす。
一振り一振りをいつもよりも集中して行い、仕上げを行った。
程よい汗を掻いた所で、時刻を確認する。
「……まだちょっと早いけど、出るか」
荷物を纏めて宿を出た。
生誕式まではまだ少し早い為、都の北側にある宿場から帝城がある中央部へとブラブラと歩く。
「しかし、凄い熱気だな。こいつらいつ寝てるんだろう」
まだ朝も早いっていうのに、もうごった返しになるぐらいの人。
夜中でも騒げや歌えや、食えや飲めやと言った具合に、ぶっ通しで祭をやるとシュウゲツも言ってたけど。
まさにその通りの様相になっている。
ずらっと屋台も並び、飾り付けや大看板も設置され、舞台で演芸も披露されている。
都の東西南北にかなりの人数がいて、賑わいも大変な事になっていた。
「盛り上がってんな……。何処を見ても人人人。店店店」
小さな子供の手には、フワフワした雲みたいなお菓子を握りしめて駆け回り、茶屋にも団子を山盛りにして頬張る若いのやら、街路樹の下に敷物を敷いて酒を飲み交わすオッサン達が、思い思いにこの生誕式を楽しんでいる。
普通これだけの数の人間が集まれば、事件や刃傷沙汰が起きてもおかしくない。
それが起きないのは、三大剣術の赤、青、緑の羽織袴を来た剣士が目を光らせて巡回しているからだろう。
カミナも、風雷から必要最低限の人員を残しほぼ全てをここに呼んでいるとも言っていた。
その数、三國合わせて数万人だとか。
いやはや。
わざわざこの祭の為に集められるとは、ご苦労な事だ。
大通りを歩いていると、道端で話すオッサン達の声が聞こえてきた。
「おい見たか?」
「あん? 何をだ?」
「風雷の剣神様だよ。名前は何つったっけか……ああ。そうだカミナ・フウジン様だ」
「おお! 見た見た。物凄い色っぽいよなぁ。まだ歳も三十代だろうし、いいよなぁ」
「だよな。その隣にいた若い女も、いい女だったぞ。カミナ様と何処となく似ていたから、多分親子か親族だと思うが、あと二、三年したら色気がぐっと増すだろうな」
酔っぱらいのオッサンが話すのは、こういう話しばかりだな。
まぁ、カミナとイオリは、確かに美人だと思うけど。
俺は女とか酒とかそんなのはどうでもいいが、やっぱり世の男はそういう物に興味があるもんなんだろうな。
その後も様々な屋台や、行き交う人々を見て時間を潰した。
時刻は、夕方手前。
帝城前広場に到着した。
「……すげぇ人数だな。どんだけ集まってんだ」
ここでも、人の集まる光景に思わず声が漏れる。
俺の目線の遥か先まで人の頭が見える。
そもそもこれだけの人数を収用できるここの広場の大きさもおかしいのだが。
こんだけいると、人に酔いそうだ。
「とりあえずここまで来たが。この後は、確か」
シュウゲツは、城のテラスから帝が顔を出すと言っていた。
俺が出る生誕式本番は、その後の時間帯。
「せっかくだから、先に帝の顔を見ておくか。どんな奴かも気になってたし」
そう思い、テラスが良く見える場所へと人混みを掻き分けて進んでいくと、
「あれ? ツルギ君?」
名前を呼ばれた。
その声の方へと顔を向ける。
「……げっ!」
そこには、
「やっぱりツルギ君だ!」
つい最近に会ったばかりの、情報屋のりつが立っていた。
めんどくせぇのに出会った。
ここは。
「人違いだ。じゃあな」
片手を上げて、その場から離れる。
「いやいや! どうみてもツルギ君だよね!? 何で逃げるのかな!?」
走って追いかけてくると、前に回り込まれる。
「いや、違うけど。顔と頭大丈夫か?」
「その失礼な言い方をするのは、ツルギ君しかいないよ! 人の頭と、顔は大丈夫っかって普通の人は言わないよ! それに、前も言ったと思うけど、あたしは美少女寄りなの!」
今だ。
喚いてる隙に逃げなければ。
「ツルギ君、聞いてる? ねぇ! ツルギ君ってば!! 何で逃げるかな!?」
一瞬にして、また前に回り込まれた。
速い。
何だこの速度は。
「俺は、ツルギ君なんて名前じゃないって」
今度は後ろへと向きを変えて逃げようとするも、
「逃がさないよ!」
また逃走に失敗した。
クソ。
今度はこっちだ!
「ツルギ君! ツルギ君! ツルギ君! ツルギ君! ツルギ君!!」
どれだけ距離を離そうとするも、全て失敗。
逃げようが、追い付かれ名前を連呼してくる。
「あそこ、何やってんだ?」
「さあ? りつが絡んでるし録な事じゃないのは間違いないだろうな。関わらない方がいいぜ」
広場に集まっていた民衆が、俺たちを怪しそうに見てきた。
もう手遅れみたいだが、このまま放っておくともっと注目の的になる。
仕方ないか……。
仕方ないよな……。
俺は諦める事にした。
「…………はぁ。なんだよりつ。騒いだら周りの迷惑だろうが」
「それは、こっちの台詞だよ!!」
目くじらを立てて、文句を言ってくる。
なんだよ。
ちょっとからかっただけだろうに。
「で? なんでお前がここにいるんだ?」
仕切り直して聞いてみた。
「まったくもうっ。本当にツルギ君は……こういう人だもんね! 依頼があったのっ。最近帝を狙う人が居るって噂があってそれでその情報を集めてたんだよ」
帝をね。
これだけ偉くなると、命を狙われる事もあるんだろうな。
「ツルギ君の件といい、最近はこんな物騒な依頼ばかりだよ」
「おい。俺のせいにするな。こないだのは、お前から絡んで来たんだろうが」
「もうちょっと平和的な依頼とか、ないのかな。ねぇそう思わない? そうだ聞いてよ。こないだね――」
最近はどうだとか、昨日の屋台ではここが美味しかった等、どうでもいい話をりつが一方的にしてくるのを聞き流しながら、広場の前方へと移動した。
すると、丁度時間になったらしい。
わあああぁぁぁと、一気に歓声が上がった。
「オウガイ様だ!」
「本当だ! オウガイ様がお姿をお見せになったぞ!」
「キャー!! オウガイ様~!!」
皆が手を振り、笑顔で帝の名前を呼ぶ。
「ツルギ君! オウガイ様だよ! オウガイ様~!!」
隣でりつも同じ様に手をブンブンと振って、バカでかい声を出した。
俺はそれを喧しく思いながらも、テラスに現れた人物達を見た。
現れたのは、五人。
立場的にも、真ん中に立つのが帝であるオウガイだと思われる。
歳は五十代ぐらいで、口髭を綺麗に揃え、鋭い目付きで眼力がある。
一見強面な面構えだが、その中にも何処か温かみの様な物も感じられる。
そして、その斜め後ろに一人の人物が立っているのが見えた。
帝と何処となく似ていて、醸し出す雰囲気からも兄弟だというのが分かる。
「あいつが……コウガイか」
俺が殺したい『滅』の首謀者の可能性が一番高い人物。




