31話 情報屋りつ
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闇市に入ろうとすると変な女に絡まれた。
目元を隠す程の分厚い眼鏡を掛け、髪はボサボサで寝癖があちこちに立ち、服も汚れてはいないが皺が酷くて格好に気を使っていない変な女。
身だしなみに気を使っていたユリと同じ女とは思えないそいつは、俺の側へと駆けてくる。
もしや敵か、と生滅刀を構えたが、こいつからは悪意や殺気の類いは感じられず、また『滅』の間者でもないのがこの女が纏う雰囲気と俺自身の勘から分かった。
敵ではないならなんなんだと考える一瞬で、この女は俺の背後を取った。
一瞬とはいえ、意識を割いてる隙に背後を取るとは、中々の身のこなしだと変な女の認識を改めるまでが数秒。
後ろにいる女は、俺の左の袖を掴み取り耳元に顔を近づけると、
「助けて下さーーい!! あたし、この人達にチョメチョメされるーー!! い~や~~!!」
「……いっ……」
細身の身体の何処から出るんだとばかりのその叫び声は、空気を震わせ一直線に俺の左耳を直撃した。
バカデカイ声は確かな痛みとなって、鼓膜に襲いかかってくる。
「…………うるせぇ。鼓膜を破壊する気か」
思わずじんじんと痛む左耳を押さえると、今度は女を追って闇市から出てきた男達が声を上げた。
「おい! お前何を言って――」
「すぅ~」
男が何か言いかけてる途中で、また女が大きく息を吸うのが分かった。
同じ失態はすまいと、俺は咄嗟に両耳を押さえる。
「助けてーー!! 助けてーー!! い~やぁああー!! あたしがぁ~こんなに可愛いからぁーー! こんな目に~!!」
……やっぱりうるせぇ。
耳を塞いでるのにその上から尚届く声量。
この女、変なのは格好だけじゃねぇ。
「ち、ちょっと待てやこらあぁー!! 誰がお前なんかに手を出すかあぁ! じゃなくて、金だけ受け取って逃げてんじゃねー!!」
「そうだ! 報酬分は、キチンと渡したろうが!」
「その小僧も、お前の仲間か。ならお前でもいい情報寄越せや!」
男の一人が俺を指差しながら何か言ったので、耳から手を退けて聞き返す。
「あ? 何だって?」
「いやだから。お前は、りつの仲間なのか? と聞いてんだよ。仲間ならお前の方から、りつに言ってやってくれ。この女金受け取った途端、逃げやがってよ」
興味も無いが、この女はりつという名らしい。
それに、状況から察するにこいつらは女を追いかけ回す悪党かと思ったが……どうやら悪いのは後ろの女の方みたいだな。
なら、尚更。
「いや。俺はこんな女は知らねぇ。持ってけ」
背中に張り付く女の腕を掴み前に押し出した。
わざわざこの女を庇う必要はない。
俺にだってやらなきゃいけないこともあるし、こんな奴等に構ってる余裕はねぇ。
こっちだって困ってんだ。
「ちょおっ! ちょっとお! 普通ここは、男は女の子を守るもんでしょうがぁ!!」
どうやらおかしいのは格好と声だけじゃなく、頭もそうらしい。
「そんなもん知らねぇ。それに、お前女の子って歳じゃねぇだろうが」
「な、な、なんですってぇ! その言葉は、女の子に言っていい言葉じゃないでしょう!! それに、あたしはまだ二十ですうぅ!! お肌もこんなにピチピチでえぇ!!」
「いや。知らねぇし。二十なら、もう結婚適齢期過ぎてるじゃねぇか。行き遅れだな」
「……なっ……なっ……なっ」
俺の言葉に数歩後退ると、顔を真っ赤に染めて唾を飛ばす勢いで側に詰めよってきた。
「むきーー!! だからあぁ! 女の子にそんな事言っちゃいけませ~ん!! それに、あたしはまだまだ行き遅れてませぇんんん!!」
こいつは何怒ってんだ。
俺は事実しか言ってねぇのに。
変な女に絡まれて迷惑していると、男三人組が会話に混ざってきた。
「……あのよ。俺達を無視しないでくれや」
「見た所お前も、りつに絡まれてるのは分かったが」
「結局。お前なんなの? りつの仲間なの? 違うの?」
「他人だ。こんな女がどうなろうと、どうでもいい。連れていけ。ほら」
その背中を男達の前に再度押し出してやる。
第一この女のことは知らないし、見たこともないし、うるせぇし、喧しいし、女として終わってるし。
結果どうでもいい。
何度も言うが、俺にはやることあるしこんな奴等に構ってる暇はない。
「お。そうなのか。勘違いして悪かったな。それじゃあお言葉に甘えて」
「ほら。大人しく潔くきちんと仕事しろよ。りつ」
男達が女を掴もうと手を伸ばす。
「いやぁ!! 助けてよぉー!! 助けてくれたら、情報屋として君が知りたい事を一つ教えてあげるからぁーー!!」
「――へぇ」
情報。
この女は、情報屋か。
なら、役立つかもしれない。
確認で、聞いてみた。
「ふむ。情報ね。嘘言ってないよな?」
「言ってない! 言ってないよ! 都の情報屋で、あたしに敵う人はいないんだから! 伊達に情報屋のりっちゃんで通ってないんだから! だから、助けた方がお得だよー!」
……ふむ。
助けてみるのも、ありか。
こいつに、じいちゃんの師匠が遺した物を探させれば、いけるか?
「助けてやる」
「だから助けてってば! ……ん? 今なんて?」
「助けてやる、と言ったんだ」
ようやく俺が言ってる事を理解したんだろう。
目をキラキラとさせて問い返してきた。
「ほんと? ほんとに?」
「ああ。そういうわけだから、諦めて帰れ」
男三人組に向かって言ってやると、その顔に怒気が浮かぶのが分かった。
「ああ? それは……どういう要件だ?」
「俺達の耳がおかしくなかったら、りつを庇うと、言ってたと思うんだが?」
「この女に利用価値が生まれたからお前らはこのまま帰れと言った。話の内容から、この女が悪い事も理解したし、お前らにも多少同情はする。だから大人しく引けば何もしない」
その言葉に、男達は額に青筋を浮かべると一気に目付きが鋭くなった。
殺意も同時に膨れ上がる。
「おいおい。何ふざけた事言っちゃってんの? お前も、頭いっちゃってんの?」
「そうだぜ小僧。それは、駄目な選択ってやつだ。命は大事にしなきゃよ」
「俺らにケンカ吹っ掛けるってことは、命いらないって事だよな? 斬るぜ?」
チンピラ三人が刀を抜き構えを取ると、騒ぎで集まってきていた見物客が騒ぎ出す。
「な、何だ。何だ喧嘩か? 物騒だな」
「こんな道の真ん中で、刃傷沙汰なんて勘弁してよ」
ザワザワと、その声は大きくなりそれに比例してその人数も増えていく。
只の言い争いが殺し合いに発展しだしたのが、分かったんだろう。
まあ。結果は一方的に終わるんだがな。
「お前らこそそれは駄目な選択だぞ。刀を抜く、と言うことは分かってんだろうな?」
「喧しい! 俺達は散々コケにされて、イライラしてんだよ! 邪魔するならってんなら、斬ってやる!」
その言葉で足に力を込めると、一気に踏み込んできた。
「……やれやれ」
死剣眼発動。
ヒュン――
生滅刀を抜き去り、三人の表面に浮かぶ死線を見つけるとそれを軽い力でなぞった。
「――――え? あれ? 何で……?」
「……何か肌がスースーすると思ったら。ど、どうなってんだ? 服が突然……」
「……真っ二つに…………って事は……」
男達は突然の事態に何が起きたのかを理解するのに、何秒か使った後。
ようやく自分たちの状態がどうなっているのかを理解したらしい。
この大道の往来で、男達は揃って生まれたばかりの姿になっている事に気づいた様だ。
そして、それを成したのが誰の仕業であるのかも。
「……こ、小僧……お前が……」
「次は、その体を二枚に卸す。嫌ならどうすればいいか――分かるな?」
追い払う為に赤く染まった瞳で男達を睨み付ける。
本物の悪党なら、刀を向けられた瞬間切り殺すが。
最初からこいつらは、殺すつもりはなかった。
悪いのはこの女なんだろうから。
「ひっ! ひいいいっっっ!!」
「わ、分かった! 引くから、命だけは!」
「た、助けてくれーー!!」
切り捨てた服で股間を隠し、男達は消えていった。
やれやれ。
「良かった。誰も死ななくて」
「衛兵は来なかったか。あいつらいい加減な仕事しやがって。最近怠慢がすぎるよな」
「しっ。誰かに聞かれたら反逆罪に問われるわよ。早く行きましょう」
周りにいた見物客が続々とこの場から離れていくとそれに便乗して、動く人物が一人。
「――――お前も、いい加減にしろよ?」
ヒュン――
周りと一緒に姿を消そうと、抜き足差し足で逃げようとしていた女の足元の地面に亀裂をいれる。
「きゃひーー!! す、すいません! 逃げません! 許してーー!!」
腰を抜かしたのか、その場にへたりこむ変な女。
「……はあっ。変なのに絡まれたな」
騒々しい女に遭遇したことに、溜め息が出る。
ただ。
確かに騒々しいし、駄目人間っぽいけど、こいつが腕のいい情報屋なら。
俺が一人で探すよりは、効率はいいだろう。
この女の言うことが正しければ、だが。




