34話 バクガイ
いつもありがとうございます!
闇市は広大な都の東側に位置する。
その中でも豪勢で且つ、規格外の大きさを誇る屋敷の前に到着すると、横に無駄に広い体型の中年と、その護衛であろう赤色の羽織袴を来た火炎の剣士が屋敷から出てきた。
五人とも剣達の証である星三つが刻まれた羽織袴を着ている。
「あれが、貴族達を統括していてこの闇市を取りまとめる権力者。バクガイ公だよ」
バクガイの顔を知らない俺にりつは説明してくれたのだが、その声には軽蔑と嫌悪感がたっぷりと含まれているのが分かった。
その声に倣い、もう一度その人物を見る。
「……ふーん」
如何にも金持ちだと主張するかの様な豪華な服装を着こみ、大きな宝石を指にはめ、腹はたっぷりと脂肪を蓄えている。
顔はブサイクで脂ぎってはいるが、身に付けている物を見れば、なるほど一目見ただけで高貴な身分の人間だと分かる。
用がある人物が丁度良く出てきたと、近寄ろうとする俺よりも先にバクガイに声を掛ける者がいた。
「バクガイ公様!!」
それは、俺達の後ろを着いて来ていた集団の中から飛び出すと、バクガイの元へと歩きだした。
飛び出したのは母子で、共々にみすぼらしい格好をしており、その様子からは切羽詰まったものが見受けられた。
親子が距離を詰めようと前に進むと、その親子とデブの間に護衛が立ちはだかった。
「そこの者止まれ!! バクガイ公、念の為お下がりください」
左手を前へと伸ばし親子に止まる様に制止をかけると、右手は左腰の刀に添える。
いつでも、刀を抜けられる様にと構えを取ることも忘れない。
「うむ。分かったのであーる」
バクガイは、素直に護衛の声に従う形で屋敷へと戻ろうと踵を返した。
「ああっ! バクガイ公様! お待ちください!」
背中を向けたバクガイへと母親が慌てて近寄ろうとすると、護衛の二人が威圧した。
「下がれ。それ以上近寄るなら、斬るぞ」
その剣気は中々に洗練されたもので、剣を嗜んだ事がない普通の民では竦み上がる程のものだった。
「ひいいっ! ご、ご勘弁を!」
その気に気圧され顔面蒼白になる母親。
膝は震え、それ以上前には進めなくなりその場に立ち止まった。
すると、何のつもりか屋敷に引き返そうとしていたデブの方から声をかけ始めた。
「まぁまぁ待つのであーる。庶民の声を聞くのも、高貴な公爵であーる我輩の勤めなのであーる。民は大事にしなくてはいけないのであーる」
「よく言うよ。いつも肝心な時には、ここの人達の事を無視して犠牲を強いるくせに……!」
そのデブの言葉に、りつはギリッと、強く歯を噛み締めると声を潜める様に文句を垂れた。
「あ、ありがとうございます。バクガイ公様」
母親はまだ若干青さを残していたが、何とか冷静さを取り戻した様だ。
「して。我輩に願い事とは、何であーるか? 我輩の心は広大無辺の如く広く、慈悲深いであーるからな」
「はい……バクガイ公様のお心遣いに……感謝致します」
母親はゴクッと唾を飲み込んで喉を鳴らすと、意を決して続きを話し始めた。
その様子は、まるで腫れ物に触るかのようだ。
「……お願いがございます。闇市の民は此のところの豪雨の不作と……その……年貢の増税により食料が不足しております。坊やも、もう何日も満足に口に出来ておりませんし、周りでは餓死する者も出ています。ですので……何卒この子と子供たちに何か食べ物を頂けませんでしょうか。それが駄目ならば……税率を下げて頂けないでしょうか。どうか。どうか」
深く頭を下げて懇願する母親。
その母親に手を握られる子供は、母が何故こんな事をするのか理解出来ていないらしくキョロキョロと、母親とバクガイを交互に見つめている。
「我輩は、そち達の為にこの闇市を維持するのに、尽力しておる。言ってしまえば我輩のお陰で、そち達の命は維持できておる。それが、分からぬというのであーるか? 不作は、天気の仕業で、我輩の知ったことではないのであーる」
バクガイの顔には文字通り興味が無いと、また責任も自分には無いと書かれていた。
そして、その発言により過度に怒る人物が一人。
「本当によく言うよ! あんたがこの場を納める様になって、こんな事態になったのに! 前の公爵様がいれば、こんな事にはならなかった筈なのに! あんたの贅沢の為に、ここの人達は絞り取られて、餓死する子供達が増えていくのに罪悪感もないわけ!?」
怒りを自分で抑えられなくなってきたのか、その声量はもはやバクガイ達に聞こえる程だった。
現に、護衛の剣士達には届いたのだろう、しかめっ面をしながらりつを睨んでいる。
あれは、「余計な真似はするなよ」、と視線で訴えているのだろう。
なるほど。
りつがデブを嫌う理由が分かった。
ここの人達や、りつの言うとおりの人物ならば、確かにこいつはクソ野郎だ。
「バクガイ公様のお陰であるのは、わたし達も理解しております。ですが、どうか少しだけでも、年貢を下げて頂くだけでも、どうか。このままでは、餓死する者も増える一方です」
母親も、この元凶に頭を下げたくはないだろうが、こうする他ないんだろう。
くだらないプライドの為に見栄を張れば、明日の命はない。
力が無い者が今の世を生きていくには、綺麗事はクソの役にも立たない事を理解しているんだろう。
そして、ここで事態を悪い方向へと傾ける出来事が起きた。
幼い子供では、正しい状況判断など出来る筈もなかったのだろう。
いつまでも終わらない話し合いに退屈になった子供が、母の手を振りほどき、バクガイに走り寄った。
すかさずに剣士が反応するが、流石に子供を斬るのは躊躇うようで、腕を伸ばし制止しようとする。
だが。
小回りの効く子供のすばしっこさが手を掻い潜り、バクガイへとどんどんと、距離を詰めていく。
「ん? 何だそちは。汚い格好で我輩に近付くでないぞ」
「バクガイさま。ぼくもう何日も食べてない。お腹すいた」
「ぼうや! やめなさい!」
さっきまでわりかし上機嫌で話していたバクガイは、子供が近寄った事で言葉尻や態度に不遜が含まれる様になる。
子供はこういう時、場の空気は読めない。
ひたすらに自身の欲を満たすために、また、その欲を満たすにはどうするのが最適かを、子供ながらに考えて行動するだけ。
それが正しいか間違っているかなどの、判断がつかないままに。
当然母親だろうが、護衛のだろうが、バクガイのだろうが制止の声を聞くことはない。
その体を前に前にと進み遂には、バクガイにしがみついた。
――――その瞬間。
「ええい! 我輩に触れるでないぞ! 貧乏人が!! 臭いもキツいのであーる! 高貴な我輩に触れるなど、万死に値するのであーる!!」
「あうっ!!」
その小さな顔面を殴り飛ばすバクガイ。
衝撃で吹っ飛ぶ子供。
そこで終わるのならば、まだ良かった。
バクガイは、そこで怒りを納める器ではなかったらしい。
護衛達に向かって非情な命令を出した。
「この無礼者を斬るのであーる!」
「お願いします! どうか、どうか御許しください!」
「駄目なのであーる! 我輩にその汚い手で触れた。それは万死に値するのであーる! 早よ! 早よ斬るのであーる!!」
命令を下された護衛達は、互いの顔を見渡して困惑の表情を浮かべた。
どうやら子供を手にかける程、こいつらは腐っている訳ではないらしい。
良心の呵責が責められるのだろう。
かたくなに刀を抜こうとはしない。
「ええい! 我輩に従わないなら、どうなるか忘れたであーるか? なら、思い出せてやるのだ! そち達の剣神に、あの事をいうのであーる!!」
癇癪を起こして大声で喚き出すデブ。
「…………くっ。分かりました」
バクガイに対して一瞬拒否を見せていたが、やがて抵抗する事を諦めたように渋々と刀を抜く剣士一人。
「お願いいたします! どうか、どうか慈悲を!!」
母親が子供を抱き締め我が身を盾にする。
「子供の無礼をどうかお許しください! 代わりにわたしの命を捧げます。ですので……どうか! どうか怒りをお納めください!!」
「うるさいのであーる!! 我輩に意見を言うなであーる! 早く斬るのであーる!」
母の必死な懇願も、バクガイには響かない。
ひたすらに、自身の自尊心の為に考えを改めようとは、しない。
「……許せ。恨むならば、この醜き不平等な世を、恨め。せめて、苦しまぬ様にするからな」
剣士は辛そうな顔を浮かべながら、鞘から刀を抜き放ち、振りかぶった。
「止めてよ! こんな事、間違ってる!! この人達が何をしたっていうの!? 何も悪くないただ、必死に生きようとしてるだけじゃない!! 誰か……誰か!! 助けてあげてよぉ!!」
りつが悲痛な悲鳴を上げた。
「少し用事を足してればこんな事に!! だめっ!! ここからじゃ、遠い!! 間に合わないーー!!」
その声に反応して輪の中から前へと飛び出す人物が一人いるが、その距離は離れている。
「お母さん……怖いよ……」
「ぼうや……守ってあげられなくて、ごめんね……。でも、お母さんが一緒だから、ね」
もう助からないのだと。
母親がきつく自分の胸の中に我が子を抱き締めた。
その姿は、それは、じいちゃんが俺を庇い背中を斬られた情景と重なる。
「……俺は、どうもこういう瞬間に弱いな」
どうしても、じいちゃんを思い出す。
「だから――止めさせてもらうぞ」
死剣眼発動。
ヒュン――
刀を振り下ろそうとする剣士の体へ斬撃を撃ち込んだ。




