禁断の果実と魔性の液体
あれから一年が経ったがこの離宮での生活にそれほどの変化は無い。
私の外での仕事は月に数回で、基本的に暇を持て余している。
やることが無いので本を読んだり、玄関ホールに飾ってあった農具を使い畑を作ったり、それを振り回したりして時間を潰している。
ベルトお兄様に会いたいな・・・
かれこれ一年以上会っていないのだ
どうしたら会えるのかな・・・
残念ながら私の疑問に答えてくれる者はいない。
国王陛下と離宮に唯一やって来る男は私が質問しようとするとそれを遮る。
最近はこちらが要望すれば色々な物を用意してくれるようにはなったけれど、離宮から出たり手紙を出したりすることは認めてくれない。
私はジャガイモやトマトなどを植えてある畑を見る。
今日はスイカの種まきをする予定だ。
要望しても砂糖などの高級品は用意してもらえない現状で、このスイカへの期待はとても大きい。
じゅるり
去年一度だけ食べた、あの赤く甘美な味わいを思い出して口からはしたない音を立てる。
収穫まで四ヶ月、私は希望と愉悦に満ちた顔で畝作りを再開する。
この一年で地面を耕すのにも慣れてきた。
さすが離宮に備え付けられている道具はどれも一級品である。
畝作りが出来たら等間隔に種まきして水やりを終えれば終了だ。
私は道具を片付け、水浴びをしてから食料を保管している地下室へと向かう。
「今日の昼食は何にしようかしら」
地下室で食材を選んだら調理室で調合開始だ。
一年の料理修業を経て私の技術は料理人から宮廷料理人に進化した。
何せ祖国グランケルト王国で私が食べていたものと同等の物が作れるようになったのだから。
今日の食事は麦粥と葉っぱに塩を振ったサラダ、それと干し肉と卵が入ったスープだ。
ここに来た最初の頃はブルストも支給されていたけれど最近は干し肉ばかりなのでこれは仕方が無い。
だが、素晴らしいことに食べ放題なのだ。
それに今日はワインも付いている。
地下室にあった樽は全部が空っぽだと思っていたけど、一つだけ中身が入っていたのだ。
これぞ王侯貴族にのみ許された特権である。
「プロージット!」
チュンチュン
小窓から差し込む日差しがまぶしい。
はて、なぜこんなところで寝ているのでしょうか?
私は手にコップを持ったまま地下室の床に突っ伏していた。
しかも強烈に頭が痛く吐き気や体のほてり、さらに喉も渇いている。
更に各所に擦り傷等が出来ていた。
最後の記憶はワインを飲んでからふわふわした気持ちになって・・・それから先の記憶は無い。
これはつまり・・・・どういうことだ???
分からない、全く状況が理解できないが、ともかく喉が渇いているので水を飲もう。
そして図書室でこの症状を調べて解決の方法を探さねばならない。
私は四つん這いで這うように歩き出した。
地下室から地上へ向かう出口がまるで険しい山々であるかのように遠く感じる。
やっとの思いで床を持ち上げて這い出た調理場はなんとも凄惨な状況だった。
水瓶が割れて床は水浸しで食器も散乱していた。
そのうえ無傷の水瓶は空っぽであった。
ここには水が無い。
いや、床をなめればいけるか・・・
私は思案の末にこの考えを放棄し、這うように廊下を進み井戸へと向かう。
離宮から庭に出た瞬間に天高く登った強烈な日差しが私を襲い、気持ち悪さが最高点に達して液状の物を口から吐き出した。
とても人に見せられない惨状だが、今日はいつも開いている離宮の正門が固く閉じられており、門を守る騎士たちの姿はこちらからは見えなかった。
私はやっとの事で井戸にたどり着き水を飲む。
そして井戸にもたれかかって瞳を閉じた。
どれだけの時がたっただろうか、周囲は夜の闇に包まれつつあった。
私は何とか歩ける程度には回復していた。
よし、早急にこの症状を調べよう。
私は水をたっぷりと飲んだのちに図書室へと向かう。
その道中で私は周囲の異常にやっと気がついた。
離宮の各部屋の扉は開いたままで、室内は少し荒らされていた。
あと、干していた洗濯物もなくなっていた。
ただ事では無い事態に図書室へと急ぐ。
そして私は驚愕の事実にたどり着いた。
なんとこれが噂に聞く二日酔いといわれるものらしい。
書物によるとお酒による初期症状は高揚感がえられとても素晴らしいが、症状が進行するとともに陽気になったり怒りっぽくなったりして、最後には理性が失われて暴れたりするらしい。
離宮内がなぜか荒れていたのはどうやら私が暴れた結果のようだ。
その証拠と言えるかどうかは分からないが、地下室のワイン樽を調べたらかなり量が減っていたし断片的な記憶しか無いけど、なぜか水瓶に体当たりした記憶はある。
騎士たちが”酒と女は止められない”と辛そうな顔をしながらよく口にしていたのを見て、いつも理解に苦しんでいたが彼らの気持ちが今やっと半分だけ分かった。
男の騎士が女であることを止めるという部分は未だに理解できない。
女装出もするのだろうか?
それはともかく確かにあれはとても気持ちよかった。
一口飲んだあとのあの高揚感は今も忘れられない。
「騎士たちよあの頃は馬鹿を見るような目をして見ていたことを深く謝罪する」
私は遠い祖国の方角を向いて頭を下げた。
私は自分の過失を認めることが出来る立派な淑女なのだ。
それはさておき昨日のような状態になるのはとても辛いし、畑の世話などにも支障を来す。
ワインを飲まないのが一番良い選択だと言うことは分かっているつもりだ。
だが私は完璧な淑女ではあるが、あの魔性の液体の甘美な誘惑にいつまで耐えられるだろうか・・・