拳は剣より強し?
ラザムの動きに集中すると、不思議と青年が次にどう動こうとしているのかが見える。
剣を振り上げ踏み込んでの大ぶりな一撃を、俺は軸をずらすようにして避ける。
「――ッ!?」
剣が空を切ったところでカウンターのパンチをラザムの顎に打ち込んだ。
「ゴハッ!?」
青年が膝から崩れ落ちかける。
が、踏みとどまった。
「テメェ……まぐれとはいえオレの顔を……」
悔しげに歯ぎしりするラザムに告げる。
「まぐれかどうか試してみろよ」
ラザムの表情が憤怒に変わり、下からの切り上げが放たれた。
上半身を後ろにそらせて避ける。切り上げたあとの隙だらけな脇腹を蹴る。
銀の鎧がベコッとひしゃげた。アルミホイルででもできてるのか? というくらいの感触だ。
「ぐああああああッ!」
ラザムは地面を転がった。先ほどキーコがされたののお返しだ。
キーコが声を上げる。
「ダイスケすごいよ! ただのすけべさんじゃなかったんだ!」
「うるへー! それが仇を討ってやった恩人にかける言葉かよ!」
地面にうつ伏せになったまま、ラザムは地面に拳を叩きつけた。
「ふ、ふざ、ふざけんな! なんなんだテメェは!」
「俺は女神の勇者様だ。一応、この世界の平和を守れと言われてる」
誰かから与えられた力で暴れるのは、ちとかっこ悪いと思っていたが……。
強いって超気持ちいい。
こっちも慣れない異世界だ。使えるものはなんだって使うべきだろう。
少なくとも、ラザムを放っておけば村がめちゃくちゃにされるのだから。
ラザムが立ち上がった。
生まれたての子鹿みたいに下半身をぷるぷるさせてるけど、それでも剣の切っ先は俺の喉元を狙っている。
「し、ししし死刑だ! 女神の名を汚すテメェは死刑にしてやる!」
「騙ってないんだけどな。お前が言ったことだろ。死んだら偽物なんだろ? 俺はこうしてピンピンしてるんだから本物ってわけ」
「黙れえええええええ! テメェみたいなわけのわからんやつに、聖騎士のオレが負けるわけがねぇんだ!」
再び地を蹴ったラザムは痩せ犬のように荒い呼吸で突きを放つ。
最初の一撃と比べても遅い。あくびが出るようだ。
上手くタイミングを合わせて、横に避けつつ剣の握り手を蹴る。
男の手から剣が跳ね上げられ、空中でプロペラよろしく回転すると地面に突き刺さった。
「そんな……バカな……」
俺とラザムの間にもう一人の聖騎士フィリルが割って入った。
「そこまでですわね。ラザム……あなたの負けですわ」
「…………」
青年は魂が抜けたように膝から崩れ落ちた。奇しくも俺にひざまずくような格好だ。
さらにフィリルも膝をつき俺に一礼する。
「大変なご無礼をどうかお許しください女神の勇者様」
力こそ正義とは言わないが、強いというのはなによりも説得力があるんだな。
「顔をあげてくれ……ええと、フィリル……さん?」
途端にキーコが俺に駆け寄って腕に抱きついてきた。
「ボクは呼び捨てなのに美人のお姉さんにはさん付けなの? やっぱりすけべじゃんダイスケ!」
言いながらぐいぐいとおっぱいをおしつけるんじゃない。柔らかけしからんやつめ。
「いや、なんかさ……貴族っぽいし。ほら、立ってフィリルさん」
少し間を置いてから、青いマントの聖騎士は頷くと立ち上がった。
「フィリルとお呼びください勇者様」
「その勇者様ってのも実はちょっとこそばゆいんだ。俺のことはダイスケでいいよ」
「わかりましたわダイスケ様」
様付けは変わらんか。
「で、こいつはそっちで処分とかしてくれるのか?」
「……それはええと……今回、わたくしたちは王宮の命によって神級魔物の調査に参りましたの。放置しておけば世界の平和を乱すこともありますから。どのような魔物か確認し、対処可能であれば倒すのが使命ですわ」
キーコが俺にくっつきながら言う。
「倒せない時は?」
「冒険者ギルドにその魔物の特攻属性を持つ人材を要請、派遣し、陣頭指揮にあたりますの」
「それじゃ正義の味方……ってのは言い過ぎだけど、少なくともこの国に住む人たちのために働いてるんだよな」
つい、敗北者……もといラザムに視線を向けてしまった。
なんでこんな凶暴なのが聖騎士やってるんだ?
「…………」
代わりにフィリルが口を開いた。
「聖騎士に必要な素養はいくつもありますけれど……強さは何にも増して重要視されますの。特に対人属性レベルに関しては、剣闘士出身のラザムは聖騎士の中でも五指に入る実力ですわ」
ラザムは強さのみで聖騎士になったような人間ってことか。
女神の加護を受けた俺なんかと出会ったのが運の尽きだな。
「そっか。で、調査対象のゴッドスライムはさっき言った通り、俺が倒してしまったんだが……あいつのいた洞窟に案内しようか? 俺じゃなくてキーコが」
「え? あ、うん、ダイスケがそうしたいならボクはいいけど?」
フィリルは首を左右に振った。
「それには及びませんわダイスケ様。聖騎士団の本部には、今回の一件をわたくしが責任をもって報告いたします」
「それって俺の事も話すんだよな?」
「そのつもりですけれど……むしろ、是非王宮にいらしてくださいませ」
これは快適生活のチャンスだな。
と思ったのだが、キーコが俺の腕にさらにぎゅっとしがみついて離れない。
「ダイスケ……都会に行っちゃうの?」
不安げだ。
俺はあくび混じりにフィリルに返す。
「そういうのはパスだな。王様と謁見とか無理だわ」
転生してすぐ死にかけた時に、望んだ安定が目の前にぶら下がっている。
けど、それって自由と等価交換だ。
「で、ですけれどッ!」
「できればゴッドスライムはいなかったってことにしておいてくれないか?」
「そうはまいりませんわ!」
「じゃあ、誰かが倒したあとだったってことにしてくれ」
「なぜですの? 神級魔物を倒した功績が無駄になってしまいましてよ?」
「誰かに褒められたくてやったんじゃないしな」
外に出るため、仕方なくというかなんというか。倒さなければ始まらなかったから、倒したまでた。
瞬間――
フィリルの頬に朱がさした。
「なんと尊いお考え……さすがですわダイスケ様」
「はぁ?」
「己の功績とせず万民のために尽くす……その心意気を、わたくしは汲むことすらできませんでしたわ。己を恥じるばかり……」
再びひざまずくとフィリルは頭を垂れたまま続けた。
「今回の事はすべて、わたくしにお任せくださいませ。そしてもし……王都にいらした時には、我がカーマイン家にいらしていただければ幸いですわ」
フィリルは小袋から紋章のレリーフが彫られた金の指輪を取り出して、俺の手に握らせた。
「なんか高そうだな。こんなのもらえないよ」
「どうかお納めくださいませ。もし旅をなさるのでしたら、その指輪とわたくしの名前を出せば、カーマイン家に連なる者として受け入れられますから」
フィリルは両手で俺の手をぎゅっと包む。
「わ、わかった。ありがとう」
「よかったですわ」
晴れ晴れとした笑みを浮かべる聖騎士の少女を、キーコがじっと睨みつけた。
「だ、ダイスケはすけべだから触ると危ないよ!」
「あら? そういうあなたはダイスケ様に密着なされていますけれど?」
「ぼ、ボクはいいの!」
「でしたら、わたくしも構いませんわよね」
「だめー! かえれかえれ!」
にらみ合うクマッ娘と騎士ッ娘に挟まれる中、ずっと放置されっぱなしのラザムが立ち上がった。
地面に刺さった剣を抜くと、鞘に納める。
「……次に会った時がテメェの最後だ」
「お互い、顔を合わせたくないもんだな」
ラザムは「先に行くぞ」とフィリルに言い残して、村の入り口に繋いでいた馬に跨がると去っていった。
フィリルも立ち上がり俺に一礼する。
「なあフィリルさん。ラザムみたいなやり方が聖騎士にとって普通のことなのか?」
「ラザムはあのやり方でのし上がってきたみたいですの。わたくしの部下になってからもずっとあの調子で……けれど、ダイスケ様にお灸を据えられましたわね。頭が冷えるまで、しばらく謹慎させますわ」
「そうか。ま、処分とかはフィリルさんに任せるよ」
青いマントを翻し、少女は「では、王都でまたお目にかかる日を心待ちにしていますわね!」と、騎乗して部下を追っていった。
キーコがその背中にあっかんべーをする。
「ダイスケは行かないからねー!」
「ふふふ♪ それはどうかしら? すべての道は王都に通じますもの」
パカラッパカラっと蹄の音を立てて、フィリアを乗せた芦毛の馬は遠のいていった。
「ばーかばーか!」
「おいおい、なんでそんなに怒ってるんだよ」
「だってダイスケ……キーコを助けてくれただけじゃなくて、じっちゃまも村のみんなもあのツンツンから守ってくれたから……」
ツンツン=ラザムの髪型か。
「ま、先に助けてくれたのはキーコなんだし、困った時はお互い様だろ?」
騒動が収まって村人たちが集まってきた。
村長らしきじいさまが声を上げる。
「今夜は女神の勇者様を歓迎する宴じゃああああ!」
「「「おおおおおおおおおおっ!」」」
村の広場に小さな歓声が湧きあがった。