一歩後退した先のスタートライン
あぁ、心地好いな、風が僕の背中を押すから。
きっと、そういうことなんだろう。
「僕にも、
どうしてあんなことをしたのか解らないよ。
でも、夢中だった。
それに、後悔なんかしてないから。
やって良かったと思ってる。
初めて、自分の意志で動けたことが誇らしいんだ」
彼は重たい唇を開き、僕の言葉を制する。
「それってさ、前に俺が言ったから?」
僕の言葉なんて届いていないのだろうか。
そこには、僕の気持ちがなかった。
そうか、
あんなことを言わせてしまった後だから、
信用されていないんだ。
なら、僕が彼にかける言葉は、
「そうかもしれないね」
彼は目を見開き、僕の顔を見る。
そして、肩を竦めて、僕から目を逸らした。
ただね、それだけでもないんだよ。
「でも、君を庇いたいって、
彼らのいじめを止めさせたいと思ったのは
自分の意志に変わりないよ。
たとえどんなことを言われても、それを心に留めて、
行動に移さない限りは何も変えられはしない。
だから、君に言われたからだけじゃないよ。
それに、止めるって宣言したからね」
再び彼の顔が起き上がり、
僕の目を不安そうに見据える。
「……うん」
そのとき、眼鏡の向こうにある彼の目が
僅かに和らいだように見えた。
少しは信用してもらえただろうか、
この言動がスタートラインの一歩目になるといいな。
彼との信頼関係はここから始めよう、
やり直せなくてもここからでいい。
一歩後退した地点から
一歩先のスタートラインに立っている、
今はそれだけで十分だ。




