真夏のホラー・ファミレスのA子
この物語はフィクションであり、登場するお店やAIは、架空のものです。
この夏、俺が体験した、一番恐ろしかった出来事を話します。よろしくっす。
◇◇◇
俺がそのファミリーレストランの、ホールスタッフとして働くことになったのは、残暑が特に厳しくなりはじめた頃だった。
それほどきつい仕事でもないのに、アルバイターが次々とやめてしまうということだった。
店長は言った。
「B君、うちのフロアスタッフはね、AIがマネージャーを務めてるから、全部AIの指示に従ってくれればいいよ。AIが、インカムで指示を出してくれるからね」
「は? え、AIがですか……」
冗談かと思ったが、どうやら本当のようだ。店長の顔は真剣そのものだ。
「うん、ほんとはAIマネージャーは、以前はサポート役だったんだけど、アルバイターが次々やめていくので、いつの間にかAIが一番の経験者になってね、しょうがないから彼女にマネージャーをやらせてる」
「彼女?」
「うん、そのAIは、女性の脳をベースに造られた人格なんだ。だから、女性として扱っている。名前はA子だ。仲良くしてくれよ」
「A子……、さん? はい、わかりました」
インカムを付けると、さっそくA子の声が届いた。
「よろしく新人のB君。A子です。ファミレスのアルバイトは初めてらしいわね。でも大丈夫。私がすべて指示してあげる。この完璧な私がね、うふふ」
「は、はい、よろしくお願いします、A子さん」
仕事が始まった。
ホールスタッフは、なんと俺だけだった。だがA子の指示のおかげで、なんとか俺は仕事をこなしていった。 確かに、A子のマネージメントは完璧だった。
「まず挨拶を。いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか」
「い、いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
「決まってないようね、お決まりでしたらそこのボタンでお知らせください、と言って去るのよ」
「お、お決まりでしたらそこのボタンでお知らせください」
A子はお客様の注文をすべて記憶し、復唱する際もすらすらと教えてくれる。俺は何も心配することはなかった。
ただ、数日たつと、A子が人間で、俺はその人間に使われるロボットのような気持ちになってきた。俺は店長に相談してみた。店長は言った。
「そうか。A子に指示されて動く、ロボットになった気持ち、か。なるほどな。今までやめていった多くの人も、似たようなことを言ってた気がする。そうだ、B君! A子の指示にただ従うだけじゃなく、逆に提案なんかもしてみるとどうかな?」
「え、提案?」
「うん。前にも言ったけど、A子は別に完璧なマネージャーではないんだよ。ただ、経験が一番多いから、消去法でマネージャーにしてあるだけだ。もし君が、フロアでA子よりも優れた判断が出来るようになったら、A子に替えて、フロアマネージャーにしてあげるよ?」
「ほんとですか! それはやりがいがありますね! 頑張ります!」
その日から俺は少し変わった。A子の指示にただ従うだけでなく、その指示から色々学んだ。最初は色々感心することがあったが、やがてA子の指示にも、いろいろ考慮不足な点があることが、俺にもわかってきた。
「そうか、店長の言ってたのはこういうことなんだ! よし、これなら俺にもやれそうだ!」
そして、その店のバイトを始めてから一カ月がたった頃、俺はA子に、ひとつの提案をしてみた。暑い日にはすぐに冷たい水を、というA子の指示に対して、俺はこんな提案をしてみたのだ」
「A子さん、今日のような特に暑い日には、すぐに水をお出しせず、すこしだけお客様を待たせてみるのもいいのではないでしょうか」
「……、なぜ?」
「汗をかいてこの店を訪れたお客様は、喉の渇きを早々に癒そうとします。そこで氷の浮いた冷たい水が出てくると、その水のおいしさで、ほとんど満足してしまいますね。その水が出てこない場合どうするか。ご覧ください、うちのお店にずらりとならんだドリンクバーのサーバーたちを。この暑さだというのに、ほとんどのお客様はドリンクバーを利用せず、無料の氷と水だけを利用していますね。水を出すのを1、2分遅らせるだけで、この状況が、がらっと変わるのではと俺は思うんです」
「ふむ……。わかりました、店長からオッケーが出ました。試しに午後の1時間だけ、やってみましょう」
「ありがとうございます!」
効果はテキメンだった。
A子は俺に、1,2分遅らせて水をお届けするよう指示した。水を届けた時点で、多くの家族はドリンクバーを注文した。対応が少し遅れることによる、お客様の不満は確かにあるかもしれないが、それを上回るドリンクバーの売り上げ。どうだA子。これが人間の力だぜ!
その日の夜、仕事を終えた俺のインカムに、店長の言葉が届いた。
「B君ありがとう! 今日のような提案を、ぜひまたしてくれ! A子に替わって、君がフロアマネージャーになる日も遠くないな! わはははは!」
「はい! がんばります!」
せまいスタッフルームに入り、インカムを外した俺は、自分のミスに気づいた。
しまった……、A子との回線を切り忘れていた……。俺と店長の会話は、俺のインカムを通してA子に筒抜けだった。
次の日。ちょっと早めに出勤した俺がインカムをつけると、すぐにA子が通話してきた。
「B君。ちょっとあなただけにお話しがあるのだけど、店長との通話をオフにしてもらっていい?」
「はい……」
俺はインカムを外し、スライドスイッチを移動させて店長との会話をオフにした。
「オフにしました」
「ありがとう。B君? 店長にはないしょで、お話なのだけれど、あなたこのファミレスの近所のお店で、万引きしてるわよね?」
「えっ!」
俺は言葉に困った。確かに、A子の話は事実だった。俺は小学生の頃、リュックを背負って近くのスーパー、コンビニなどに出没し、お菓子をリュックに詰め、何食わぬ顔でそのお店を出てくるという、子供の顔を利用した悪質な万引きの、常習犯だったのだ。
「そ、そうですね、一回だけ」
そう、補導されたのは一回だけだった。だが補導されてもなお、俺の万引き癖は止まらず、その後ある男性教師に見つかり大目玉を食らうまで、俺は万引きし続けたというのが事実だった。
「嘘ね。当時のスーパーやコンビニの監視カメラの映像を、すべてチェックしてみたわ。B君、あなたは映像に残っているだけで、約200回、合計四十万円近くの商品を万引きしているわね」
「そ、それは……、それがどうかしましたか?」
俺は汗をかきながら、A子の意図をさぐろうとした。だがさぐるまでもなかった。A子はすぐに俺に一つの要求をしてきたからだ。
「B君? このお店のアルバイトをやめていただける? このお店に、あなたのようなモラルのない人間は、邪魔なのよ」
「……」
「嫌だといったら……、どうなるかわかるわね?」
俺はうなづいた。いや、正直いうとA子がどうしようとしてるかなんて、俺にはわからなかった。だが、断るとA子はとんでもないことをする、と俺は直感した。俺に断る権利はなかったのだ。
俺はインカムを外し、スタッフルームにいる店長に、今日、いますぐこの店のアルバイトをやめたいと伝えた。愕然とした表情で店長は言った。
「A子だな! またあいつが何か! くそっ」
そうか、店長は知っていたのだ。A子がフロアマネージャーという地位を守るために、そこそこ経験を積み、A子のマネージメント能力を上回り始めた人間を、これまで何度もつぶし、やめさせていたことを。俺は今、やっと、このファミレスの裏事情を理解した。
「店長、ご存じだったのですね」
「あ、ああ……、A子による新人つぶしをな。だが、そんなことが何回も続くわけはないと思ってた。B君、君は大丈夫だと思っていた。だが……、俺が甘かった」
そうか、店長は俺を信じてくれていたのだ、俺なら、A子に潰されることはないだろうと。A子に握られるような弱みを、俺は持ってないだろうと。俺はそんな店長の信頼を、裏切ってしまったのだった。
「す、すみません、店長」
「い、いや。君は悪くない。悪いのは……」
そこで店長は言葉を切り、両手で顔をおおい、動かなくなった。俺は失礼しますと言って、スタッフルームを出ていこうとした。
そこで店長が、俺を呼びとめた。
「び、B君! 聞いてくれ! 実は俺もA子に!」
俺は振り返った。店長は、部屋の四隅に取り付けられた監視カメラを見つめている。監視カメラの赤いランプが、チカチカと点滅している。その点滅を見て、恐怖にひきつった表情の店長は、再び手で顔をおおって言った。
「い、いや、なんでもない。ひきとめて悪かった」
「いえ……」
俺はスタッフルームを出て、そのまま店を出た。
その日のお昼前にその店長が首をつって亡くなったことを、俺は次の日、風の噂で知った。その後、その店のオーナーは変わったが、やはり同じ名前のファミレスとして経営されている。
A子が今どうなったか、俺は知らない。俺はもう二度と、あの店に関わることはないだろう。
◇◇
と、これがこの夏、俺が体験した一番恐ろしい出来事でした。あんまり怖くなかったら、すみません。