16話 恩返しと買い物②
よろしくお願いいたします!
その後も。
ユリの美的感覚で薦められる商品を俺も拒否しないまま進み、あれよこれよと買い物が終わった。
草履や羽織袴、旅で使う小物と何処かで使えそうな物も何点か購入した。
最初はユリも真面目に買い物をしていたが、途中からは『これ使ってみてください!』と薦めて来たり、しだいには俺を使い遊ぶ様になった。
「あとは、これなんかも面白いかもしれませんね! これも買いましょう!」
追加で買ったのは、何に使うのか分からない般若のお面。
この変なのはユリからの贈り物らしい。
絶対使わないだろうと、思いながら差し出されるそれを受けとる。
まぁ、さっきの恩返しという事で買い物の代金はタダにしてくれたから俺は文句はないのだが。
この様に、周りから見れば騒がしく買い物をしている俺達にはもう一人、行動を共にする男がいる。
その連れのもう一人は。
「むむむ。これは! 中々の物ですね。やや! これもいい! 迷いますね……」
カゼマルは、ぶつぶつと呟きながら自分で買う物を決めていた。
その呟きが気になり、ちらりと何を買うのか見たが、俺だと絶対買わない様な物を手に取っていた。
「あ、これも欲しいですね……これも、あれもいい! この際だから全て買いますか」
冗談ではなく本気で買う気のカゼマルを見て、思わず呟いてしまう。
「……やっぱり変な奴だ」
「なんと! あっちにも、良さそうな物が!」
カゼマルは買い物に夢中で、俺の呟きは聞こえていなかった。
買い物に費やした時間。
約二時間ちょっと。
やっと終わった。
「たくさん買いましたね! ツルギさんの改造計画完了です!」
ユリは、『やりきりました私は最高の仕事をした!』と言わんばかりにドヤ顔をしている気がする。
「僕もです。これだけ買い貯めしておけば、暫くは困らないかな。珍しい物もたくさん買えたので良かったなぁ」
カゼマルも、『僕も最高の買い物をしました。満足です!』とそんな顔をしている気がする。
かくゆう俺も欲しい物は手に入ったし、満足している。
「……世話になった」
予定よりもだいぶ時間をくったが、得な買い物が出来たのは間違いないので、素直に礼を言っておく。
「いいえ。私達こそ、ツルギさんには命を救われました。もし、ツルギさんが居なかったらどうなっていたか。ほんの少ししか恩を返せてませんが、お役に立てたならば良かったです」
ユリが笑顔で言う。
「ツルギ殿。僕も精進します。今回の様な低たらくがないようにしっかりと鍛練頑張りますよ!」
カゼマルは俄然やる気満々そうだな。
「ツルギさんは、この後は宿に行くんですよね?」
「……ああ。もう夜になったから一泊して、明日の朝出発する」
「おじいちゃんが、宿場に話を通してくれてるので行ってみてください」
さっき荷台でシュウドウじいさんが、言ってたな。
「分かった」
「カゼマルさんはどうされるんですか?」
「僕は、もう少しこの町に留まってから都か、火炎剣神國に行こうかなと思ってます。もっとたくさんの剣に触れて己の強化と見聞を拡げる為に」
カゼマルは向上心がある。
もっと深く鍛練をすれば、強い剣士になれるだろう。
少なくとも、二年前の俺なんかよりも剣の才能に恵まれている。
「そうですか。それでは、ここでお別れですね。もしまたご縁があればお会いしましょう。この度は、助けて下さり本当に本当にありがとうございました!」
ユリは、深く深く頭を下げお礼を言った。
「……もし、また危なそうだったら助けてやる。じゃあな」
俺も世話になった人達は、無下にはしない。
本当に困っていたら、用心棒ぐらいは引き受けてもいい。
二人に挨拶して宿場の方へ足を向けた。
宿場へ行き、あらかじめ聞いていた所行くと話が通っていて、代金も前払いが済んでいた。
シュウドウじいさんが用意してくれた宿は、飯と風呂が付いたここら辺では一番立派な所だった。
野盗から助けた恩にしては、貰い過ぎている気がしないでもないが、ありがたく好意に甘えておく。
真っ直ぐ部屋に行き寛いでいると、程なくして豪勢な夕食が出された。
約二年振りに自分以外が作った飯だ。
思えば山籠り中は、ろくなもん食ってなかったな。
ほぼ、その日その日で狩った動物の丸焼きに、そこら辺に生えている草に、茸などを適当に汁物にした物。
何度か、毒草を食べて死にかけた事もあったっけ。
それに比べたら、天と地獄程の差がある。
でもまだ山を降りて、一日も経ってないのに、妙な懐かしさを感じてしまう。
暫く振りの人間らしい飯を食べた後。
「さて。今日もやりますかね」
生滅刀を片手に外に出る。
宿屋の裏側にある、林の奥まで進んだ。
ここなら、邪魔が入らないだろう。
「すぅ~ふぅ~」
濃い緑の香りがまざった空気を、胸いっぱいに吸い込み、長く吐いていく。
更に何度も同じ呼吸法をして、集中力を上げていく。
それが最高潮に達した所で、死剣眼を発動させる。
体感でそれを確認すると、生滅刀を振り始める。
体に染み込ませた通りに、一刀、一刀、集中して生滅刀を振り続ける。
これが、毎日やり続けてきた日課の工程。
ここにやって来たのは、今日の日課をやる為だ。
一日に素振り三万回。
それを、あの日から毎日サボらずやっている。
強くなる為に。
力をつける為に。
鍛練は嘘をつかなかった。やればやるだけ、きちんと俺の力となってくれた。
二年の時を経て俺の素振りは、あの時の俺よりも、また、じいちゃんのよりもその速度は格段に増していた。
日課を終わらせ、宿に戻り風呂に入り汗を流して布団に寝転がる。
目を瞑って今日あった出来事を思い出しては、明日からどうするかを考える。
これも、二年間毎日繰り返してきた事。
一日一日を無駄なく生きて、力を得るための日課の一つでもあった。
「明日は、都に向けて移動する。今何かが起きている都。そこに俺の刀を振るう相手がいる」
カゼマルの情報を聞いて、そいつがどんな立場の人間なのかがより分からなくなった。
でも、俺のやることは変わらない。
見つけ出して斬る事。
一つだけだ。
「じいちゃん。もう少しだけ待っててくれ。必ずそいつを斬って仇を取るからな」
決して衰えることのない復讐心を胸に、顔も知らないそいつを斬るイメージをしている内に、眠りについた。