41話 サイカという少女
今回から、新展開になります。
「えーい! やあああっっ!!」
掛け声と共に、振られた刀。
それには、寒々しい程の冷気がこめられ、空気をピシリと凍らせた。
直撃すれば間違いなく氷像と化すであろう斬撃は、真っ直ぐ俺の顔面へと向かってくる。
俺は近づいてくるそれを、死剣眼でじっと見た。
斬撃の軌道を見極め、あえてギリギリの所で回避する為に。
この場合だと、右に半歩だけ移動するのが最適。
そう判断し、必要な分だけ移動する。
ビュオン!!
見極めは成功し、今さっきまで俺が立っていた地点を刃が通過した。
今日は気温が高く暑いから、汗が滲んでいた皮膚を冷気が撫でて心地いい。
「涼しいな」
「むうっ! その余裕な態度! 腹立つ~!! てえぇーい!!」
斬りつけてきた少女の顔には、ハッキリと「面白くない」と書かれていた。
頬をリスの様に大きく膨らませると、小さな右手首を素早く返し、横に一閃してくる。
「これは、中々」
さっきよりも鋭くなった一撃。
俺はそれに対して、刃へと一歩踏み込んだ。
腰を深く落とし頭を下げる事で回避する。
目標に当たる事なく空振りした刃は、俺の髪の毛を掠めた。
「なっ! これも、かわすのぉ!?」
「今のは、惜しかったな」
一旦距離を取る為に、強く地面を蹴って後ろへと下がった。
「そうは言ってるけど、余裕じゃない! てえい! はぁっ! やぁっ! それ!」
少女は驚きと悔しさを顔に張り付け、離れた場所から連続して二回、五回、八回と刀を振るう。
どんどんと洗練されていく剣気。
それは、空気中の水分から幾つもの氷を作りだし、一刀するごとに飛ばしてきた。
「もっと体全体で、軸足に力を込めて振るった方がいい。今だとまだ、刀に振り回されてるぞ」
だめ押しをしながら、爆速で飛来してくる氷の塊を全てかわしていく。
後ろに逸れた幾つもの氷は、地面に深く突き刺さると、大きな穴を作りその上に氷柱となって聳え立った。
この辺は、民家や商店なども無い空地。
だからどれだけ激しく力を振るおうが関係ないが。
とはいえ、やり過ぎると人が住めない荒野になりかねない。
「そろそろ止め時か」
そう思い生滅刀を振るおうと、対峙する少女を見やる。
そこで俺は、目の前の光景に驚かされる事になった。
「こうなったら……まだ未完成だけど。しょうがないよね。うん。はあぁぁぁ!!」
ドオォォォォンッ!!
高濃度の青色の剣気が少女の体から放出されると、同時に赤色の剣気を解き放った。
青と赤と黄の剣気は、三大剣術の証。
それを扱えるという事は――――
「……おいおい。どうなってる。何で二つの剣術を使えるんだ……」
ありえない。
じいちゃんからも、三大剣術は一人につき一つの適正が備わると教えられた。
それを、二色も。
「てえぇぇーい!!」
俺が目の前の事柄を理解しようとしている間に、二つの剣気は混ざり合う。
秒を増す毎に増大していった二つの剣気は、混ざる事で膨大な量へと、膨れ上がっていくのが伝わってきた。
そして、事態は危険な方向へ向かっていることも。
「……まずいな。このままじゃ」
「くうううっ! あれ? ……おかしいな。まとまってくれない……。どうして……?」
少女も、異変に気付いた様だ。
自分の剣気にも関わらず、言うことを聞かない力に、焦りが出始める。
「……ああっ……駄目! お願い言うことを聞いて! このままじゃ……爆発しちゃう……!」
大きくなりすぎた力は、もうとっくに少女の制御下から離れてしまっていた。
剣気を消そうにも、消せないのであろう。
額に脂汗を浮かべ必死な形相で何とかしようと、もがくが。
「駄目ーー!!」
やがて。
大きく膨れ上がった剣気は、空気を入れ過ぎた風船の如く。
ドオオオオオオオオオンッッッ!!!!!
激しい爆発を起こした。
「きゃあああああああっーー!!」
解き放たれた力は、周囲に衝撃波となって放たれる。
容易に命を奪うであろう威力を含んだものが。
それが使用者である少女にまず襲い掛かった。
「間に合え!」
爆発が少女に及ぶ寸秒。
今の俺が繰り出せる最速の一刀で、衝撃波と剣気の死線を連続で斬る。
ヒュン――
ヒュン――
一撃目で衝撃波を消し去り、少女の身の安全を確保。
二撃目で少女が纏う剣気を吹き飛ばし、危険な芽を摘み取る。
確実性を増すために二段構えにしたが……どうだ。
少女の様子を伺う。
「……」
対処は、正解だったらしい。
斬撃は、俺の狙い通りの箇所に命中し、また俺の狙い通りの結果を手繰り寄せる事が出来た様だ。
見た感じ被害は無い。
少なくとも、少女は五体満足で地面に立っている。
「ふぅ……何とかなったか。危ねぇ」
安堵から思わず深い息が吐き出される。
間一髪で、阻止出来た。
「おっと。一応保険だ」
ヒュン――
キィン!
斬撃を刀に当て、小さな手から弾き飛ばす。
これで、とりあえずは安心だろう。
「……あれ……痛くない……何で……」
少女は閉じていた目を開け、両手を見つめる。
あの状況ならば、当然ただでは済まない事は、こいつも分かっていたのだろう。
それなのに、何も被害が出なかった事が不思議でならない。
そんな顔をしていた。
しばらくの間、茫然としていたがやがて判断力も戻ったらしい。
「……サイカとんでもない事をやろうと……。それに、サイカ負けたんだ」
地面に転がる自分の刀を見て呟いている。
それを見て、俺は少女の近くに寄った。
「今のは危なかったぞ。下手したらお前は、死んでいた」
俺が止めてなければ、肉の塊となっていたかもしれない。
それだけ今のは、危険な状態だった。
俺もあの状況を回避するために、咄嗟に斬りつけたはいいが。
正直余裕はない状況だった。
それでも、スイダイと戦った時は俺が未熟で腕の筋まで斬ってしまったのだが、今度はうまく出来た様だ。
少女の姿からは、痛みを訴える様子はない。
日頃の鍛練の成果が出ていると思う。
俺も強くなっているのが実感出来た。
「今の技は剣気を完璧に扱えるまで、使うな。今のお前の実力じゃ、まだ早い」
諭す意味合いで、語気を強めて言う。
「……うん。ごめんなさい」
少女は、反省の色を顔に張り付けると俯いてしまった。
明らかに元気を失くす。
その落ち込み振りは凄まじく、嗚咽が漏れ始めるまでは時間はかからなかった。
「……うっうっ……ううっ……」
本格的に泣き始めてしまった。
自分のやった事の責任を感じてるのもあるのだろうが、俺も少々きつい言い方だったかもしれない。
「……まぁ……その……あれだ。今のは危なかったが、その前までの剣術は良かったぞ。うん。まだ俺よりも小さいのに、それだけやれるなら大したもんだ。俺なんかより、よっぽど才能あるしサイカは、十分強いと思うぞ。うん」
俺は人を褒めるのも慰めるのも苦手だ。
逆に悪口や、相手を怒らせる事は得意なんだが。
でも、そんな下手くそな言葉でも効果があったらしい。
「本当? サイカ凄いかな? 才能あるかな?」
ガバッと、顔を上げた。
目元にはまだうっすらと涙が浮かんでいる。
「ああ。俺は嘘はつかない。だから、泣くな」
「うんっ!」
グシグシっと、手の甲で涙を拭うと笑顔に変わった。
やっぱり、こいつの笑顔はヒマワリの様に明るい。
その眩しい顔を見て俺は、一昨日初めてこの少女、サイカに襲われた時の事を思い出していた。




