35話 介入
バクガイの癇癪の末に母子の処刑が行われようとした。
それを止めるべく、刀を振り下ろそうとする剣士へと斬撃を打ち込む。
「がはあっっ!!」
その一刀を浴びて倒れる剣士。
白目を向くと、動かなくなる。
殺す為ではなく、阻止する為に峰打ちで振るったから死んではいないだろう。
わざわざ刃を返して斬りつける手間を考えれば、斬り殺した方が早かったが、こいつらは任務でバクガイを護っているだけで俺の敵ではない。
だから無効化させるだけに留めた。
「処刑は止めた」
まずは、母子が無事なのを確認。
ブルブルと震えてはいるが、大丈夫だろう。
「あとは」
それから、次の行動をと周りを見渡すが、
「「「……」」」
皆は、突然の事態に面をくらった顔をして静まり返っている。
この感じだと、事態が動き出すまでもう少し時間がかかりそうだが、このまま待つ気のない俺はゆっくりとバクガイの方へと歩き出した。
それでやっと硬直した空気は霧散し、それぞれに行動をし始める。
そして、この空気の中で真っ先に動き出したのは二組だった。
一つは、闇市に入ってから感じていた視線の主。
俺が動く前にこの処刑を止めようと、住人の輪から飛び出した所で刀を抜いた姿勢で固まっていた。
が、俺の視線に気付くと慌ててまた輪の中に戻る。
なんだ視線の主は、女か。しかも、俺よりも歳下だ。
「警戒!!」
「集まれ!! バクガイ公をお守りしろ!!」
「良かった……命はある。斬られたわけではないようだ」
「それにしても、何処からだ? 剣術を使われた気配はしなかった。何者の仕業か!」
もう一方は、バクガイの護衛の剣士達。
目を大きく開け慌てるバクガイを余所に、すぐさま限界体制を敷く。
一人が突如倒れた仲間に駆け寄り安否の確認。
一人は周囲の状況を確認すべく忙しなく首を動かし、残りは、バクガイを囲い剣を抜いて構えをとる。
一人一人がどう行動すべきかを理解している様で、中々に鍛錬されていると思う。
俺も三大剣術の才能があれば、こういう事も学んだのだろうか。
「バクガイ公! この場を動きませんように」
護衛に護られ、落ち着きを取り戻したバクガイが頬の贅肉を揺らしながら言葉をあげた。
「わ、分かったのであーる。しかと、我輩を守るのだ!!」
その物言いは本当に偉そうだ。
いや、このデブは一応公爵で上から数えた方が早い高貴な身分だった。
しかし。
その権力者が我を通した結果、周りに迷惑をかけることは見逃せたとしても、今回の件はやりすぎだ。
このデブの軽率な行動で、危うく罪のない者の命が散らされそうになった。
確認しなければいけない事はあるが、その責も取らせる必要があるな。
「え? ちょっ……ちょっと!! ツルギ君!?」
りつもようやっと理解が追い付いたのだろう。
俺がバクガイの元へと歩きだすと、驚き半分母子の命が無事だった事に安堵の顔を半分ずつ浮かべながら、制止の声をかけてくる。
多分こいつの立ち位置からでは、俺が刀を振るったのは見えなかった筈だから、俺がやったとは思ってはいないだろう。
もっとも、目をそらさずにいたとして、見えなかったと思うが。
「近づいたら、危ないってば! ツルギ君!」
りつは、喧しく何だかんだウザイ女ではあるが、俺を心配して止めようとするあたり、良い人間だな。
それでも、言うことを聞くつもりはないが。
呼び声をあげ続けるりつを無視して、歩を進めると、次に声をかけてきたのは殺されそうになった母親だった。
「……あ……あの。あ、あなた様が……守ってくださったのですか?」
母親はさっきの死の恐怖でガタガタと体を震えさせながらも、子を決して離さないと力強く抱き締めている。
「とりあえず下がってろ。巻き込まれるぞ」
「は、はい……」
戸惑いを見せながらも俺の言葉を素直に聞き、住人の輪に戻った。
戻った際に仲間達からは無事で良かった、心配しただのと、喜びの声をかけられながら子供と一緒にそこで動向を見守っている。
俺には母親の記憶は無い。
抱き締められた感触も、匂いも声すらも知らない。
物心付いた時から、家族と云える存在はじいちゃんだけだった。
それでも、母は子を命懸けで守るのだと、それが知れて嬉しくなった。
「貴様は誰だ! それ以上近寄るな!」
「奇妙な剣術を使用したのは、お前だな! それ以上前に進むならば、斬るぞ!!」
刻々と距離を詰めてくる俺へと、殺気と剣気を膨れさせていく剣士達。
「お前ら邪魔。どけろ」
言うことを聞かずに尚も近付く俺へと、剣士が数歩前に出てくると刀に手を添えた。
「忠告を聞かない、か。ならば仕方ない。敵として扱う」
敵としてめでたく認定された。
それを無視して、黙って動向を見守っているバクガイへと問いかけた。
「おいデブ。お前この闇市について詳しいんだよな?」
「貴様!! 来るなと言っているだろうが!!」
忠告を無視されたのが腹立ったのか、額に青筋を浮かべる。
次の瞬間には、刀身を赤に染めると火花を散らしながら切りつけてきた。
「邪魔」
ヒュン――
生滅刀で男の表面に浮き出た死線をなぞらえる。
先程同様に、殺さないように刀の刃を上に返し、反りを逆さに峰のほうを下にして振り下ろす。
「……ごあっ……!」
一撃で男は気絶した。
「小僧! 貴様ぁ!」
また一人突っ込んでくるが、
「だから邪魔だって」
ヒュン――
こいつも同様、峰打ちで切り伏せる。
それから残りを無効化させると、デブの護衛はいなくなった。
「…………なっ……え……?」
唖然として周囲を見るバクガイ。
「これで俺の邪魔をするのは、居なくなったな」
ようやくまともに話が出来る状況に持っていけたが、ここからでは、少し遠いな。
「ひ、ひいっ! な、何なのであーるかお前は!! く、来るなであーる!! だ、誰か我輩を助けるのであーる!! そこの! そっちでもいい! 誰か助けるのだー!!」
今更ながらに自分を護る存在が居ない事に気づいたのだろう。
その醜い面を恐怖に歪ませながら、周囲に助けを求める。
だが、当然それに応える者はいない。
「何なのも何も、俺は普通の一般市民だ。お前に用があってな」
「よ、用? 用とは、何が狙いであーるか!? 金か!? 金なら幾らでもあーるのだ! 地位が欲しいなら、わしの一番の側近としてやる! だから、我輩に何もするなであーる!!」
よほど俺が怖いのか、こちらが近づけば近付く程、尻餅をつきながらズリズリと後ろへ下がり距離を取ろうとする。
俺が一歩近付く毎に、べらべらと金やら地位やらをやると言ってくるが。
全部いらねぇ。
「あーる、あーるうるせぇよ。それに、金も、地位もいらねぇ」
「なっ!! で……では、何故この様な事をするのであーるか!」
「だから、俺が欲しいのは情報だっつってんだろーが」
「じ、情報だと……。そんな事言っていなかったであーる!!」
「あ? そうだっけ?」
「とにかく!! こっちに来るなであーる!!」
ギャアギャアうるさい声を無視して、バクガイの前に到着した。
俺が目の前まで到着すると、その足元を黄色い水分が地面を濡らしていく。
高くて良い素材で作られたであろう衣服も同様に、ビッショリ濡らしていた。
「汚ねぇな。いい歳して、お漏らしかよ」
いくら身分が高かろうと、こんな小物に振り回されなきゃいけない住人は不幸だな。
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