便利なものがたくさんあると逆に不便になる
「うっかり死なせちゃってごめんあそばせぇ」
綿飴みたいなふわふわのピンク髪の幼女が俺を見上げて言う。
辺り一面見渡す限りの雲海だ。
ダンテの神曲に出てくる地獄の門みたいなやつが目の前にそびえるほかは、何も無い。
「死なせたって……俺、死んだのか?」
「そうですよ。だから女神のあたしが好きな能力をプレゼントして、復活させてあげるんです。どんな能力がいいですか?」
「訊くってことは、こっちの希望に添ってくれるわけか。なんでもいいんだな?」
「ええまあ、女神ですから結構色々できるっていうかぁ……あたしこれでも結構すごいんです」
幼女は胸を張る。
「名前はなんていうんだ?」
「ミーティアですけど」
「俺は徳田大助だ」
「知ってますぅ。っていうか担当女神なんですからあたりまえじゃないですかぁ」
なんかムカツクなこいつ。
とはいえ、これが悪い夢だとしても、このままずーっと雲の平野に立っているわけにもいくまい。
幼女は瞳をぱちくりさせた。
「で、どうしたいですか?」
「別になにも……」
「それだと仕事を完了できなくて、あたしが困るんですけどぉ? ここは一つ、人助けならぬ神助けのつもりで、なにか願ってよぉ!」
幼女は両腕を振り上げて、俺の胸をぽかぽか叩く。
「わかった。ちょっと考えさせてくれ」
さて、なんでも一つ願いを叶えてくれるらしいが、人には分相応ってものがある。
瞬間移動なんかは満員電車もスルーできるし便利そうだな。
いやいや、すごいパワーは手に余る。最悪、どこかの国に捕まって解剖されたりするかもしれない。
ささやかな便利さ。たとえばパケ代が永久無料で5Gも使い放題とか。
俺は上着のポケットからスマホを取り出した。
必ずレアガチャ引けるっていうのは……と、思ったところで気がついた。
電子マネー系のアプリが乱立しているのだ。いつの間にやら増えすぎだろまったく。
「じゃあポイントを全部まとめて出し入れできるようにしてくれ」
「はい?」
「なんか最近、bポイントだの∀Uポイントだの樂天だのTaoPaiPayだのってさ、色々と増えすぎてんだよ」
「はぁ……」
「ポイントもらうのにいちいちアプリを切り替えるのも面倒だしさ。あとキャッシュレスで還元とかも、クレジットカードだとたまったポイントをそのまま使えなくて、いちいち丁ポイントとかにしなきゃいけないんだよ」
「うぅんとぉ……」
「わかってる?」
「も、もちろんわかってますけどぉ? 馬鹿にしないでくれます?」
涙目で幼女は俺を睨みつけた。これ、理解できてないんじゃないか。俺だってよくわからんのだ。
「他にも飛行機のマイレージとかもまとめられるか?」
「はいはいできます! できますよ! まいるですね知ってますからぁ」
目が泳いでるぞ幼女神。
「あとは1000人に1人無料とかのアレ。当たった試しがないんだよな。それとポイントの重複ゲットもよくわからん。なんか俺だけ損してる気がしてくるんだ」
幼女は腕組みをした。
「ふむふむ。大変ですねぇ」
こいつ多分わかってないわ。
「還元率20%なのに上限が1000円とかさ、微妙すぎない? 上限撤廃して欲しい」
「あー、そうですねいいと思いますぅ」
「シェア伸ばしたいからバラ巻いてるんだろうけど、期間が過ぎると還元率も最大5%とかになってさぁ」
「お、怒らないでくださいよぉ」
「怒ってないけど最大ってなんだよ! 場合によっては1%未満ってこともあり得るわけだろ?」
幼女は大きく頷いた。
「つまり、常に最大値……ってことですねぇ」
訂正しよう。こいつ絶対わかってないわ。
「ほ、ほかにご要望はありますかぁ? そのポイントがなんたらとかじゃなくて、超強くなるとかでも……あ、も、もちろんできますよポイント! あたしは詳しいんですから」
嘘をつくなよ神様だろ。こいつがどこまで去勢を張り続けられるのか、むしろ興味が出て来た。
「あるぞ。特に困るのが期間限定ポイントってやつだ。やたらともらえるけど、使える店やサービスが決まっててさ。使わないうちに消滅しちゃうだろ。あと買い物した時にレシートと一緒に出てくるサービス券な。うちの近所にない焼き肉チェーン店のクーポンなんていらねぇんだよ! 使えるクーポンにしろ!」
「なるほどぉ……ですよねぇ……」
「損した気持ちになるから、期間限定ポイントは永久不滅にしてほしい。クーポンもどこでも使えるようにしてくれ……って、いや、まあ無理ならいいけど」
「い、いけます! 全然いけます! むしろやりましょうやっちゃいましょうよぉ」
声が震えてるけど大丈夫か本当に。
「じゃあ、それでお願いするわ」
幼女が口を尖らせ伏し目がちになった。
「それってどれです? もっと具体的に言ってください」
「全部わかったんじゃないのかよ?」
「わ、わかってますよぉ! わかった上で最終確認してるんです!」
俺は深呼吸してから咳払いを挟む。
「全部のサービスを一元化してポイントも即使えるようにしつつ、全てのポイントを重複して獲得できて、当たり付きは当選確実になり、どのサービスの還元ポイントも還元率は最大固定で、期間限定ポイントは無期限に使えてクーポンも使えるようにする……だ」
「かしこまー!」
瞬間、俺の身体が金色の光に包まれた。スマホの画面に変化が起こる。各社のアプリアイコンが一つに重なって「ミーティアPAY」に統合された。
「おお、本当にできるとは」
「こう見えても優秀な首席女神ですからぁ」
幼女神も満足げだ。
「けどさ、こういうのって使い方がわからんのだが」
さすがにこのアプリについて知っている検索サイトはないだろう。
「それなら安心ですよぉ。ちゃんと使い方とか教えてくれるよう案内精霊を入れておきましたからぁ」
「案内……精霊?」
「困ったら訊けば説明とかしてくれますぅ」
「おお、AIコンシェルジュみたいなもんだな」
これなら一安心だ。
「じゃあ、生き返らせてくれ」
「ではこの能力が活用できる異世界にて復活してもらいますね」
「はいぃ?」
なに言ってんのコイツ。
と、思った瞬間、目の前の巨大な門が開いた。突風が吹き荒れ俺の身体を門の中へと押し込もうとする。
向こう側に広がっているのは、宇宙のような光景だ。暗い中に星々が瞬く……ってちょっと待て。
「待て待て待て待て! 異世界ってなんだよ!」
「現世ではもう死んでますからぁ。徳田大助さんの世界では、死んだ人間は基本的に甦ることってないんですよねぇ。復活したら神様になっちゃうようなマナ濃度ですしぃ」
この突風をものともせず幼女神は目を細めた。
俺の身体だけがずりずりと扉に引きずり込まれる。
「い、嫌だ! 俺は俺がいた世界に戻りたい! ってかそれ用の願いだろうに!」
なんとか門の扉にしがみつく。まるで崖っぷちにぶら下がるみたいな格好だ。
「あ、もう願いはちゃんと叶えたから変更できないですよぉ」
言いながら、幼女は俺が扉に引っかけた手の指を、一本ずつ外し始めた。
「やめろおおおおおお! 鬼! 悪魔! 幼女!」
「女神ですけどぉ」
人差し指、中指、薬指が幼女の手で外されたその時――
俺の身体は門の中へと“落ちて”いった。
門の向こうで幼女が「じゃあがんばってくださいねぇ」と笑顔で手を振る。
そして扉は閉じて、俺は宇宙空間みたいな謎の世界を漂った。
ああ、もう終わりだ。
異世界に5Gの通信インフラがあるわけないよな……。