やっとるな幼女神様
キーコの暮らすカカ村に到着した。すぐにキーコが村人を呼んで、灰色猪を引き取ってもらった。
「なんだべキーコも彼氏ができたんかね?」
「ちがうよー勇者様だよー!」
「そっかそっか。若いもん同士仲良くな」
「おじちゃんのすけべー!」
「すけべは悪いこっちゃないよー? で、にーちゃんどうだい? キーコは良い子だろ?」
「あ、ああ。色々と親切にしてもらって助かったよ」
「だろだろぉ? んじゃ、猪はこっちで引き取るんでよ。王都から来たお客さんたちにふるまうごちそうにぴったりだわ」
「よろしくねー!」
なるほど。キーコの口癖はこの村のおじさん連中が由来だったのか。
とまあ、こんな感じでよそ者にもかかわらず、俺は警戒すらされなかった。
たぶん「キーコが連れて来た人間だから」なんだろう。
で、もう一つ気づいたことがあった。
キーコは熊のケモミミがついていたのだが、この村の他の住人たちは俺と同じく普通の人間だったのである。
「ケモミミはお前だけなのかキーコ?」
「そだよ? けど、みんなボクに良くしてくれるんだ」
のどかな村だな。
川縁に畑があり、小さな家々が身を寄せ合うようにしている。
まあ、実際に暮らすには不便そうだけど。
キーコに村の奥まで案内される。
小さな林の中に、これまた小さな祭壇があった。祭壇にはリンゴが二つお供えされている。
祭壇の上には白い大理石製の美少女フィギュアが置かれていた。
かなり出来が良い。スラリとした足と小さな顔に大きなおっぱい。くびれた腰つきは艶めかしくすらある。
両手を差し伸べるように広げる聖女の像は、柔和な表情を浮かべていた。
キーコは手を組んで像に祈る。
「ミーティア様ミーティア様。キーコは今日も元気だよ。明日も良いことがありますように……ほら! ダイスケは勇者様でしょ? ちゃんとお祈りしなくちゃ」
「は? 誰に?」
「誰ってミーティア様だよ!」
俺は美少女フィギュアを指さした。
よくよく見れば、確かにその髪型や服装は幼女神と似ている。
が、違う。サイズ感がなにもかも違うのだ。
「これのどこがミーティアなんだよ?」
「全部だよ! ミーティア様の両手は困っている人を助けるために広げられてて、おっぱいは世界を愛で包み込む包容力と豊穣の証なんだから。あとセクシーダイナマイトでクールでセレブなの!」
※お使いの異世界言語翻スキル(パッシブ)は正しく機能しています。
と、確認できる機能の実装が待たれる。
「俺をここに送った女神はこんな八頭身美少女じゃなかったぞ」
「えっ!? そうなの?」
キーコが目をまん丸くした。
「どう見ても別人……いや別女神だ。そうだよなウィル?」
呼びかけると、俺の背後に浮いていた光球が前に回り込んできた。
「すみません。よく解りませんでした」
「解るだろぉ? 本当は解ってんだろぉ?」
ウィルの発する光が青白くなる。
「お前って嘘がつけないんだな。光の色で感情がダダ漏れするなんて可愛いところがあるじゃないか」
「ありがとうございます!」
ウィルがピンク色に発光した。いや、そういう意味で可愛いって言ったんじゃねぇよ。
キーコは色が変わるウィルをつんつんと指でつつく。
「ふしぎ~!」
「いけません。そこは……ああっ!」
ピンクの光が明滅し、その感覚が狭まっていく。
「変な声を上げるな。ったく。しかしこうなると俺を転生させたのが、ミーティアなのかもちょっと疑問だぞ」
クマッ娘が俺を見上げた。
「なんでなんで?」
「この世界じゃミーティアってボインボインでバイーンなんだろ」
「そだよ! 交易の護衛で町にも行ったことあるけど、もっとおっきな神殿があって、ミーティア様はもっともーっとおっきいから」
両腕を広げて丸いものを下から支えるようなポーズをとって、ミーティアはフンフンと鼻息を荒くした。
「なあウィルよ……これはあくまで俺の推論なんだが……」
「なんですかダイスケ?」
若干震え声なのに草も生えない。
「盛ったろ……お前のご主人様」
「あ、あわわわわわ」
狼狽え方がわかりやすいッ!
キーコが「もった?」と、俺に疑問の眼差しを投げかける。
「よーし、今日は女神の敬虔なる信徒たるキーコに、とっておきの秘密を教えてやるぞ」
「なになにー! おしえて勇者様!」
「女神ミーティアは本当は十歳にも満たない少女というか幼女の姿をしてるんだ」
「え? だって……え?」
俺の顔と女神像の間を、キーコの視線が行き来した。
「ぜんぜん違うじゃん?」
「なあウィルよ。俺は女神ミーティアに使わされたんだよな」
「はい。そうですねダイスケ」
「俺はミーティアに直接会ってるよな」
「は、はい。そうですねダイスケ」
「会った俺が言うんだから間違いないよな?」
「すみません。もう勘弁してください」
ついにウィルに泣きが入った。当方に謎の達成感あり。
キーコに向き直って告げる。
「この世界を救ったミーティアは、自分の容姿について『盛った』んだよ。あいつ女神なのにどんだけだよ。別に幼女の姿でもいいじゃねーか。ありのままの姿でもちゃんと世界を救ったんなら受け入れられるだろ見栄っ張りめ」
「じゃあじゃあボクは女神様の本当の姿を知らないで、ずっとお祈りしてたの?」
俺ではなくキーコはウィルに迫った。
「ええええええとっとととととくぁwせdrftgyふじこlp」
「バグんな精霊」
キーコは気落ちしたように耳をぺたんと伏せてしまった。
「このままだと、楽しくお祈りできないよぉ」
瞬間――
「神託モードを起動します」
ウィルがひときわ強く発光すると、立体映像が投射された。
幼女神が姿を現す。
「うわわあああ! ウィルからなんかでたよ!?」
「出たな確かに」
目を伏せていた幼女神がゆっくりと見開いてキーコを見つめた。
「あたしの可愛いファン……じゃなくて信徒のキーコよ。今、あなたの心に直接語りかけています」
しょげていたクマッ娘が胸に手を当て清々しい表情を浮かべた。
「すごいよ! 今、ボクね! 女神様の声を心で感じてるんだ!」
「なあキーコ……残念だが俺にも聞こえてるんだよ そ の 声 が」
強調のための倒置法である。一瞬、幼女神が「チッ」と舌打ちした。
咳払いを挟んで女神は告げる。
「キーコだけでなく、ダイスケの心にも語りかけてるんですぅ」
「なら別に心に語りかけなくても普通に喋ればいいだろ」
「ほ、他の村人とかに聞かれたら困ると思ったんですけどぉ?」
「誰もおらんぞ」
村人たちはみな、農作業やらキーコの狩ってきた灰色猪の解体に忙しいようだ。
キーコが両手をバタバタさせる。
「けどでもほら! すごい! 女神様だよきっと! 光ってるし!」
光を纏った姿は神々しい。というと語弊があるな。こいつ本体が降臨しているのではない。証拠に、俺が手をかざして光源から光を遮ると、幼女神の姿が半分歪んでしまった。
「うわああああああ! 女神様がああああああ!」
俺が光源にかざした手を引っ込めると、幼女神ミーティアの姿は元通りだ。
「さすが女神様、復活したよ! すごいなぁ」
幼女神はニッコリ微笑んだ。
「あたりまえでしょ。女神ですもの。これでキーコも、あたしが女神だとわかりましたね? 明日からも楽しくお祈りしていいですからね」
「え、えっと……けど……」
キーコは白い大理石の女神像と幼女神の姿を見比べた。
そして――
「どうしてミーティア様の姿が違うの?」
幼女神の笑顔が引きつった。
「え、えっとですねぇ……そのぉ……」
幼女神がチラッチラッと、俺に視線を送る。いや、助けを求めるなよお前発進のトラブルだろうに。
「盛ったんだよな?」
幼女神は首をブルブルと左右に振った。
「え? ぜーんぜん。知りませんけどぉ。盛ってませんー自然体ですぅ。特になにもしてませんからぁ」
目が泳いでるぞ幼女神。
こいつ……やっとるな。
と、その時――
『なんとかしてくださいお願いします』
幼女神は俺の心に直接語りかけてきた。できるんかい。