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ランナー真美の願い  作者: でこぽん
10/12

10.ラスベガス・マラソン2

 いよいよスタートの時間が来た。合図のピストルが号砲をあげる。


 走者が一斉にスタートする。

 真美は、早速先頭に躍り出た。ぐんぐん二位以下を引き離す。


「真美、慌てないで、先はまだ長いわ。三千メートル走と違うのよ」

 ルーシーが真後ろから教えてくれた。


「あっ。そうか。そうだった…」

 真美は、気を取り直してルーシーと並走した。


 ラスベガス・マラソンは、スタート地点から一マイルほどはラスベガス通りを南下する。途中からは右手にバリハイ・ゴルフクラブのコースが見えてくる。


「大きなゴルフコースだなぁー」

 そう思いながら真美は、ひたむきに南へと走っていた。


 だが、ゴルフクラブのコースを過ぎた辺あたりで折り返しとなる。真美は、折り返しのことを知らない。しかも、真美は英語がわからない。まっすぐに南下し続けた。


 警備員が真美に戻るように告げた。だが、この辺りはロックンロールの音楽が鳴り響いており、真美にはよく聞こえない。


 真美がコースから外れたので、ルーシーが慌てて真美に駆け寄った。真美の肩を掴み、

「真美、折り返しよ。今度は北に走るのよ」


 真美にはルーシーの言葉が聞こえなかったが、表情やしぐさ、他の選手が後ろにいないことに気づき、

「あっ、ごめん。そうか。折り返しか。ルーシー、教えてくれてありがとう」

 そう言ってUターンした。


 真美とルーシーは、せっかく先頭だったが、五十メートル分ほど損をしてしまった。


 真美は、いい加減な性格だ。そしてルーシーは、人一倍のお人好しだった。

 普通、コースを間違った選手のために、自分もコースを外れて間違いを教えてくれる選手はいない。


 危なっかしい真美の様子を見るとルーシーは、何故だかわからないが、真美をサポートする必要があると感じていた。自分の記録よりも、真美のことを大切に思っていた。


「真美、私の横を走って! ゴール手前まで私と一緒に走りなさい」

 ルーシーのしぐさや表情から、真美には彼女の言うことが、なんとなく理解できた。


「そうか。私はコースがわからない。また間違えるかもしれない。ルーシーと一緒に走ろう」


 真美とルーシーは、黙々と一緒に走った。

 二人で次々と前を走る選手たちを追い抜いて行った。やがて、十五キロの地点を通過していた。


 気がつくと、真美とルーシーは、また先頭に返り咲いていた。


 テレビ放送には、真美とルーシーの胸に書かれてある『児童養護施設に寄付金を』の文字が映っている。テレビを見た人は、二人の姿がアップされるたびに、この文字が目に入った。



 ここからは、スマーティンルキング通りを北上することになる。徐々に辺りが暗くなってきた。それと共に、街のネオンが輝きだしてきた。


 ルーシーと真美は、相変わらず先頭を走っている。


 だんだん暗くなってきた。これでは募金のメッセージが読みづらくなる。

 メッセージを蛍光塗料で書けば良かったと真美は思った。


 真美はだんだんと息苦しくなってきた。


 無理もない。真美は元々(もともと)マラソン選手では無い。三千メートル走の選手だ。既に、その六倍近く走っている。


「真美、施設の子供たちのためにも頑張って」

 ルーシーが真美の応援をした。


 やがて、真美とルーシーは、二十キロメートル地点を通過した。ここからは、真美が走った経験が無い距離である。


 真美の顔が苦悶の表情に変わってきた。息継ぎも荒々しい。


「真美、頑張って!」

 何度もルーシーに励まされ、真美は懸命に走った。



 このとき、真美の友達の白井玲子は、音楽隊の一員として、沿道でキーボードを演奏していた。

 実は白井玲子は、ロスアンゼルスでピアノ・リサイタルをした後、ラスベガスでウィーン交響楽団の一員としてコンサートに参加していた。

 そして彼女は、ラスベガス・マラソンの音楽隊に誘われたのである。


 もちろん玲子は、真美がラスベガス・マラソン大会に出場することを知らない。

 だが、沿道に備え付けられたモニターに先頭を走る走者が映し出されたとき、玲子は思わず、我が目を疑った。


「真美だ。真美が走っている」


 モニターに映った真美は、苦しそうな表情をしている。そして真美のユニフォームには、「児童養護施設に寄付金を」と英語で書かれている。

 その情報だけで、玲子には真美の行動が想像できた。


(おそらく真美は、経営が苦しい児童養護施設を救おうとしている。真美のことだ。ラスベガスで施設の子供と仲良くなったのだろう。そして、何らかの理由で、児童養護施設の経営が苦しいことを知ったのだろう)

 玲子の推理は、まさに真美の行動を言い当てていた。


(真美を助けなければ…)

 すぐに玲子は行動を起こした。


「団長、次の曲は、ベートーベンの『熱情』を演奏させてください。お願いします」

 玲子は深々と頭を下げた。


 音楽隊の団長は、日頃大人しい玲子が、こんなにも自分の意思を表明するのを初めて見た。


「玲子さんが曲を指定するのには、何か深い理由があるようですね…」

 そういうと団長は、

「わかりました。次の曲はベートーベンの『熱情』にします」と、玲子の願いをかなえた。


 玲子が属する音楽隊は、交響楽団のメンバーで構成されている。もっとも、コントラバスの奏者はエレキギターを弾き、打楽器の奏者はドラムを叩いている。そしてピアノ奏者の玲子はキーボードを演奏している。だからこの音楽隊は、クラッシック音楽は手慣れたものだった。


 音楽隊のメンバーが『熱情』を演奏した。凄い迫力だ。エレキギターやドラムの音で、ロック調の『熱情』となっており、すさまじい熱気が伝わってくる。特にキーボードの玲子の演奏は圧巻だった。

 まるで怒涛のごとく旋律が鳴り響く。まさにランナーを元気づける演奏だった。


 このとき真美は、初めて走るフルマラソンに疲労困憊だった。すると、突然、真美の耳にベートーベンの『熱情』が聞こえてきた。


(この旋律の響かせ方は…?)


 真美は一瞬、我が耳を疑った。キーボードの旋律がどこからか聞こえてくる。だが、近くに演奏している音楽隊はいない。しかし、確実に真美の耳に届いている。いや、真美の心に直接響いていると言った方が正しい。そして、その旋律は真美に活力を与えた。


(この旋律の響かせ方は玲子だ。玲子が何処からか応援している。間違いない)

 真美は確信した。


(力がみなぎるようだ。疲れがどこかへ消えてゆく)

 真美は元気を取り戻した。満身創痍の走りだったのが、いつの間にか、しっかりした足取りに変わった。真美は、沿道で応援する人たちの前を、力強く駆け抜けた。


 旋律がだんだん大きく聞こえだした。それと共に、沿道に音楽隊の姿が見えてきた。


(あの中に玲子がいる。玲子がキーボードを演奏しているはずだ)

 真美は音楽隊を通り過ぎるとき、一瞬、横を見た。


 セミロングで黒髪の女性が、額に汗をにじませながらキーボードを演奏していた。ほんの一瞬だけ、目と目が合った。その目は真美に「頑張れ!」とうったえていた。


(いた。やはり玲子だ)

 真美は、さらに力が湧いてきた。


 不思議なことに、玲子のいる音楽隊を通り過ぎても、まだ玲子の旋律が真美の耳に届いているようだ。玲子の旋律が聞こえている間、真美は力強く走り続けた。



 その頃、施設では、広間でみんながテレビを見ていた。ラスベガス・マラソンがテレビで放送されていた。


「先頭を走る日本人の女の子は施設に寄付をしてくれたのよ。みんなのために学用品を買ってほしいと言っていたわ」

 アベリィがみんなに真美を説明した。


 しかも、真美の胸には『児童養護施設に寄付金を』と書いてある。

 アベリィは、真美の心を理解した。


「ありがとう。真美」


「あのお姉さん、昨日と今朝と食堂で見た」


「そういえばダニーやサムと話していたな」

 みんなが真美のことを覚えていた。


 ダニーとヘレンは「真美、頑張れ!」と、大声で応援した。


 サムは、テレビを見て不思議な感情をいだいていた。先頭を走っているのは、今朝、自分と約束した体の小さな女性だった。


「あんな小さな体格の真美が、僕より低い身長なのに先頭を走っている。誰よりも苦しそうな表情をしているのに、走り続けている」

 サムが立ち上がった。


「あの先頭を走る真美のおかげで、昨日の夕食から僕たちの食事の量が増えたんだよ。みんなで応援しよう!」


「えっ。そうだったの?」

 みんなが尋ねた。


「そうだよ。真美が頑張ってくれたから僕たちは昨日から空腹にならなくなった。そして真美は、『児童養護施設に寄付金を』と呼びかけて走っている。今でも僕たちのことを助けてくれている」


 ダニーも立ち上がった。


「真美、頑張れ!」

 施設のみんなは真美を応援した。


 大きな声が施設に響いた。こんな大きな声が響いたのは、この施設では初めてだった。

 今までは、みんな元気が無かった。子供たちも施設で働く大人たちも、希望を失っていた。

 どんなに頑張っても良い未来は来やしないと、諦めていた。卑屈になっていた。立派な服を着て美味しい物を食べている人を見ると、うらやましくて仕方なかった。


 だが、真美の決して諦めない姿を見ているうちに、みんなは感じるものがあった。


「今まで僕たちは、あんなに一生懸命に生きたことが無かった。僕たちも懸命に頑張れば、きっと明るい未来が来るはずだ」

 みんなの心に希望の光が灯った。



 この頃から児童養護施設に、少しずつ電話がかかってきだした。


 アベリィが電話にでると、寄付の申し出だった。寄付してくれた人は一様に、

「テレビを見ていたら児童養護施設に寄付することを思いついた」と、語っていた。


(真美、ありがとう。あなたのおかげよ)

 アベリィは、心の中で真美に感謝した。



 その頃、真美たちが滞在していたホテルでは、空港に行くためのバスに、みんなが乗り込もうとしていた。


「篠原がいないな。どうした?」

 井口コーチは、また篠原真美がいないので、頭を悩ませていた。


「あのー。篠原さんは、直接空港に行くと言って、既にチェックアウトしました。私が篠原さんの荷物を預かっています」

 佐々木かおりが井口コーチに説明した。


「あいつ。空港で間に合わなかったら、日本に帰れなくなるのだぞ」

 そう言いながら井口コーチは、篠原のスマートフォンへ連絡を試みた。だが、真美のスマートフォンは電源が切ってある。仕方がないので、コールバックするように伝言だけ残した。だが、井口コーチは不安を抱いた。


「篠原のことだ。おそらく空港でも待ち合わせに遅れるだろう。いや、あいつは必ず遅れる。遅れるに決まっている。俺は、あいつの行動パターンを良く知っている。間違いない。このままだと、あいつは日本に帰れなくなる」

 井口コーチは、日本に帰ったら管理責任者として非難されることを確信し、頭を抱かかえた。



 その頃、篠原真美は、三十キロメートル地点を通過していた。

 真美は、両足が激しく痛み出した。膝の関節も痛いし、足首も痛い。さらには、筋肉も張っていた。


(足が悲鳴をあげている。まもなく、筋肉に痙攣が起こるだろう)

 真美は、今までの体験から、自分の足が、もうすぐ持たなくなることを知っていた。

 それでも真美は、ルーシーに励まされ、玲子が奏でる旋律に励まされ、そして沿道の人たちに励まされ、走り続けた。


 薄れゆく意識の中で、ケンの声が心に届いた。


「真美、頑張れ。児童養護施設の子供たちが、皆で真美を応援している。ダニーやヘレン、そしてサムまでが、テレビに映っている真美を懸命に応援している。施設長のアビリィさんも応援しているよ」


(そうだ。私はサムと約束した。必ず優勝すると。私が優勝すればサムは年下の子供に優しくすると約束してくれた。ここで倒れる訳にはいかない)

 懸命に走り続けた。


「真美、児童養護施設への寄付金の電話が少しずつ増えてきた。真美の胸に書かれているメッセージが功を奏した」

 ケンの声が再び心に届いた。


(私のメッセージは、無駄じゃなかった。メッセージを読んでもらうためにも、先頭を走らなきゃ)

 真美は、疲れ切った体に鞭打って、走り続けた。満身創痍の状態で走り続けた。



 再びラスベガス通りを走った。今度は南に向けて走っている。ストリップ地区のネオンライトが眩しく輝いている。『昼間よりも明るいのでは?』と思うほどの煌めきだった。



 かおりたちアンダー20の日本選手団はラスベガス空港、正式名称マッカラン国際空港に到着した。


 かおりが告げた真美との待ち合わせ場所に、井口コーチは大急ぎで行った。だが、井口コーチの予想どおり、真美はいなかった。


「篠原の奴……」


 何気なく待合室のテレビを見た。


「えっ?」

 井口コーチは驚きのあまり、開いた口が塞がらなかった。

 なんとテレビには、ラスベガス・マラソンが生番組で放送されていた。しかも、先頭を走っているのは、篠原真美だ。


「あのバカ、あんなところで走ってやがる…」

 井口コーチは、すぐさま佐々木かおりに、

「篠原を迎えに行ってくる」

 と告げ、急いでタクシー乗り場へ向かった。


 タクシーに乗り込み、「ストリップ地区へ」と告げた。


「ラスベガス・マラソンのゴール地点は何処ですか」

 井口コーチが運転手に尋ねた。


「ゴールはミラージュホテル前ですよ」

 運転手がそう答えると、

「そこに急いで行ってくれ。信号無視しても交通違反になっても、人さへ轢かなければ構わない」

 と、乱暴な運転を指示した。



 真美は、四十キロメートルを過ぎた。ゴールまで、あとわずかだ。


 真美は、足の痛みに苦しんでいた。一歩一歩の走りが、すさまじい痛みを真美に告げていた。

 ネオンの煌めきも目に入らなかった。沿道の応援も耳に聞こえなかった。髪をなびかせる風のささやきも肌に感じなかった。


 あと二百メートルとなった。目の前にゴールのテープが見えてきた。


(もう少しで、この苦しみから解放される)

 そう思ったとき、真美の右足が激しい痙攣を起こした。


「わー。あああああああああーあううううううううーぎゃああああああーー」


 真美は激しく叫びながら倒れた。右足が引きつっている。激しい痛みである。転げまわろうにも右足が動かないため、それもできない。痛みにこらえるため、両手でアスファルトに爪をたてた。真美の十本の爪がアスファルトを激しくひっかく。それほどの苦痛だった。


 ルーシーが心配して立ち止まり、真美の右足を伸ばし、つま先を押した。


「ルーシー。私にかまわず、早くゴールして」

 痛みにあえぎながら、真美がいった。


 だが、ルーシーは、無言で首を横に振り、

「私は、真美と一緒にゴールする。そう決めた」

 と、懸命に真美の足をマッサージし続けた。


 後続のランナーが、真美とルーシーを追い越した。

 それでもルーシーは、真美の足をマッサージし続けた。


 ルーシーのおかげで、真美の足の痛みが幾分か和らいだ。



 そのとき、真美の耳に、ベートーベンの『第九番交響曲』の第四楽章『歓喜の歌』が聞こえてきた。日本で大晦日に定番として歌われる躍動感がある歌だ。


 この歌もすさまじい迫力があった。まるで真美を励ますかのように、『歓喜の歌』が鳴り響いた。


(玲子だ。玲子も頑張れと励ましている)

 少しだけだが、真美は力が甦った気がした。そして、なんとか立ちあがった。


 実はこのとき、玲子が所属する音楽隊の団長が、『歓喜の歌』の演奏と合唱をみんなに指示したのだ。そしてそれは、玲子の希望でもあった。


 すると、不思議なことに、隣の音楽隊も、その隣の音楽隊も、ベートーベンの『第九番交響曲』の第四楽章『歓喜の歌』の演奏と合唱を始めた。


 信じられないことに、全ての沿道にいる音楽隊は、今、『歓喜の歌』を演奏し、大声で歌っている。ロック専門の音楽隊までもが、クラッシックであるベートーベンの曲を演奏し、大声で歌っている。不思議な光景だった。


 『歓喜の歌』は、ランナーを元気づけるのにうってつけの曲である。そこにはロックもクラッシックも関係ない。

 まさに音楽は世界共通の言語として、今、ランナーたちに元気を与えていた。

 そして、ゴール地点の真美にエネルギーを与えるかのように、力強い演奏と合唱が鳴り響いた。


 余談だが、ベートーベンの『第九番交響曲』の最大の特長は、演奏に合唱を取り入れたことだ。それまでの交響曲には、合唱を取り入れたものは無い。合唱と交響曲とは別物とされてきた。だが、その定説が、耳が聞こえない型破りな音楽家ベートーベンによって、見事に覆された。


 音楽は、何物にも縛られない、誰もが自由に歌い演奏できることを、ベートーベンは証明した。



 真美は右足を引きずりながら、一歩一歩走った。少なくとも真美は、走っているつもりである。だが、実際は歩くような速度だった。


「真美、頑張れ」

 ルーシーが応援した。


 テレビを見ているダニーが応援した。ヘレンが応援した。サムも大声で応援した。

「真美、頑張れ」

 施設の子供たちが大声で応援した。


 真美の心に玲子の旋律が力強く響いている。まるで、玲子がエネルギーを分け与えているかのようだ。


「真美、真美、真美」

 真美の懸命な姿に、沿道の人たちも大声で応援した。


「真美、真美、真美」

 真美は、みんなの応援にこたえるように、一歩、一歩、さらに一歩と、少しずつ前進する。


 後続のランナーは、次々と真美を抜いていく。

 だが、真美は諦めない。あと三十メートルになった。


 真美はバランスを崩し、再び倒れた。


「真美、真美、真美」

 沿道から声援が沸き起こる。


 いつしかテレビ映像も、真美の姿を画面の半分を割いて映すようになった。


「真美、真美、真美」

 いつしかテレビを見ている人たちの多くも、真美を応援した。


 決して諦めない真美の姿に、みんなが感動した。痛みにこらえながらも懸命に前へ進む真美に、みんなは何かしら感じるものがあった。

 どんな状況であれ、前向きに一生懸命頑張ること。そのことを、みんなは真美から学んだようだ。


 あと十メートルとなった。

 だが、真美にとっては非常に長い十メートルだ。

 引きつった右足に対し、左足もわなわなと震えだした。


 それでも真美は、少しずつ前に進んだ。



 そのとき、井口コーチの乗ったタクシーがミラージュホテルの前に到着した。


 井口コーチがタクシーから降りると、

「真美、真美、真美」と、沿道から大きな声援が聞こえてくる。

 思わずゴール地点を見ると、篠原真美が右足を引きずりながら、懸命に一歩ずつゴールに向かっていた。


 ゴールまであと七メートルだった。


 沿道の声援の中でも、ひときわ大きな声を出している若者がいた。しかも、その若者は、篠原真美のバッグを持っている。しかも、どこかで井口コーチは、この男と会った記憶がある。


 井口コーチは、思わずその男に声をかけた。

「あなたが手に持っているバッグは、篠原真美の物ではありませんか?」


 男は井口コーチに気づき、

「井口コーチですね。僕はケン。真美からバッグを預かっている。あと五メートルでゴールです。一緒に応援してください」と、井口コーチに応援を頼んだ。


 沿道の声援は相変わらず、

「真美、真美、真美」と、響き渡っている。まるで、ゴール地点の誰もが真美を応援している。そんな雰囲気だ。


 だが真美は、苦しそうな表情だ。


「真美、真美、真美」

 ケンは懸命に応援した。


「真美、真美、真美」

 思わず井口コーチも、沿道のみんなと一緒に大きな声で応援した。


 あと三メートルになった。


 真美はまたもやバランスを崩して、倒れそうになった。おそらく、今度倒れたら、真美は、もう立ち上がることができないだろう。


 そのとき、井口コーチが大声で、

「篠原、前転しろ!両手を使え」と、両手を動かしながら叫んだ。


 その叫び声を聞いた真美は、思わず両手を地面に付け、残された片方の足で思いっきり地面を蹴った。そして、「ぐぁ」と、声にならない声をあげ、前転した。片方の足で着地すると、真美はその勢いを利用し、前転を繰り返した。


 前転により、ゴールまでの距離は、一気に縮まった。そして、三度目の前転をしたとき、真美はゴールの線を超えた。

 真美はゴールしたのを確認すると、前のめりに倒れ込んだ。真美は、体力も気力も使い果たしていた。


「真美、ゴールしたわよ。おめでとう」

 ルーシーが真美を抱きしめた。


「ありがとう。ルーシー。そして…ありがとう、みんな」

 薄れゆく意識の中で、真美がつぶやいた。



 真美のフルマラソンがようやく終わった。

 真美は安心したように眼を閉じて、深い眠りについた。

真美の走りはどうでしたか?

マラソンにしても、一人で走っているのではなく、多くの人が協力し応援し、初めて成り立つ競技です。

真美は多くの人に支えられて走りきることができました。


次は帰国です。真美がハイジャックと闘い(?)ます。お楽しみにしてください。

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