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2話 才能無しの少年

よろしくお願いします!

 


 二年前――



「いいか、二度と来るなよ」


 袴の袖を引っ張られ、路上に思い切り投げ飛ばされた。


「ぐあっ」


 勢いそのまま咄嗟に砂利道に右手をつくが、その際に手のひらを擦りむいてしまう。


「痛ってぇっ!」


 男は痛がる俺を愉快げに見ながら、皮肉を言ってくる。


「剣達にも言われた通り、お前には剣術の才能が無い。いくら少しばかり刀を速く振れようが、そんなものは実践では役にたたん。そんなのが剣術を学んだ所で所詮は時間の無駄なんだ。才能無いやつは大人しく畑でも耕してるのが、身の丈にあってるってもんだ」


 才能無しだ、時間の無駄だ、挙げ句の果てに……畑を耕しとけだ? バカにしやがって!!

 見上げた男の顔は、完全に俺をなめ腐っている。

 悔しくて睨み返すと、言葉は更に苛烈になった。


「何だ? 才能無しの癖に事実を言われて悔しいのか? いいんだぞ? 発言を撤回してほしくば俺を倒してみろよ。この世は力こそ全てなんだ。ま、お前にそれが出来ればだがな」


「……くうっ……」


「出来んだろう? なら、さっさと帰れ。はっはっは!」


 何も言い返せない俺に満足したのか、男は踵を返し道場に戻っていった。


「……くそうっ……! 見下しやがって!!」


 言われた事が悔しくて、思わず右手で思いきり地面を殴り付けてしまう。


「い、痛ってえぇぇっっ!!」


 ズキズキと激痛が襲う右手に涙が出てくる。

 痛みだけではなく、自分に対しての情けなさからも。


「……いつっ! ……はぁっ……何やってんだ……俺は……」


 痛みによって冷静になると、現実を思い知らされる。

 どれだけ悔しがっても、俺にはあの男の口を閉ざす力はない。

 そんな事は、俺だって分かってるんだ。

 挑んだ所で、何も抵抗出来ずにやられてしまう事だって。

 あの男だって生半可な実力がなきゃ、伊達に星二個の羽織袴を着ていないだろうし。


 だけど……。

 それと、これとは別で腹の虫は治まらない。


「あんな態度取らなくたっていいじゃねぇかよ! 才能無い、才能無いばかり連呼しやがって! あーくそっ! ちくしょう!!」


 あの男の顔を思い出すと、またむしゃくしゃが甦る。

 その衝動のまま、ガンッ!! と思わず道場の外壁を蹴った。

 あの態度といい、言い方といい。

 見返してやりたい!

 でも……。


「……だけどなぁ……」


 そして、また現実を思い出す。

 腹が立って仕方ないけど全ては俺が悪いんだ。

 剣術の才能がない俺が。


「……ここも駄目で……これで三大剣術全て不合格だし……そんな俺が息がったってなぁ……はぁ……」


 今さっきまで、入門するために木刀を降っていた道場を見て思わず溜め息が漏れた。

 自身の才能の無さにも嫌気がさしてくる。

 ままならない現実に、自然と背中が丸くなるのが自分でも分かった。


「……いつまでもこうしてても仕方ねぇし……帰るか……」


 家の方向へと歩きながらこの世の不条理を考える。

 この世は力こそ全て。

 力を持つ者は、何をしても許される。

 権力を持つ事だって、あまり機能してないけど偉くなれば法律を無視する事だって出来る。

 立派な家を建て、綺麗な女性を何人も娶って、家臣も沢山いて何不自由なく贅沢な暮らしをしていく事が。

 そう。力さえあればじいちゃんに、恩返し出来るのに。

 でも俺には。


「……火炎(かえん)剣神流も、水氷(すいひょう)剣神流も、風雷(ふうらい)剣神流も……どれも才能無いんだよなぁ……力を手に入れて偉くなって、じいちゃんに楽させてやりたいけど……こんな状態じゃなぁ……」


 俺は物心ついた時から親がいない。

 そんな俺を親同然にここまで育ててくれたじいちゃんに恩返しがしたい。

 だから俺は、何がなんでも力を身につけて偉くならなくちゃいけないのに。

 だけど現実は思った通りにはいかないんだ。

 剣術の才能がないと、こんなささやかな望みすらも叶えられない。

 剣術を扱えないなら、あの男のいう様に一生畑を耕して生きていかないといけない。


 こんな俺にだって、夢を持つ事は、それに向かって努力する事は、許されている筈なのに。

 その権利すら、俺には無いのか。


「……はぁっ……どうすれば、いいんだ……」


 何で上手くいかないのかと、自問自答しながら町中を歩いていると、前方に5人組の男達が歩いているのが見えた。


「何だ? ……この辺じゃ見たことない奴等だ」


 全員が三大剣術とは違う羽織袴を着ている。

『滅』って書いてるけど……どこの流派だ。

 じいちゃんからも聞いた事ない。


 男達は周りを一度見渡した後、路地裏にスッと入っていく。

 明らかに怪しい。

 醸し出す雰囲気も、ギョロギョロとした目線も、殺気の様なものが出ていたと思う。

 それに何か血の臭いというか、生臭いものを感じた。


「…………気になる。あんな羽織袴も見たことないし、何でこんな辺境にあんな怪しい奴等がいるんだ? ……ゴクッ」


 その異様な面立ちに、思わずツバを飲み込む。


「……怖いけど、いざとなれば逃げれば大丈夫だろう。俺は、逃げ足だけは速いとよく言われるし」


 ヤバそうな雰囲気に関わらない方がいいと思いながらも、俺は自分の好奇心に勝てず、石造りで出来た家が並ぶ路地裏にゆっくりと入ってみた。


「……あれ? いない……。おかしいな確かに入っていったの見たんだけどな」


 路地裏の奥まで来ても、先程の怪しい男達の姿はなかった。


「袋小路になってるし、他に抜け道もないんだけど。……まぁ、いいか。巻き込まれる前に帰ろう」


 何か嫌な予感を感じつつ道を引き返し家に帰る事にした。

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