この世界の理(システム)
純真な眼差しで一心に見つめるキーコと、それに耐えられなくなりそうな幼女神。厚い信仰心をそのまな板のような胸で受け止めるがいい。
「ねえねえミーティア様? どうして? どうして?」
迫る度にキーコの胸がゆっさり揺れる。
それを苦々しそうに見つめながら、幼女神は呟いた。
「あっ……おっきい……チッ」
女神が舌打ちすんのやめなされ。
「どしたのミーティア様?」
「ななななーんでもないですよぉ? うーんとですねぇ……ダイスケはどう思いますぅ?」
あげくこっちに丸投げかよ。
まあ、適当にでっち上げておくか。
「ミーティアは世界を救うのに力を使いすぎて、縮んだんだよ」
クマ耳をピコピコさせてキーコが感嘆の息を吐く。
「はえぇ……そっかぁ」
納得するの早ッ。で、幼女神はというと。
「本当はね……あんまり言いたくなかったんです。ほら、あたしはどうなっても構わないんですよ。けど、この事実が広まると世界であたしを信仰してる人たちが、罪の意識を感じちゃうでしょ? この平和は女神様の犠牲の上になりたってる……みたいな」
今作ったばかりの俺の設定をフル活用する女神のクズぅ!
キーコは瞳に涙を浮かべた。
「すごいね! とってもとっても優しいね! ボクずっとミーティア様にお祈りしててよかった!」
「ふふん♪ あたしくらいの神格になると、奥ゆかしさがにじみ出て神徳がマッハのストップ高なんですよねぇ。あー、またあたしなにかしちゃいました?」
テヘペロ顔しながらこちらに親指立てて「でかした!」みたいな目配せやめろ。
「良いこと聞いたから、村のみんなにも教えてあげなきゃ!」
瞬間――ミーティアに電流走る。
『たすけてください。女神は今、ピンチです。真実をばらまかれては威厳を保てません』
厳かな口振りで情けないことをいちいち心に語りかけるんじゃねぇ。
「待てキーコ。この事は俺とミーティアとキーコだけの秘密にしよう」
ガクガクガクとミーティアがぎこちなく三回首を縦に振った。
「え? どーして?」
「言っただろ。みんなが女神様に罪悪感を持つかもしれないって」
「ボクがちゃんと説明するよ!」
「その説明を受けた村の人が、町で話を広めたとして、今度はその町で別の人から別の人に話が広まるとする」
「うんうん」
「で、途中で誰かが勘違いして女神様は実は男の娘だったとか、ロリババアとか、色々と足されたりしたらもう、しっちゃかめっちゃかになるだろ。そこまで責任持てないよな」
キーコはハッと目を丸くした。
「そっか。うん。ボクが浅はかだった。ちゃんと責任持てないのに、噂を立てて結果、みんなを騙すようなことはしちゃだめだよね女神様!」
ミーティアは再び余裕の笑みを浮かべた。
「大変良い心がけですキーコ」
俺は祭壇の女神像をじっと見つめた。
「あら? なにか言いたいことでもあるんですかぁ?」
「神様って罪悪感とか無いんだな」
『バラさないでくださいお願いしますぅ。なんでもしますからぁ!』
心の声が半泣きどころか全泣き涙声だ。
本当に世界を救ったことがあるのかよクソ雑魚メンタル幼女神。
「貸しにしておくぞ」
「あ、あははははぁ♪ それじゃ誤解も解けたし、あたしはこの辺で」
すうぅっと幼女神の姿が透けていく。
「いや待て。ちょっと確認したいことがあんだけど、勇者ってなんだ?」
「おお勇者ダイスケよ。この世界は今の所比較的平和だから、そこそこ人助けでもしながら旅をするのがオススメですぅ。そのうちどこか住みやすいところに家でも買って、農地開拓したり料理したり女の子と仲良くして……あれっ……神託の伝播が……ちょっと伝播弱いみたいで……ごめんあそばせぇ~!」
ブツンと昔のブラウン管テレビを消したみたいにミーティアの姿は消えてしまった。
「言われなくてもそうしてやるよ!」
そのための女神から授かった特別なパワー……なのだが、問題は中途半端に意味不明な俺の能力だ。
キーコがぽかんとした表情のまま立ち尽くす。
「女神様消えちゃったね」
「逃げたな……たぶん」
ずっと女神の姿を投影していたウィルが点滅した。
「神託モードを終了しました」
「もう一回呼び出せ」
「ミーティア様からの神託は、現在、伝播の届かない場所にある、または神格が切られているため繋がりません」
「神格をオンオフしてんじゃねぇ! それとウィル……森に出る前にゴッドスライムとかいう魔物を倒したよな? なんで猪に勝てないんだ?」
するとウィルではなくキーコが、ちょんちょんと俺のほっぺたを指でつついた。
「ダイスケはバカなのか?」
「は?」
「スライムと猪じゃ全然違うじゃん」
「そりゃまあ、動物と軟体不定形なんじゃ違うっちゃ違うけど」
言われてみれば俺が洞窟でグリーンスライム狩りをしていた時、経験値に枕詞というか、なんかついてたんだよな。
スライム属……とかなんとか。
で、スライムばっかり素手で倒していたんで、
「キーコは森で木こりと狩りしてるから、樹木属魔物レベルと獣魔属魔物レベルが高いんだよ?」
「それってつまり……熟練度みたいなものか?」
「うんうん! そんな感じ。基礎レベルが高くても戦う相手を知らなきゃ力が出せないって、町の冒険者ギルドの受付の人が言ってたよ」
で、キーコはそこで自分の能力を診断なりなんなりしてもらって把握しているってわけか。
「じゃあスキルってのは?」
「あるよ! 鮭特攻スキル。森に入る前は、川でバシバシ獲ってたから。今も鮭が上ってきたらつかまえて、塩漬けにして干しておくの!」
道理で……。
俺はウィルを空中でパシッとつかまえた。
「この世界の理について、もう少し詳しく訊かせてもらおうか?」
「は、はい。解りましたダイスケ」
結論だけ言うと、この世界では基礎レベルと熟練レベルが別れており、基本的には倒した相手の属性ごとに熟練レベルが上がるらしい。
いくらスライムを倒すのが得意でも、猪はまた別のレベルとしてカウントするのだ。
ようやくキーコの言ったことが理解できた。
オリンピックで金メダルを取った100メートルの短距離走者が、水泳の自由形でワールドレコードを出せるとは限らない。
もちろん世界レベルのアスリートなのだから、素人よりはできるだろう。ここらへんは基礎レベルの領域だ。
だが、それぞれの競技の専門家であれば、たとえば砲丸投げの筋肉ムキムキな選手であっても、卓球歴80年のじいさまの方が卓球という競技では強かったりするのである。
つまりここは、俺が一番面倒くせぇって思う「細分化されすぎててよくわからんことになっている」世界だったのだ。
最初の100%OFFチケット……あの場では使うしかなかったんだが……もうちょっと使う相手を選ぶべきだったかもしれない。