悪役令嬢と腹黒侍女
「なんで……どうしてこうなった」
開いた窓から入り込んでくる波の音を聞きながら、私は壁に額を打ち付けてそう呟いた。
日本で流行りの乙女ゲームとやらを興味本位でやっていたら、いつの間にかそのゲームの中に入っていて。私は"フランシーヌ"という悪役令嬢に転生していた。
戸惑いながらも、一生懸命破滅フラグを回収してハッピーエンドを目指していたのに。それなのに、その終わりがバッドエンドの国外追放なんて。
「なんで私が国外追放? 私はソフィー公爵令嬢を、ココット伯爵令嬢の毒殺計画から救い出したのよ。本来ならその功績を皇太子殿下に認められて、今頃王宮でド派手な結婚式をあげてるはずだったのに」
「それが、毒殺計画の濡れ衣を着せられて、今や陸の孤島に私と二人きり。残念でしたね」
侍女のリゼットが無感情に淡々とそう述べる。思わず見惚れてしまうほどの美貌とその声に、私の意思とは関係なく胸が一つ高鳴る。そんな私の機微を敏感に感じ取った彼女は、突然私を壁に押し付けた。
「ちょ、ちょっとリゼットっ?」
「詰めが甘いんですよ、フランシーヌ様は。それでいて優しすぎる。あのままソフィー様が毒殺されれば、皇太子殿下のお妃候補の筆頭はあなた様だったのに」
「それは……」
「でも、そんなお優しいあなた様が私は好きです」
リゼットはそう告白すると、私の耳にふうっと息を吹きかけた。弱点を突いたその攻撃に、思わず変な声が出る。
「日々フランシーヌ様がみんなに嫌われるようあれこれ画策し、毒殺現場にあなた様のブローチを置いて、国王陛下と深い親交のある旦那様の、信頼の厚い執事を懐柔しておいて正解でした。おかげで、計画通り処刑を免れ国外追放。やっとこうしてあなた様と二人きりになれたのですから」
「計画通りって……まさかリゼットあなたっ」
「あなた様がいけないのですよ? 周りから毛嫌いされて生きてきた私にさえ優しくされるから。最初に優しさをくださったあの日から、私はずっとあなた様をお慕い申しておりました。これでやっと長年の夢が叶います。さあ、誰にも邪魔されることなく、存分に愛し合いましょう」
「ちょっ、まっ……ひやぁぁぁ!」
まさか、リゼットが悪役よりも悪役っぽいヤンデレだったなんて。
でも、どうしてだろう。絡みついたその熱い手を、私は振り払うことができなかった。