総天然系熊娘
「んじゃ村までれっつだごー!」
キーコは首を落とした猪の後ろ足を引っ張りながら歩き出す。
頭の方はグロいので見ないようにした。
「て、て、手伝おうか?」
「ダイスケ優しいね。んじゃ、頭の方持って」
「ごめん無理。せめて足の方でお願いします」
「ダイスケって都会育ち?」
足を止めて、キーコは目をくりくりっとさせた。
「ん? ええとまぁ……そうだな」
こことは違う世界から来たなんて、言って信じてもらえるだろうか。
「そっかぁ。今、村に来てる人たちの仲間かな?」
「えーと……多分、違うと思う」
話を合わせるべきか迷ったが、助けてくれた恩人に嘘は吐きたくない。
が、隠し事はする。訊かれなかったから言わない戦術は、ウィルの専売特許ではないのだ。
と、そこへウィルがふわふわと熊耳娘の顔の前に回り込んだ。
「ダイスケは女神ミーティア様によって異世界からやってきました。転生しましたが厳密に言えばこの世界の人間ではありません」
「お、おいウィル! お、お前なぁ! いきなりバラすやつがあるか!?」
キーコは首を傾げる。
「うーんと……えっと……よその国から来たの?」
ウィルを黙らせようにも、口というか発声器官がどこなのかもわからない。
両手で摑むと俺の手の中で明滅しながら、ウィルは続けた。
「外国ではなく別の世界から、この世界を救うために降り立った勇者様です」
「わあ! キーコは勇者様を助けたんだぁ。我ながらやるなぁ」
自慢げに胸を張って揺らしてどんぶらこ。波打つ胸の谷間に吸い込まれそうだ。
って、ちょっと待てコラ!
「おいウィル。このまま水の中にで浸してやろうか?」
「どうしましたダイスケ?」
「どうもこうもあるか! なんで俺が世界を救う勇者なんだよ?」
「女神ミーティア様の加護を受けるとは、そういうことです」
あの幼女神……たしか別れ際に『この能力を活用できる異世界に転生させる』みたいなことを言ってたよな。
活躍=勇者ってことかよ!?
キーコが灰色猪の足から手を離すと、俺の手を包むように握った。
「勇者様! 握手してください!」
「いやもうしてるじゃねぇか」
「あ! 本当だ!」
言いながら彼女はぶんぶんと手を上下に揺すった。
「な、なぁキーコ……女神ってそんなに有名なのか?」
「うん! ボクの村にも小さいけど女神様の祠があるんだ」
ウィルが俺の手の中でピカピカ点滅した。
「この世界はかつてミーティア様によって救われました」
「あいつが救った……だと?」
メスガキ……もとい幼女神に人々の信仰を集めるようなカリスマというか神性なんて感じなかった。
むしろダメ人間というかダ女神の臭いすら漂っていたぞ。
「何かの間違いだろ」
するとキーコがムッと眉尻を上げた。
「ダイスケはミーティア様を信じないの?」
「あいつのうっかりミスで死んだらしいからな」
自分の死についての記憶は曖昧だが、原因が幼女神だというのは不思議と確信していた。
「じゃあキーコが助けた分でチャラにしよ? ね?」
「どうしてお前がそこまで女神の肩を持つんだよ」
キーコは伏し目がちになった。
「村長のじっちゃまがね、キーコが良い子にしてたら、いつか女神様が願いを叶えてくれるって教えてくれたから」
「願い……ねぇ。あいつに願いを叶えてもらうと、代償は計り知れんぞ」
「でもでも、キーコは良い子だから安心だし!」
「俺は悪い子ですかー!?」
「なにかあったからここにいるんでしょ!?」
「ぐっ……気の利いた反論が思い浮かばん」
「ふっはっはっは!」
高笑いとともに少女は胸を張る。ぶるるん! と、またしても勢いが凄まじい。
こいつが女神になにをお願いしたいのだろう。
「で……どんな願いなんだ?」
「お? 訊いてくれるかねダイスケベ」
「わざと間違えてるだろ」
「うん! だってダイスケ、ボクのおっぱい好きみたいだし」
「そりゃあ俺はさ、男だよ。揺れれば気になるよ!」
「正直なすけべーだなーもー」
もーじゃねぇよ牛かよ。あーもう、そんなお胸に誰がした。
「別に言いたくなきゃいいけど」
「待って待って言うよ! 言うから! ボクね、親無しなんだ。村長に拾われたんだよね」
「そりゃあ……その、悪かった」
「なんでダイスケが謝るの?」
「いや、なんとなく」
キーコは腰の辺りに手を当てて頬を膨らませる。
「なんとなくで謝られるとなんかムカつく! 謝罪を要求するよ!」
「なんで謝ったことを咎められて謝らねばならんのだ!」
「えーと、なんでかな?」
こいつ無茶苦茶だよ。俺はがっちり摑んだ手中の精霊に確認した。
「言葉は通じてるようだが翻訳とかちゃんと出来てるんだろうな。キーコと時々噛み合わないのは、キーコが変なのか? 俺の言葉が変なのか? どっちだ?」
「すみません。よく解りませんでした」
あーもうそれ便利ぃ。無敵ワードやめて。
俺はキーコに向き直った。
「じゃあ、キーコはご両親に会いたいんだな」
「うん!」
「どうして自分を捨てたのか問い詰めたあと復讐なんてしないだろうな」
キーコは両手で口元を隠すようにした。
「えっ!? ダイスケってどんなにすさんだ生活を送ってきたの?」
「哀れむような目で見るな。まあ、ならいいんだ。家族に会いたいって思うのは自然な感情だと思う。けど、女神頼みはやめておけ。なんやらかんやら押しつけられるかもしれないからな」
「ダイスケって勇者様なのに女神様を信用できないの?」
「信用ならん! あと俺は勇者じゃねぇから!」
崖っぷちにかけた手の指を一本一本外していくタイプの女神でさえなければ、信じられたよ俺だって。
「なんだかダイスケとおしゃべりするのは楽しいね。続きは村でゆっくり話そっか? じゃ、手伝って!」
「お、おう。そうだなそうしよう」
手の中に閉じ込めたウィルを仮釈放する。
「自由とは素晴らしいですねダイスケ」
「イヤミかお前」
「率直な感想です」
俺の周囲を光球はふわふわとクラゲのように漂った。
「んじゃ行くよーダイスケベ!」
「へいへい……スケベスケベ」
「いじけちゃった?」
「いや、面倒になっただけだ」
キーコと並んで猪の後ろ足を持ち引っ張ってみた。
「わお! ダイスケ見た目よりも力あるね」
「ここに来るまで鍛えたからな」
洞窟育ちの促成栽培な筋肉に感謝である。
三十分ほどで森を抜けると、川縁の平野に集落が見えた。
ようやく人心地がつけそうだ。