催眠術の如く
それから十分ほど経つと、
由野さんが一人用の土鍋を持って、やってきた。
この短時間だから、炊いた米を煮たんだろう。
それでも、出汁のいい匂いが漂っている。
食欲がないときには、出汁を使った料理は持ってこいだ。
疲れているときにこそ、出汁は身体によく沁みる。
熱々の雑炊を前に彼女は律儀に手を合わせて、
いただきますと言った。
そして、レンゲを手に取り、
息を吹きかけ、それを口に放り込む。
口をパクパクさせて、熱を追い払うと、
また、小声でこう言った。
「美味しい」
由野さん特製の雑炊で、
心まで暖まった彼女は気が楽になったのか、
僕らに話しかけてくれた。
「電車が、運行休止になってしまったので、
それまで時間を潰そうと思って、ここに入りました。
ここで待たせてもらってもいいですか?」
ここで由野さんは優しい声で、
彼女に囁くように、提案をする。
それはもう、催眠術の如く。
「それでは暇つぶしも兼ねて、
日常生活のストレスや
愚痴を吐き出してしまうのはいかがですか?」
彼女は由野さんの不思議な提案に目を丸くしたものの、
何か悟ったように話し始めたんだ。
「私は、今の自分が嫌いです。
今日、仕事の途中に、
貧血と栄養失調で倒れてしまいました。
そんな自分に呆れていた帰り道、
この悪天候で電車が止まってしまったので、
暇つぶしも兼ねて、
すぐ近くの喫茶店に入ろうとしたのですが、
みんな考えることは同じなようで、込み合っていました。
疲れていた私には却ってストレスが溜まりそうで、
落ち着ける店にと思って、ここに着きました。
ここは、外観からして落ち着いた雰囲気のある店で、
騒々しくもなさそうだったので、
入ってみたら、本当にとてもいいお店でした」
由野さんは彼女の話の中でも、
ある点に狙いを定め、深く掘り下げさせていく。




