3.白井玲子
白井玲子は17歳。彼女は細身の体系だ。手足はすらりと伸びており、セミロングの髪型をしている。常に落ち着いた表情をしており、切れ長の目が美しい。
中学二年の終了時に、玲子は日本からオーストリアのウィーンに転校した。それからずっと、ウィーンに住んでいる。
ウィーンに来てから一年と経たずに、知人の勧めで彼女は、音楽ホールでピアノ・リサイタルを開催した。
もちろん彼女は、オーストリアドイツ語が堪能なわけではない。日本語でさえ、あまり話さない。彼女は、どちらかといえば無口な性格だった。
しかし、音楽は世界共通の言語である。人種や文化の違いに関係ない。ましてや年齢や国籍にも関係ない。その世界共通の言語である音楽で、彼女は観客の心を虜にし、ファンを少しずつ獲得してきた。
そして彼女は十七歳にして、アメリカでもリサイタルを開催することになった。
真美が玲子と待ち合わせた店は、ダウンタウンの東にあるアンティークな喫茶店だった。
真美が店に入ると、懐かしい顔の女性が手を振って合図した。玲子だ。三年ぶりだが中学の頃の面影がある。切れ長の目で細身の体系だ。すぐに真美は玲子の座るテーブルへ行った。
「玲子、久しぶりだね」
「本当に懐かしいわ。真美にロスアンゼルスで会えるなんて、まさに奇跡よ」
真美と玲子は中学二年のとき以来の再会だ。二人とも、積もる話が沢山あった。
真美がホットミルクを注文すると、すでに注文済の玲子のもとに、ウィンナー・コーヒーが運ばれてきた。
ウィンナー・コーヒーの甘苦い香りのなか、玲子が話し始めた。
「真美が私のキャッシュカードを盗んだ犯人を捕まえたと知ったときは、びっくりしたわ」
玲子は眼を輝かせている。真美と出会えた奇跡に興奮していた。
「玲子は、どこで盗まれたの?」
「多分、交差点で信号が青になるのを待っているときだと思う。後で盗られたのに気づいて驚いたわ。バッグの隅が刃物で切られていたのよ」
「それじゃあ、キャッシュカードだけでなく、財布ごと盗られたんだね」
「そう。現金は戻って来ない。でもパスポートは無事だったわ。不幸中の幸いね」
「確かに、パスポートが無事だったのは幸いだね。無くしたらリサイタルどころじゃなくなるからね」
真美があいづちをうった。
一般に、海外でパスポートを失くすと、警察署へ行き紛失証明書を発行してもらった後で、大使館へ行き、パスポートの再発行、もしくは渡航書を発行してもらう必要がある。大変な時間がかかり、一日ではできないため、旅行の日程が大幅に狂うことになる。
「ところで玲子は、どこでリサイタルをするの?」
「明日と明後日に、ウォルト・ディズニー・コンサートホールの中ホールで午後六時から開催するわ。時間があれば見にきてね」
「明日は練習なので行けないけど、明後日は決勝戦なので、それが終わったら見に行くよ」
「ありがとう。真美が来てくれると張り合いが出るわ」
それから二人は、途切れていた時間を補うように、三年前から今までのことを報告し合った。
二人ともお互いの成長に驚いた。真美はアンダー20とアンダー18の日本代表選手に選ばれた。玲子は十七歳にしてリサイタルをオーストリアやアメリカで開催している。二人は話題にこと欠かなかった。
やがて、店のマスターが、子供たちのピアノ演奏の時間になった旨の連絡をした。そして、楽しそうなピアノの音が聞こえてきた。
この店は子供たちがピアノを演奏できる店のようだ。だから玲子は、この店を待ち合わせとして選んだのだろう。
お客の多くは、親子連れ、または子供たちだ。但し一人だけ中年の男性が一人でテーブルに座っている。おそらく彼は食事をするために店に入っただけだろう。この店の様子に気づき、少し戸惑っているようだ。
真美が壁の貼り紙を見ると、誰でも一人あたり十分間だけピアノを演奏できるようだ。
子供たちが一生懸命にピアノを演奏している姿を見て、玲子は思わず微笑んだ。
「玲子は昔からピアノが好きだね」
「そうね。特に子供たちがピアノを演奏する姿は可愛い。この子たちが大きくなったとき、どんな曲を演奏するのかを想像するのが楽しみよ」
玲子の笑顔に影響され、真美も思わず笑顔になった。
やがて十分が経過し、演奏者が替わった。
今度の演奏者は七歳の女の子だ。曲は『きらきら星』だった。今度の子供は緊張しているのか、よく演奏を間違える。伴奏もおぼつかない。
すると突然、
「やめろ、やめろ。下手なピアノは耳障りだ!」
と、奥のテーブルにいた中年の男性が怒鳴り散らした。
演奏していた子供は思わず演奏を中断した。怯えて泣きそうな顔をしている。
すぐに店のマスターが出てきた。
「お客様、ここは子供たちがのびのびとピアノを演奏できる場所です。お気にめさなくとも、しばらく我慢願います」
すると中年男性が、更に不快な顔になった。
「不味い飯を食わせたうえに、ひどい曲を無理やり聞かせるのか!」
男は、いちだんと声を荒げた。
思わず真美が立ち上がり、中年男性に抗議をしようとした。だが、その前に玲子が立ち上がり、中年男性に向かって、
「あなたは音楽をわかっていない。あの子は、あと十分もあればすごく成長する」
と、抗議した。普段は大人しい玲子だが、ときとして激しい闘志を見せることがある。
玲子の発言に中年男性は一瞬戸惑ったが、すぐに不気味な笑いを見せた。
「この俺に音楽をわかっていないだと? 無礼なやつだ。よし、十分間与える。十分後に俺が納得する演奏をあの子ができない場合は、お嬢さんに俺の食事代を払ってもらうぞ。いいな!」
男は玲子にすごんで見せた。
「いいわよ。その代わり、十分後、あの子が著しい成長をみせたら、ちゃんと謝るのよ」
そういい放ち、玲子はピアノのところに行った。
女の子は怯えていた。手足がガクガク震えている。泣き出す寸前だった。
玲子は直ぐに女の子を優しく抱き締めた。
「大丈夫。あなたがピアノを愛しているならば、ピアノはきっと応えてくれる」
少女は泣きたいほど怯えていたが、玲子から抱きしめられると、心が幾分か落ち着き、手足の震えが止まった。そして、玲子の優しい言葉を聞き、かなり落ち着きを取り戻したようだ。
「私は玲子。あなたの名前は?」
少女を抱き締めながら玲子が尋ねた。
「セルシア…」少女がたどたどしく答えた。
「セルシアちゃん、あなたはきっと上手に弾ける。私を信じて」
「うん…」セルシアは不安げに頷いた。
「それじゃあ、まずは立ってごらん」
玲子が励ますように言い、セルシアは立ち上がった。
すると玲子は、素早く椅子の位置と高さを調整した。そしてセルシアに座るよう、うながした。
「これがあなたのベストポジションよ。覚えていてね」
セルシアが座ってみると、さっきよりも演奏しやすくなったことに気づいた。
不思議な感覚だった。それだけでもセルシアは玲子を信用した。
ピアノ演奏で注意すべきことのひとつとして、椅子の位置と高さがある。これが演奏者に合わないと演奏しづらい。先ほどの演奏で玲子は、椅子の位置と高さが合っていないことに気づいたのだ。
次に玲子はセルシアに優しく語りかけた。
「次は曲のイメージをしてね。きらきら星はどんな感じ?」
「明るい」
すぐにセルシアが答えた。
「きらきら星が見えたら、セルシアはどう感じる?」
「多分楽しい」
「そうね。明るいきらきら星を、私と一緒に楽しんで見ている姿を想像してごらん」
「うん」
セルシアは徐々に緊張がとれていった。
「きらきら星はこんなに明るく、見ていると楽しいよって、みんなにピアノで伝えよう」
「うん」
「それじゃあ、最初セルシアは、主旋律だけを演奏してね。伴奏は私がする。間違っても気にしないで先に進むのよ。二人で楽しもう!」
「うん」
不思議なことに、玲子と話すうちにセルシアは緊張がほぐれていた。返事に力強さがあった。
それから玲子とセルシアが演奏を始めた。セルシアは主旋律だけを演奏しているので、ほとんど間違えない。そして間違えても、気にせず演奏を続けている。
その主旋律をフォローするのが玲子だ。玲子が片手で低音部を演奏し、伴奏をしている。
すると、さっきまでの曲とは全く違う雰囲気に替わった。玲子が伴奏をするだけで、この曲が美しく、楽しく彩られる。
思わず観客が驚き、そして演奏曲を楽しんだ。
さっきまで怒鳴っていた客も、思わず黙り込み、曲を聴いている。それほど、この伴奏は素晴らしいものだった。
二分ほど経過し、演奏が終わった。
すると、玲子がセルシアの右側に移動した。今度は玲子が主旋律を演奏し、セルシアが伴奏を演奏した。玲子には何か作戦があるようだ。
今度は伴奏だけなので、セルシアは全く間違えない。しかも、先ほどの玲子の伴奏を学んだかのように、心地よい音を響かせている。
玲子はといえば、今度は伴奏がもっとも美しく聞こえるように、主旋律を微妙に調整して弾いている。絶妙なさじ加減だ。玲子の主旋律が控えめなので、伴奏がきわだっているように聞こえる。
しかも、セルシアと玲子は、お互いに微笑みながら演奏している。二人とも楽しそうだ。
やがて演奏が終わった。残り時間は三分だ。
「セルシア、今度は両手で演奏してごらん。大丈夫。楽しんで演奏すれば、きっとうまくいく」
「うん」
セルシアが大きく深呼吸し、両手の指を鍵盤に置いた。
もちろん玲子はピアノに触れない。玲子はセルシアの後ろに立ち、両手でセルシアの肩を軽く触れた。
すると、セルシアは、玲子から暖かいものを感じた。そして玲子の両手から肩を通して全身へ、暖かい何かが流れ込んでくるのを感じた。
その暖かい何かは、セルシアの全身を循環した。
(全身が暖かくなった。肩が軽い。心が気持ちいい)
セルシアはリラックスした。そしてセルシアが演奏を開始した。
すると、今回の演奏は、セルシアが最初に演奏したときとは比べ物にならないほどの、明るく楽しいものに変わっていた。
セルシアは、楽しみながら演奏している。緊張がないので、指の動きが滑らかだ。
セルシアが明るいきらきら星を玲子と一緒に眺めている。二人とも楽しんでいる。
観客にはそんなイメージが伝わった。
やがて観客も、明るいきらきら星を見ているかのように思えてきた。すごくきれいな星の海だ。まるで星の海を散歩しているかのように、すごく楽しい。
観客は演奏を聴きながら、星の海の散歩を楽しんだ。
演奏が終わったとき、信じられないほどの大きな拍手が鳴り響いた。全ての観客が拍手している。
セルシアは、この状況が信じられなかった。
「セルシア、あなたへの拍手よ。応えてあげて」
セルシアは立ち上がり、観客にお辞儀した。そして、玲子に抱きついた。
「お姉さん、ありがとう。すごく楽しかった」
満面の笑顔を見せ、さらに、
「お姉さんのおかげで、私はピアノがますます好きになったわ。私は今日のことを忘れない。一生忘れない」
セルシアの表情は喜びに満ちていた。中年男性から怒鳴られたときと全く違う。
さきほど玲子は、セルシアに対しピアノの技術は全く教えていない。だが、ピアノを演奏する際の、もっとも大切なことを教えた。
『曲をイメージすること。そのイメージをピアノで観客に伝えること。そして、楽しんで演奏すること』だ。
拍手が鳴りやんだ後、中年男性がやってきて、セルシアに深々と頭を下げた。
「お嬢ちゃん、さっきは怒鳴ったりしてすまない。許してくれ」
そして玲子に向かって
「あなたは素晴らしいピアノ指導者だ。私は、子供が持つ無限の可能性を知らされた。ありがとう」
そういって中年の男性は、自分で勘定を済ませて店から退出した。
真美の座っているテーブルに玲子が戻ってきた。
「すごいよ。玲子」
真美は興奮していた。そして玲子を尊敬した。
仮にあのとき、真美が、あの男性に抗議をしても、あの男性は納得せず、セルシアは怯えたままだっただろう。最悪の場合、セルシアが二度とピアノを演奏しなくなったかもしれない。
だが、玲子は、子供の持つ無限の可能性を、身をもって、あの男性に理解させ、男性を反省させた。しかも、それだけでなく、セルシアにピアノの楽しさを教えた。演奏の喜びを与えた。いや、セルシアだけでなく、全ての観客にも、ピアノ演奏の楽しさを教えたし喜びを与えた。それは、真美には到底真似ができないことだった。
(やっぱり玲子はすごいなぁ)
真美は、玲子の素晴らしさを改めて知った。
だが、それからが大変だった。多くの子供たちが「玲子姉さんからピアノを教わりたい」と言い出したのである。
(ピアノを教えるのは構わないが、それでは真美と話す時間が無くなる。三年ぶりに会えたのに…)
玲子は困ってしまった。
玲子のテーブルに集まる子供たちが余りにも多いため、店のマスターが正式に、子供たちへのピアノ指導を玲子にお願いした。
「私のことは気にしなくていいので、教えてあげなよ」
真美が玲子の背中を押した。
「ありがとう真美。それじゃあ三十分だけ」
と言い、子供たちと一緒にピアノのある場所に向かった。
子供たちは大喜びだ。
最初に玲子は、子供たちの前でピアノを演奏するにあたって大切なことを説明した。
だが、子供たちの前で玲子が説明したことは、『曲をイメージすること、聴く人に何を伝えたいかを真剣に考えること、そして、演奏を楽しむこと』それだけだった。
そして玲子は、
「一人ずつ一緒にピアノを弾きます。自分の番でない人は、私と一緒に歌ってね」
と告げ、子供たちと一緒にピアノを演奏しながら歌った。
玲子のピアノ演奏は、演奏する子供のレベルにあわせて、片手で弾く場合もあれば両手で弾く場合もある。多くの音色を出す場合もあれば、あまり音色を出さない場合もある。
そして、教えるというよりも、子供たちと一緒に演奏を楽しんでいた。
自分の演奏の番でない子供たちは、玲子の歌声や伴奏に合わせて、一緒に歌っている。まるで、この店がパーティー会場に変わったかのようだ。演奏している子もしていない子も、すごく楽しい顔をしていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。結局、玲子は一時間かけて、子供たちと演奏した。
演奏を終えて玲子が店をでるとき、
「玲子姉さん、ありがとう」
子供たちが一斉に感謝した。
いつもは、子供たちはお互いに相手を知らない関係だった。だが、玲子のおかげで、子供たちはお互いの名前を知り、互いの演奏を聴き、その演奏で歌う友達になった。
「玲子お姉さんは、明日と明後日の午後六時から、ウォルト・ディズニー・コンサートホールの中ホールで、ピアノ・リサイタルを開催するよ。興味がある人は聴きにきてね!」
すかさず真美が子供たちに告げた。
すると、店のマスターをはじめとして、子供たちや、その親が驚いた。
「行く。絶対に聴きに行く」
セルシアが真っ先にいった。
「僕も行くよ」
「私も行くわ」
多くの子供たちが聴きに行くと約束した。なかには「家族全員で聴きに行きます」という親もいた。
やがて、多くの子供たちに見送られながら、玲子と真美は店を後にした。
音楽は世界共通の言語だ。
肌の色や年齢、出身地に関係なく、全ての人に歌い手や演奏者の思いを伝えることができる。そして、友達になるきっかけをつくってくれる。それが音楽の素晴らしさだ。
玲子はこの店に来て、多くの友達をつくった。そしてその友達は、これから玲子に大きな力を与えてくれるだろう。
「真美、ごめんね。私のために時間を無駄にしてしまって」
店の外に出た後、玲子が謝った。
「そんなことないよ。玲子の凄さを改めて知ったよ。私には到底真似できない。それに、無駄な時間じゃなかったし、楽しかったよ」
「ありがとう」
そう言った後、玲子は、
「今日は真美と一緒に、アスコット・ヒルズ・パークで夕陽を見たかったの。でも、もうすぐ日が暮れる。間に合わないので、またの機会にするわ」
と、残念な表情を見せた。
アスコット・ヒルズ・パークはロスアンゼルスの東側にあり、夕陽が美しく見える穴場スポットだ。だが、もうすぐ日が暮れる時間だった。
「大丈夫。急いで行けばまだ間に合うよ」
そういうと真美は、道を走っているタクシーを止めた。
二人でタクシーに乗り込み、真美が、
「アスコット・ヒルズ・パークまで、大急ぎで!」と告げた。
タクシーはノース・ソト・ストリートを走り、やがて、パークの入口に着いた。
だが、まもなく日が沈もうとしている。夕日を眺めるには、丘の上まで歩いて登らなければならない。とても間に合いそうにない。
「諦めなければ、まだ間に合う」
タクシーを降りると、真美は玲子の手をとって走り出した。
「えっ?」
玲子は真美に引かれながら走りだした。
それと同時に、玲子は昔を思い出した。
玲子が小学三年生のときの運動会の記憶だった。
百メートル競争で、玲子は転んでしまい、足を引きずりながらどんじりを走っていた。
とても恥ずかしかった。そして心細かった。
そのとき、一位になった真美が私の所まで走ってきて、手をさしのべた。
「一緒に走ろう」
思わず手を繋ぎ、一緒に走った。
嬉しかった。真美の優しさが心に染みてきた。不思議と足の痛みを感じなくなった。
(あぁ、あのときと同じ感覚だ。懐かしい)
成績優秀だった玲子は、運動が苦手で友達がいなかった。それにひきかえ真美は、成績こそ悪いが、運動が得意で、友達も多かった。
(真美は太陽だ。いつも周りを明るくする)
玲子はそう思う。
だが、パークの上り坂を一緒に走っている途中で、玲子は疲れきってしまった。
玲子は元々運動が得意ではない。当然、体力も無かった。
「ハア、ハア、ごめん、もう走れない。ハア、ハア」
玲子は立ち止まり、激しく息継ぎをした。
「私の肩につかまって」
そういうと真美は、なんと玲子を背負って駆けだした。
人一人を背負っているとは思えないスピードで、真美はグングン丘を登って行く。
(そうだった。真美は昔から、あきらめが悪い子だった)
真美に背負われながら、玲子はまた昔を思い出した。
中学二年のときだった。
クラスで学園祭の出し物として音楽喫茶をしようと決めたとき、職員会議で却下された。却下の理由も告げられず、ただやめるように命令された。
そのとき実行委員だった真美は、職員会議の決定に納得できなかった。そこで、クラスのみんなに協力をたのみ、クラス全員で職員室に乗り込んだ。俗にいう集団交渉だ。職員室の中は、クラスの生徒三十五人で埋め尽くされた。
ひとつ間違えれば退学になるかもしれないのに、真美は怯えることなく教頭先生に抗議した。そして最終的に学園祭の出し物として音楽喫茶を認めてもらった。
真美に背負われながら、心地良い思い出が走馬灯のように通り過ぎてゆく。
玲子は幸せな気分だった。
「着いた!」
なんと、真美は玲子を背負ったまま、丘の上まで一気に駆け上がったのだ。
まさに地平線に夕日が沈もうとしていた。
夕陽で公園の草木が金色に輝いている。沈みゆく太陽の左側にダウンタウンの景色も見える。
「玲子、夕陽が綺麗だよ」
「本当、綺麗」
玲子は夕焼けの美しさに感動していた。そして、ためらいがちに、
「真美、もう少しこのまま、真美に背負われていたい。真美の温もりを感じていたい」
そう言うと玲子は、真美の真横に顔を持っていった。
二人はしばらく無言で、夕陽を眺めていた。
黄金色に染まる景色が、とても美しかった。
白井玲子の魅力はどうでしたか?
彼女はこれからも、ときどき現れて奇跡を起こします。
次はいよいよ決勝戦です。