プロローグ
全ての者へ平等に平穏をもたらす日の光も届かず、湿った空気に包まれた深緑の森。
そこは秩序の外。
外なる神々の加護を受け、崇拝する者達の巣窟。
本来居てはならない生物の巣窟。
森を縫う様に空を切り駆ける狼も。
それに追われ、息も絶え絶えな鹿も。
見目麗しい翼と安らぎを与えてくれる小鳥達の囀りも、聞こえない。
……聞こえるのは秩序の輪に当てはまる者を嘲る笑いと地面を静かに這いずり蠢く、何者かの音。
一寸先すら見えぬ闇に閉ざされた森の奥からは、元来深淵に潜む者達が憎悪の籠った瞳で此方を覗き見ている。
……その内の一つは、毒々しく鮮やかな半透明の体を持ち、その体内に人間の眼球が一つ、右目か左目か、水面を漂う浮きのように――――そしてそれが地面を蠢く音の正体。
――――地を蠢く者、もしくは、スライム。
外なる生物の全ての原形である『それ』……それ、の群れの中の一匹は、変わらず秩序に属する者を殺そうと知性無き思慮で動き回る。
考える頭など無く、ただ待ち続けるだけの外なる生物……最弱と言っても過言ではないその外なる生物はふと、神からの天啓の様な、だが些か不明瞭で不完全な閃きを覚え、考え至る。
『こんな場所に居ては秩序に属する者とは会えない』
『なぜ仲間はこれを疑問に思わないのか』
『そもそも、なぜ私は秩序に属する者を殺したい?』
『生者が……恨めしいからか?』
蠢くことをやめ、半透明の体を漂う眼球を一巡り。
小柄の体躯に粗雑な武器を持ち、真の悍ましい言葉で喋り、仲間と高らかに笑い合うゴブリンと、それを気にもした様子の無い、ただただ地面を蠢くだけの同胞。
自分以外は何も疑問には思っていない様だった。
頭の無い身体で再び考える。
一つしかない眼球を巡らせ、答えを聞こうと一匹の同胞へ近づき、問いかけた。
「同胞よ、我々は何故ここで蠢く」
けれど、その答えは毒々しい色をした体を、無意味に這いずるのみ。
その様子に再び二度三度眼球を巡らせ、考えた。
周囲には意思疎通の出来ぬ同胞に、その同胞を粗雑な武器で斬り、殴打しては弄び、下卑た笑いを響かせるゴブリン程度しかいない。
他のスライムとは明らかに違う彼もしくは彼女自身の様子にも関心を示さない辺り、その程度の知能も無い様だ。
……そして眼球をぐるりと一巡りさせ一度思考の闇へと踏み入る……やがて思考を終えた一匹のスライムは、外なる生物とは思えぬ決断を行った。
秩序に属する者と同様の知能を持ち、自分自身の事を理解している中、彼、もしくは彼女はこの先の秩序の外と秩序とを……根本たる外なる神々と、それに対峙する秩序を統べる神々を揺るがす決断。
「人間に会ってみるか」
だがそれは遥か先の出来事。