何を為すべきなのか
スマホを両手で握り締め、
にんまりと笑みを浮かべている。
なんて怖い女だ、
なずに振り回される父を不憫に感じながらも、
なずは母の代わりにしただけだし仕方ないかなと、
心の中でなずの味方をしていた。
なずの味方ということは口には出さず、
僕は一人、胡桃のマフィンを頬張る。
うん、美味しい。
ほのかで優しい甘み、
カスタードクリームなのかな、
さっぱりしてもコクがある。
甘いものが僕より苦手な父にも、
これをあげよう。
母となずは、甘い方がいいだろう。
「母さんとなずはチョコとバナナのを食べて。
父さんは甘くない方がいいと思うから」
すると、スマホを閉じたなずが
不思議そうに僕に問いかけた。
「おにいはさ、甘いもの嫌いだったよね。
それなのに、急にどうしたの?」
それはそうだ、僕は彼のムースを食べて、
甘いものを食べてみたいと思ったんだから。
「うん、今日このマフィンを買った店で
ムースを食べたんだ、
それがすごく美味しかったからさ。
もっと他にも食べてみたくなっただけだよ」
そう答えると、なずはふーんと
微妙に納得していないようだったけれど、
それ以上言及してくることもなかった。
風呂を済ませ、
部屋に戻った僕は
『種』をようやく鞄から取り出した。
巾着袋に入れられていたそれを手に取り、
両手で抱き抱えるようにそっと包み込む。
心を育てるものだと言うなら、
大事に扱うべきだと思ったから。
『少しだけいい、僕に力を貸して』
そうしたら、
僕も勇気を出して声を上げるから。
彼へのいじめを止めて、助けるから――お願い。
鉢に土を敷き詰め、
ありったけの思いと共に種を鉢に植えた。
これだけで変われるなんて、
甘いことは考えていないけれど、
きっかけになってくれたらと思っているんだ。
心を育てる為には、
自分の意志をはっきりさせなくてはいけない。
何をしたいのか、何を為すべきなのか、
それが肝要だ。
種と鉢と土を買ったときに、
彼がおまけと言ってくれた、
両手に収まるほどの小さなジョウロに水を溜め、
種に水を注ぐ。
注ぎ口に小さな穴がいくつも空いているので、
水がゆっくりと流れ出す。
まだ何も芽生えてない土に注がれる水は、
大地に降り注がれる雨のように見えた。
小さな世界に恵みの雨、
なんて言ったらキザかもしれないが、
水の降り注ぐ音と、その様に癒されたんだ。




