対人特化
女神の祭壇から村に戻ると、中央の広場に人だかりができていた。
中心にいるのは銀の鎧に身を包んだ赤いマントの青年と、同じく銀鎧の少女だった。
二人の鎧には胸の部分に女神のレリーフが刻まれている。
鎧だけみればなんとも正義の味方のようだ。
青年の方は赤髪ツンツンで頬に刀傷があった。目つきは鋭く、磨き込まれた銀鎧が似合っていない。
あろうことか、青年は剣を抜き切っ先を老人に向けていた。
「ゴッドスライムはどこだ?」
「ひえぇ……し、知りませんぞ」
腰を抜かして老人はへなへなと地面にへたり込んだ。
その鼻先に剣の先端が向けられる。
「隠し立てするつもりか?」
剣を手にした青年の腕を、隣の少女が摑む。
「およしなさい。それでも聖騎士の端くれですか?」
凛々しい顔つきだが幼さの残る金髪碧眼の少女だった。髪は長いものを結っている。
こちらは鎧の意匠こそ同じだが、青いマントだ。
少女に掴まれた腕を振るって払い、男は見下すように告げた。
「チッ……こんな辺境でテメェなんざのお守りかよ。こっちはとっとと任務を終わらせて王都に戻りてぇんだ。邪魔すんな」
「わ、わたくしの方が階級は上でしてよ?」
「戦場で人も殺した事がねぇやつが、現場で偉そうな口叩くんじゃねぇよ」
「そ……それは……」
悔しそうに少女は下唇を噛んでうつむいた。
この世界の事はまだよくわからんが、男の方は現場のたたき上げで少女はまだ見習いなんだろう。
だが、階級は上というのだから、名家の生まれなのかもしれない。
「なあキーコ……おい……どうした?」
「じっちゃまを……いじめるなあああああああああ!」
大斧を手にキーコは駆けると騎士の青年に斬りかかった。
マジかよお前。
その一撃を青年は軽々避ける。
「なんだテメェは」
「ボクはキーコ! じっちゃまを傷つけるヤツはやっつける!」
騎士の青年は口元を緩ませる。
「威勢が良いな。オレはラザム。王宮から調査のために派遣された聖騎士だ。聖騎士に斬りかかったんだから、死刑でいいだろ」
騎士の青年――ラザムが剣を振るう。キーコは斧で受け止めたが、会えなく吹き飛ばされて俺の元まで転がった。
「ううう……」
たった一撃でキーコはフラフラだ。立ち上がろうとする膝がガクガクと笑っている。
「どうした? 掛かって来いよ? じじいを殺すぞ」
「やめろおおおお!」
と、向かおうとするキーコを俺は後ろから羽交い締めにした。
彼女に半ば引きずられる格好になる。
「待てキーコ! 止まれ! なんだかわからんがお前の太刀打ちできる相手じゃない!」
「放してダイスケ! じっちゃまを助けるんだ!」
どうやらこの聖騎士二名が村の先客だったようだ。
聖騎士ラザムの前に青いマントの少女が立ち塞がる。
「あなたのやり方には問題がありましてよ」
「問題なんかねぇだろ。知ってる情報を吐かなきゃ生きていようが死んでいようが、関係ねぇぜ」
「仮にも聖騎士たる者がなんということを……」
「なにが聖騎士だ……対人属性特化の殺人集団だろうが。良い子チャンぶってんじゃねぇよ。テメェも同類だろ?」
「クッ……」
羽交い締めにした俺を引きずり回し、灰色猪を一撃で仕留めたキーコ。そんな彼女を一撃で吹っ飛ばしたラザム。
それほどまで対人属性の熟練レベル補正は強烈なのか。
ラザムが猛禽類のような鋭い眼差しを俺に向けた。
「あとテメェ。邪魔すんならたたっ斬るぜ」
明確な殺意を向けられて、不思議と俺は臆することもなかった。
これも女神の加護だろうか。
いや……多分、自棄だ。やけっぱちだ。
平和な村に土足で踏み入って、住人を脅すばかりか役に立たないなら殺すだなんて……。
異世界がいかにバイオレンスに満ちあふれていたにしても、あんまりだ。
怒りを覚えた。
「そう言われると邪魔したくなるんだよな」
「ほぅ……オレは強いヤツとやれれば満足できるんだが……血の乾きを満たしてくれるのか? テメェの対人属性レベルはどんなもんだ?」
「そっちのレベルを教えてくれたら教えてやる」
「オレは基礎レベル65で対人属性レベルは58だ。フェリルは基礎レベル38で対人属性レベルは18ってとこだな」
「こっちはレベル……やっぱ秘密で」
「はぁ!? ふざけんじゃねぇ!」
「やってみなきゃわからん相手と戦う方が面白いだろ。それにこっちはスキルだってあるんだ」
キーコの前に出て俺は身構える。ラザムの眉尻が上がった。
「対人特攻の格闘術か……おもしろい」
「違うぞ! 俺のはスライム特攻格闘術だ!」
瞬間――
「テメェ……バカにしてんのか?」
ラザムの声が冷淡に訊く。同伴の聖騎士少女が俺に訴えた。
「な、なんですのそのふざけたスキルは? スライム属といえば打撃属性に耐性がありますのに、よりにもよって格闘術だなんて……」
ハズレスキル扱いである。
うーん。現時点で勝ち目無し。とはいえ放っておいてもキーコか彼女のじっちゃまが殺されかねない。
俺の背後でキーコが吼えた。
「ダイスケは関係ない! ボクと勝負だ!」
間を置いて少し回復したようだが、次のラザムの攻撃で彼女が無事でいられるとは限らない。
振り返ってじっと彼女の顔を見つめた。
「待てキーコ。ここは俺に任せてくれないか?」
「で、でも……」
「お前には助けてもらったんだ。借りは返す」
そう告げてから前を向く。
ラザムはこちらに切っ先を向け、剣を構えたまま微動だにしない。
「えーとだな……そっちのお嬢さんも聞いてくれ。実は俺、こう見えても女神ミーティアに使わされた勇者なんだよ」
幼女神はこの世界を救ったっていうし、信仰だってされてるんだし、レリーフの刻まれた鎧を身に纏う聖騎士とも敵対しているとは思えない。だから俺の話に訊く耳を持つはずだ。
いや、持て。持ってください頼むから。
ラザムの剣を降ろした。
「なんだと? 証拠を見せろ」
「ウィル……出て来てくれ」
限り無く存在感を薄くしていた光の精霊がポッと灯る。
「どうしましたダイスケ?」
「いやまあ、自己紹介をあの二人にしてくれないか」
俺が聖騎士二人を指さすと、光球はふわふわと二人の前に飛ぶ。
「私はウィル。ダイスケをサポートする精霊です」
これに青いマントの少女――たしかフェリルって呼ばれてたっけ。彼女が青い瞳をまん丸くさせた。
「光の精霊ですって!?」
「チッ……こんなもんまやかしだ」
ラザムの剣が空を斬りウィルに切っ先が触れると火花が散った。
「ウィルッ!?」
「こちらの方は大変危険な人物です。この場を離れることをおすすめします」
ビュンと音を立ててウィルが俺の背後に隠れる。
いきなり斬りつけられたのだから、まあ今回ばかりは仕方ない。俺も不用意だった。
「だいじょぶウィル?」
「安心してくださいキーコ。人間で言うところのかすり傷です。機能に支障はありません」
キーコばかりかウィルにまで斬りかかるとは……。
「聖騎士ってのは凶暴なんだな」
「テメェは女神の勇者を騙った。死刑でいいな」
「本当なんだけどな。さっきちょっと話に出てたゴッドスライムは俺が倒した」
「はぁッ!?」
「こっちの世界に呼ばれたのが、ちょうどそのスライムが蓋をしてる洞窟の中でさ……まあ色々あってスライム特攻格闘術を覚えたりしたわけ」
「ふざけんな! 神級魔物をたった独りで倒しただと?」
「嘘じゃないぞ」
聖騎士の少女がラザムに告げる。
「剣を納めなさいラザム。この青年の話は興味深いですわ。それに光の精霊を連れているのも……本物の勇者様かもしれませんし」
「うるせぇッ! こいつが勇者ならオレに殺されたりしねぇだろ。死んだらテメェは偽者だ」
あーもう無茶苦茶だよ。
こうなりゃウィルに神託モードで女神ミーティア様にご登場願うしか……いや、この世界で信仰されているミーティアと幼女神は姿が違いすぎる。
例え本物だとしても、聖騎士ラザムは偽者だと決めつけるだろう。
「じゃあ死ねよ」
再びラザムが剣を構えた。敵意はキーコやそのじっちゃまではなく、俺に注がれている。
「待った! 五秒だけ時間をくれないか?」
「五秒でなんか変わるのか?」
「えー……まあ、多分」
俺とて話合いで解決できるなら、それにこしたことはないと思う。
が、交渉決裂も視野に入れていた。
なにより勝算無しに戦ったりはしない。
「ウィル……ゴッドスライム撃破経験値はどれくらいだ?」
光球が俺の周囲をぐるりと回って飛んだ。
「ダイスケの獲得したスライム経験値は7724891ポイントです。これは獲得経験値上限を撤廃して神級魔物撃破ボーナスを50%アップした数値になります」
「そいつを全部、対人属性に変換してレベルアップさせてくれ」
女神から送られたスキル「ミーティアPAY」なら可能なはずだ。
スライムで稼いだ経験値を別の属性の経験値に変換する。
「人とスライムではかけ離れていますので、還元率は70%になりますがよろしいですか?」
「なんだよ100%じゃないのか。けどまあ、いいぞそれで」
「わかりました」
俺の身体が光に包まれる。
「ダイスケは基礎レベル88になりました。対人属性レベルは68です」
呆気にとられて一瞬、半口を開けたままぽかんとしたラザムに告げる。
「俺としてはあんまり人間相手にきったはったはしたくないんだが……それ以上、この村で暴れるっていうなら相手になるぜ」
「チッ……どうせハッタリ! まやかしだろうが!」
ラザムが俺に向かって斬りかかってくる。
ならばこちらも受けて立つまでだ。