「自己表現」の種
「はい、分かりました。
あと、お願いがあるのですが――」
これがまた一つの縁に繋がることになるなんて、
僕は思いもしなかった。
「はい、いいですよ。
それではここにお名前と、
あなたが通える日時と、連絡先を記入してください」
そう言って、彼女は店のレジ横に置かれていた、
メモ用紙とボールペンを差し出した。
彼はスマホを横目に書き上げた。
その後、彼は彼女から種、鉢、
土を購入し、会計を済ませると、
穏やかな表情で店を後にした。
因みに、彼が購入したのは「自己表現」の種だ。
「由野さん、
種を食べて大惨事になったって話、本当ですか?」
すると彼女は馬鹿にするように鼻で笑った。
「そんなわけあるか。嘘に決まっているだろう。
ああでも言わないと、
勝手に種を食べる輩がいるからね。
忠告はしておいたから、後は自己責任だ。
安全も保証できないのに、
勝手に食べることを許すわけにもいかないからな」
「どうして食べられると困るんですか?」
彼女の表情が束の間、固まった。
しかし、彼女はそれを
何事もなかったようにあっさり答えを出した。
「せっかく調理するサービスを行っているのに、
勝手に食べられては利益が減ってしまうだろう。
それを機に、
常連客になってくれるかもしれないしな」
商いの鑑みたいなことを言って、
にかっと笑みを浮かべるけれど、
さきほどあった間は誤魔化せていない。
あの間だけでなく、
彼に種を食べてはいけないことを説明した時も、
苦汁を嘗めたような表情で、物々しく語っていた。
けれど僕には、
その訳を言及することはできなかった。
そこには彼女の人格を構築する
何かがあったように思えて、
僕にはそこまで踏み込む義理はないから。




