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第1話


賢く優しい森の友人に、この本を捧ぐ。




         ――――ロイ・ハマートン






*     *    *





(『賢く優しい森の友人へ』 第一章、抜き出し)




 私の名前はロイ・ハマートン。これは、この不可思議の世界で何の力もない、ただの普通の男である私が実際に幼少期に経験した出来事をしたためた一冊である。




 私は幼い頃、とある森に近い町で父母と暮らしていた。母は優しく健気な女性だった。母は私を真っ当に愛し、私もまた受けた愛のまま母を愛していた。しかし私たちには日々陰が差していた。その正体は父だ。かつては真面目だったという父は、ある時友人から手ひどい裏切りを受けそれ以来酒に溺れたらしい。らしい、というのは、私の記憶にある父がどのような時も酒に酔い暴言を吐き暴力をふるっていたためである。その対象は主に母だった。私も殴られそうになることは多かったのだが、母がいつも懸命に私を守ってくれたおかげで被害を受けたことはほとんどない。いや、なかった、が正しいだろう。それが変わってしまったのは、母が亡くなってしまった時だ。


 母が亡くなってから父はますます酒におぼれた。私はまだ十になったばかりの頃だったが、見境の無い父は母の代わりに私を暴力で動かす。飯を買ってこい、酒を買ってこい、水を汲んで来い、薪を割れ、鬱陶しいから外へ行け。幼い私は自分を守るために、彼の言葉にただただ従うしかなかった。そうしないと殴られるからだ。一度勇気を出して反抗した際思い切り頬を殴られ、真夜中の外で目覚めた時その勇気はどこかへ霧散してしまった。


 ここでひとつ補足したいのだが、町の人々、近隣の住民たちは決して冷たい人間ではない、ということだ。幼い子供を見殺しにして、と思うかもしれないが、彼らは父に見つからないように何かと私を気にかけてくれていた。何故父に見つからないようにか、というと、いつも酒息を撒き散らし怒鳴り散らす父は当然近所から嫌われている。関わりたくない、というのが彼らの本音なのだ。


 その後押しになってしまった出来事もある。目に見える形で私や母に親切にしてくれたとある女性がいたのだが、彼女は父にその様子を見られ、家にまで怒鳴り込まれたことがあったそうだ。流石にその時は自警団がやって来て父を連れて行ったのだが、三日ほどの拘留で解放され戻ってきた。もう少し未来の父ならそのまま帰ってこられないくらい暴れていたかもしれないが、その頃はまだ少しマシで、酒が切れたら大人しい男に戻っていたので、返しても問題ないと思われたらしい。その時ばかりは自警団の面々を恨んだものだ。何故この男の本性が分からないのか、と。


 まあ、そのようなことがあったので、外へ行け、と言われた私が逃げ出すのは町のすぐ隣にあるトロステムダムという名前の森だった。恐ろしい魔女が住む、と言われ、町の者は中々近付かない場所なのだが、子供心に小動物や自然に心癒されていたのだろう。恐ろしさよりも楽しさの方が勝っていた。


 彼と会ったのは、いつも通り森に入って小さな鳥を追いかけていた時だ。


 ぱたぱたと小刻みに羽を動かす可愛い小鳥を見上げることに夢中になっていた私は、眼前に迫っていた大木に気付かずそのまま正面から激突した。父に殴られるのとはまた違う痛みに涙が浮かんだ。泣き叫びたかったが、父の前で泣くとさらに殴られるという環境だったため、その時の私も責める相手がいないにも関わらず声を殺してうずくまっていた。すると、頭の上でばさりと大きな羽音がしたのだ。涙の浮かんだ目のまま上を向くと、そこには普段見ない大きな鳥がいた。丸い頭にふっくらした体。羽毛は茶色と白のまだらで、理知的な光を灯す双眸はヘーゼル色。黒目がじっと私を見つめているのを、私もまたぽかんとして見上げていた。


 すると、彼は黄色い嘴をかぱかぱと開いたのだ。


「おや、大丈夫そうかね? 凄い音でぶつかっていたようだが……怪我はしていないかい、二本足の坊や」


 開いた口から、男性の声が聞こえてくる。すぐに理解出来なかった私がぽかんとしていると、彼はこてんと首を傾げた。


「うん? どうしたんだい? ……ああ、もしかして喋る動物は初めてかい? この付近には魔法使いが多いから使い魔も多いし、この森は魔力が深いから野生のコトバモチもそう珍しくないんだが――ああ、皆恥ずかしがり屋なんだね」


 この本を読んでいる読者諸君はすでに魔法使いの存在は認知しているだろうし、彼らが扱う使い魔が喋れるようになっていることも知っているだろう。そして、俗にコトバモチと呼ばれる、自然と魔力を介し人間の言葉を話せる動物たちがいることも知識にあると思う。だが十一歳になるかならないかの頃の私は満足な教育も受けておらず、目の前の存在が何なのか全く分からなかった。


 だが、そんな私の心の内を知らない彼は、納得したように頷き翼を広げて滑空しながら降りてきた。そして私の前で降り立つとまた翼を体に添えるようにたたんだ。


「私はテリスだ。君たちが魔女と呼ぶ女性の使い魔をしている。恥ずかしがり屋の他の仲間たちの代わりに、私が君の話し相手となろう。君の名前を教えてくれるかい? 二本足の友人」


 理知的で、同時に可愛い目がキラキラと光って私を見上げてくる。この時私は非常に舞い上がっていた。前述の通り近所の大人たちは父を嫌っており、私にも見える形では関わろうとしなかった。つまり、彼らの子供たちを私と遊ばせることも憚っていた。まあようするに、私には言葉を話す友人がいなかったのだ。そんな私に、文字通り言葉を話せる友人が舞い降りて来て、幼い私が舞い上がらずにいられようか。


「ぼく、ぼくロイだよ! よろしくねテリス!」


 嬉しくて嬉しくて、私はふかふかの友人を思わず抱きしめた。


「ああ、よろしくロイ。だが力は緩めてくれ、私は君たちほど硬い肉や骨をしていないんだ」


「あ……ご、ごめんね」


「いや、気にしなくていいよ。さて、駆け回るのは私たちには合わなそうだし、まずはお喋りでも興じようか、幼い友人」


 これが彼――テリスとの出会いだ。この日から私たちは毎日のようにこの森で会った。テリスは物知りで、色々なことを私に教えてくれた。外のことも、町のことも、人の暮らしのことも、魔法のことも、物語のことも、森のことも、生き物のことも、知らない文字のことも、考え方のことも、人との関わり方のことも、空を飛んだ時のことも、知らないことは何でも教えてくれた。私にとって彼は、友人であり、師であり、父であった。彼がいればきっと、私はいつでも幸せなのだろうと、私は心の底から思っていた。



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